19

 二人は武器を取ってきて、リングに入る。ダリルは先端に布が巻かれた長い木の棒を、クリス先輩はゴム製のナイフだ。模擬戦なので殺傷力の無い武器だけど、当たればもちろん痛い。

 ハンクさんが審判をやるようだ。

「よし、ルールを決めておこう。顔への攻撃は無し、先に急所を取った方、もしくは相手を抵抗不可にした方の勝ち。降参も認める」

「それでいいよ」

「……よろしくお願いします」

 二人の肯定を受け取って、ハンクさんも頷き、手で空を切る。

「はじめ!」

 合図と同時に動いたのはクリス先輩だった。ダッシュというより突進だが速い。

 だけど、ダリルも冷静だ。間合いを取り、突きを一閃して牽制する。

 しかし、その攻撃は当たらない。余裕を持ってかわしている先輩は舞うように距離を詰めてダリルの心臓を狙う。

「ガラ空きだよ!」

 入ったかと思ったけど、ダリルは持ち手を立ててナイフを受ける。が、それで精一杯だ。こうなってしまったら、近距離戦はナイフの方が有利だ。ダリルが窮屈そうに防御していると、クリス先輩はバックステップで距離をあける。

「……どうして」

「だって、顔の攻撃無しだけど、戦場だったら死んじゃう距離じゃん。柄で小突かれて、怯んだ所をズバっとなんて嫌じゃん」

 おそらく、そのルールでもダリルにはそんな選択は無かっただろう。それを教えてくれている。

 その後も攻防は続き、ダリルの突きも徐々に合ってきている。次ぐらい当たるかと思ったが、クリス先輩が急に両手を上げる。

「降参?」押していた先輩が?

 その疑問は次の瞬間ダリルが胸を押さえながら倒れた事で解決した。その足元にはナイフが転がっている。

「そこまで」

 投げたんだ、手を上げる瞬間に。

「ダリル、まだまだだね。想定しなかったでしょ、ナイフが飛んでくる事は」

「……大袈裟に手を上げる事で敵の注意をそらす」

「そう。それも技術だよ」

「……ありがとうございます」

 二人は一礼してリングを降りてくる。

「ミュートも一戦やるか」

「勘弁してくださいよ先輩。ダリルより弱い俺なんて秒殺ですよ」

「そうか? お前の方が一対一向きだろ」

「何度かダリルとやりましたけど、全敗ですよ」

「あちゃー、そうだったのか。でもその内勝てるさ」

「そう言えば、どうしてダリルを誘ったんですか」

 ふと疑問に思った事を聞いてみる。

「あれ? 言って無かったか。俺も槍使いだからな、後輩を育てるのは先輩の役目だ」

 その事実に驚く。本職じゃないナイフでダリルを圧倒出来る強さに。

「そうだな。なら、ミュートは俺が鍛えよう」

 そう言ってハンクさんに肩を掴まれる。

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