第3話花冷え

お堀端に腰を落として、酒を呑みながら釣り糸を垂らしている。謹慎ではなく、適切な部署が決まる迄、表向きは閑職非常勤扱いとなった。異例以外何でも無い処置が罷り通る。表面の風当たりは、ますます激しくなるだろう。たいした役者がそろっている。


「速見殿!今日は釣りでございますか?私もご一緒して宜しいでしょうか?今日は仕事が早く終わったので、ゆっくり帰らなければ母上に叱られてしまいます。」



火付け盗賊改めのお荷物席扱いとされたのは、本人も知っている。ただ自宅に戻った所で、厳しい母上は居ない。このまま自宅に帰す事は危険として、辻斬りの犯人とされた浪人と亡くなる迄生活して頂く、まあそう行った話しとなった。あの方は浪人と言うか今時珍しい剣士ではある無益な事はしないだろう。


「あの方の息子さんの敵を探して欲しいと銀二に母上様は言ったらしいが…手掛かりは見つかったのかい?」


あの屋敷が全ての元凶何だろうか?吟味与力の娘は、怯えから異常をきたして箱根へと湯治に…繋ぎに使えなくて残念だろう?吟味方を撹乱する目的か…防げたら、大金星だろうよ。だから利用されるんだ…利用と言う言葉も無意味だろうな…。


「何で母上がそんな話を知っていたのか?謎だったんですよ…銀二に話をした事さえ私には全く覚えていないと言うのですから…。」


吟味与力の娘は、運び出された腐乱死体と顔色一つ変えず眺めている自分の元母親に腰を抜かしていた。お家の複雑な事情等、幾らでもある。畜生腹と、双子の内一人が商家から、里子に出されていた。それが戻されただけの話、吟味与力と商家の間に何があったか等、知らぬ事だった。


「手ぶらで帰んないと、銀二に叱られちまうんだ。あっしを信用していねーんですかい?何てね?だからって何もしねー訳いかねーだろう?晩の魚でもなんて、どっちでもいい事をしている。どうだい?何か辻斬りの首謀者に関する情報は、わかったかい?」


銀二、文吾や、栄よりちょっとだけ年上?ただし勘定があやふやな銀二が言ったのでは、なくて、聞いて初めてわかった話。銀二相手にこんな話を広げる訳には、いかなかったらしい。栄に関しては、本人の申告以外はっきりした年齢も宛にならない。養い元とされる大奥中老だった局そのものが宛にならない存在だったからだ…存在を確かな物にする作業がいま行われている。一体速見の家とはどんな家なのだろうか?謎だらけの家系にして何の得があるのだろうか?栄はそんなことを改めて考えていた。


「歌舞伎座との繋がりを、栄殿が消したい理由が…少しわかったような気がします。本当にすみませんでした。辻斬りを煽ったのは、歌舞伎役者だったのですね?あの…子供は脇坂様の知り合いが、養子として引き取ったとか…。ありがとうございます。」



生け贄の矛先は…そっちの方が場数を踏んでいる。宴席を持ってわざわざ人を呼び出したんだ、それだけの仕事はして貰うさ…。栄を捜しだしわざわざ座を持った奴らの思惑など、関係ない事だった。吟味与力の家庭事情なども、全て耳に入っている。奴らの都合の良い事実など存在しねーのに、御苦労な事だ。


「しょうがないだろう?夜鷹は浪人に自分の子供を守って欲しかったんだから…。知らなかったんだろう?盗賊の一味を捕らえようとして潜入していたなんて話はよ。わざわざ江戸入りする前に、知り合いから前祝ついでに、話してもらったんだから…。」


一夜妻でも、妻だったのだろう?私にはこの敵討ちしか道がございませんでした。あの青年は引き受けます故…どうか銀二の事を頼みもうした。法印が持ち込んだ文には、その様な事が書いてあった。体裁の良い偽物を、法印は見抜いていた。しかし盗賊は踏んではいけない地雷を踏んでいる。あの浪人に手を出した事で、脇坂様の逆鱗に触れてしまったのだった。相討ちでは駄目だと言うのは、そんな意味合いだった。浪人は栄が会った時、道場に詫び状を書いていた。辛い記憶を全て取り戻したから、狂ってしまった。忘れてしまったのだった。銀二はもうその事を知っている。浪人と会わせないようになんて、意味が無いのだ。剣客と人斬りは違う…銀二が出逢ったのは剣客で盗賊が金を出したのはただの人斬り、刺客ですらなかった。こいつはそれに踊らされていた。


「利用するとか、何とかとにかくおかしいんですよ…あっしは、ただ何とか役にたったら良いなとしか思って居なかったのに、何であんなに機嫌を損ねたのか?わかりません。」


銀二の感情はあけすけで浅い!裏が全く存 在しない。手柄とか抜け駆けなども頭上に存在しない。まあそれが最高に良い所ではあったりするんだけど…。少しは気を使ってもらいたい吟味方と衝突等々これは大いに痛いけど…銀二と言う人間に暴露も出来ないから、仕方ない。


「なあ、家に来て飲まないか?肴は銀二を信頼するとして、浪人殿が寺に行かれたから、まあ母上の事は心配だろうけど?小石川の先生に頼んだんだろう?」


崩れた廃屋に今は一人、狂気が全てなかった事にしてしまっていた。脇坂様が見つけた腐乱死体は、この青年の母親、庭の琵琶の樹の下に埋められていた事は、俺も手紙で教えられていた。吟味与力とそいつの関係等詮索はすまい、やぶ蛇というものだ。



「この人が何故勝手に兄の名前を使ったのか?知ったら奴をどうでもかたずけたくてな?だが私の腕では、返り討ちされる事は見えているんだ…その前に奴を剣客の座から引きずり下ろしたい!俺はあんな卑怯者が剣客である何て許せ無いのだ…。」




そう、この青年には罪は無い…けど父親の存在ごと母親はこの青年すら消したかった。なかった事にしたかった。母親の為に手柄を立てたいと焦っただけなのだろうにその母親に…嫌われてしまっていた。



「与力殿にこの事全て話したら、不味いのではと思い話せずに居たのよ。すまんお主の立場を余計ややこしいものにしてしまった。」



吟味与力の婿殿は、義母にある事を頼んで居た。本来この方は味方の筈だった。









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