第2話下世話な噂

速見栄に関する、下世話な噂の数々役者風情が吟味方など勤まらない?等々馬鹿げた嫉妬の産物だけならまだしも、相当な腕の持ち主で、勝手に悪党を裁いている等の極彩飾豊かすぎて笑ってしまう物もある。自分のデマを瓦版の読物で見て栄は笑っている。岡っ引きや町火消しの辰五郎とギャーギャー騒々しいのは、金谷文吾と言う体格の良い男。


「脇坂様の奥方が浮気なんてあり得ない事位わかっりきっているだろうが?あの野郎本当に此処まで馬鹿だとは、思わなかった。」



吟味与力の、婿養子となった事を何かと自慢したが、娘の方は…高慢で、ちやほやしてくれる男なら誰でも良かったのだ。最初の内こそ娘も気を使っていたものの、図に乗ったのが宜しくなかった。見事旦那に魂胆を見抜かれていた。ただ何も言わなかっただけの話


「世の中の男が、全部自分に靡くなんて大間違いだろうよ!脇坂様は…あんな女が落とせる相手ではないぞ!」


吟味与力の娘が自分を袖にした腹いせに、男色の噂を立てた事を栄は怒った訳ではない…脇坂様の奥方を気遣ったのは事実だが、ご夫婦の全てを侮辱されたようで…怒りが収まらない。以外とうぶで気真面目なのだな?体格の割には軽い文吾の話はまだ続く、吟味与力に復讐するだろう噂の栄に忠告しに来たのだったが、そのつもりは今はなさそうでホッとする。


「そんな事いちいちおめぇに言われなくても大丈夫だよ、悪いが何せ下品な過去は消せやしないだろう?だが脇坂様の嫁の実家が隠密とはおそれいったね…文の奴にも、教えてやろう!心配して様子を見に行きたがっていたから。まあこういう事は女の方がいいから…例の浪人が訪ねて来たんだろう?何でそれを黙ってたりした?まああれじゃ言える訳ねーかもだけど…。」



速見の剣は…護身の剣、人を切る為に有らず!兄から厳格なまでにそう教えられていたものの、栄は今一つその事を理解出来ないでいる。


「火付け盗賊改の休職扱いを狙っているだって?脇坂様は剣の腕がない事理由にその男の代わりを丁寧お断りしたらしい…。だからって何でその事逆恨みしなくちやならねーんだ?あんな悶着起こしといて推薦も何も無いだろう?自分のした行為に後ろめたさでもあるんなら、可愛げもあるが…。脇坂様が腕が無いって断った時、やっぱりって笑って居たとか聞いたぜ?そんな狂人に仲間意識持たれても厄介なんだけどな…あの糞野郎何考えているんだか…。そんなの何処だってお払い箱に決まっているだろうに!」


金谷文吾、珍獣、希少動物の意味は元々武家ではなく、武家を助ける為に武家となった異色組、刀ではなく棒術の腕は達人の域だが、猪熊のような外観からは、想像もつかない繊細さと知能を持っている。



「そのお前に情報を持って来たって屑は誰よ?明らかに上司に媚びてやっているのか?疑問だよな…上司の娘が、親父を恨んでいるってのは本当だぜ?親父の名声を落とす為に結婚したようなもんだしなぁ、つまらないごたごたに俺達の岡っ引きを巻き込まねーって保証はねぇのさ。犬死にさせる訳には行くまい?」


異色の暴走組に、すぐ突っ走る若い岡っ引きと小さな付録が脇坂様より預けられた。つまり、脇坂様が信頼するのは、極悪非道の二人だけ?極悪な悪巧みを二人は…びっくりして聞いている。辻斬りは誰が自分を煽ったか?全く知らなかった…軽犯罪しか取り締まらない卑怯者を天誅するつもりに酔っていただけ?岡っ引きがたどり着いた結論はそうだったが栄の見解は違う。



「あの…父は本当に女の人に殺されたの?ですか?」


まだ五歳と言う男の子の質問に、栄は


「お前にとっての父とは誰か?質問の意味が俺はわからないんだが?」



栄の厳しい口調にすっかり怯えて、口が貝になる。同じ長屋の浪人の子に栄を頼れと教えられたらしい…。いそいそと夜の商売に行く母親に変わってよく面倒を見ていたそのお兄ちゃんが居なくなっていた。辻斬り事件の最初の被害者を捜索中だった栄は、お人好しの銀二が同じ長屋に住んでいる事を真犯人から教えられた。栄が例の浪人の相手をして…殺される事を望んでいた。最初に殺されたのは、盗賊が操ろうとした旗本の乱暴者。その遺体が密かに始末されたので、辻斬りを発見する計算が成り立たなくなった。



「二人だけで話して無いで!ちゃんと説明してくださいよ!何であっしが狙われた結論になるんです?おかしいでしょう?」



超がつく理解力のなさに、悪党二人は同時にため息、銀二がたちの悪い町奴と旗本奴の抗争のど真ん中に鎮座してしまっているのである。そして、この子供…どちらも子供などどうでもいい連中のようで…すっかり子供は怯えてしまっている。


「息子の身代わりに消えて欲しい人間を探していた?程度の悪い冗談だぞ…息子が自分を憎んでいたなんて、そんなの道理がめちゃくちゃだよ!父親の顔を見ただろう?真犯人はそれを利用できるって事。だからお前があっさり身代わりにされたりするの!」


言われて見ればその通りなんだけど…もう少し説明をしてくれても良さそう気がする。吟味方の同心なんてどう頼ったらいいのか誰も教えてくれ無いんだし…何とか役に立ちたいその気合いが、どうせ空回りするからと脇坂様がどうやら寄越したらしい。


「父親は長屋に居たのか?身元のわからない女が一人で借りられる程甘くねーだろう!だから大家が引っ込んでろって喚くんだよ!てめえは…。役者なんてのはな、足の引っ張り合いなんだから捕まった方が楽かもしれないぞ?」


謹慎を利用して、栄はいろいろと町の仕組みを学ぼうとしていた。世間知らずの暴走組では、利用されるだけの便利屋で終わってしまう。先に文吾が謹慎された理由が、若気の空回りにある事を学んだだけ良しとしよう。必要なのは、理解ある仲間だった。


「ますます意味わかんねーです!文吾さんあっしは、陰間茶屋なんか利用しませんよ!ちゃんと教えてくださいってば!」


岡っ引きはおろおろ、文吾さんの説明で、もうひとつ地獄に墜落しそう。でも納得するのも早いのもこの銀二の良いところ。


「じゃあっしがこの子を陰間に売り飛ばした事になったって言うんですか?って言うか実際そうなる所だったと?」


だから信頼の無い若造だけでは、揉め事以外何も起こらないので、身元のきちんとした保証人を立てたいと段取りをしていた。ついでに銀二もかたずけたい所だが、そうは問屋がおろさなかった。辰五郎が二人に銀二をつけたらと言い出したのだ。


「あの屋敷本当に祈願寺にするつもりなの?まあ、何か異例で謹慎取り消されたけど…俺が八丁堀でいい訳?確かにあの屋敷じゃ居ずらいけど…まあ、持って半年だそうだから…あのままなんだろうけど。」


吟味与力の婿養子殿は、隠居したらそうしたいと、早々に申し出て相当な物議を醸し出したらしい…。何をしても、騒がれる。その意味がなんとなく栄にも読めて来た。


「じゃあ、幽霊屋敷の噂あるけどお前住めば?俺一人じゃ賭博でも開いちゃうかも知れないよ。謀叛人の溜まり場にするかも?」


辰五郎は思った。抜き身の刃物、何事にも、吠える狂犬の噂も、あながち嘘では無いらしい…河原者に対して塩対応した事も銀二が栄を敬遠した理由となった。


「銀二じゃ棚賃が何時払えなくなるか?刃傷沙汰でも起こすか?大家がおろおろするでしょう?刃傷沙汰でこの坊っちゃんが巻き込まれたんじゃ、おめえ(お前)が立ち行かなくなってしまうって言うのに、どうもわかって貰えねぇんで困っていたんでさぁ…。だからお寺に預ける話になっていたけど…困った問題が起きちまっているじゃねーか…。騒ぎをおこして旦那方の信用を無くしちまったら、もともこーもねーんだよ!わかったか。」


そこで辰五郎の出番となったのである。染井村にある隠居宅に、銀二と五歳の子供を連れて花見がてら来てくれた。何らかの目的を抱えて栄は江戸に来ている。下世話な噂や、浅はかな潰し合い等、見栄の張り合い等飛んでしまっているのだと…それを邪魔する者に容赦も無いから狂犬なのだと辰五郎は分析していた。


「賭博開いたら銀二に任すとして…問題はこの子ですよね?貸した浪人の家族に奥方は居ないって言うんですよ。それで大家さんが混乱しているで…。何せ引き払ったのを馬鹿がまた戻って来るからって借りた話でしょう?全くとんだ嘘っぱち信じやがって…。」


その話じゃ迎えに来ても、本当の父親である保障は…低い。夜鷹が妻なんて話も出鱈目扱いになってしまう。一番の問題は元の長屋の住民が銀二が誘拐したと騒いで居たこと。その話がまかり通ってしまいそうな不思議な現象も加えて…。辰五郎は、栄がただ塩対応したのでは無いらしいと、情報を得ていた。


「銀二、助かりたい一心で捕まったんだ釈放なんかされたら消される事位わかっているから、友達を心配すると損するぜ?おかしな犯罪者なんて二度と出したく無いだろう?本当に下手な台本ばかり書きやがって…だから牢にぶちこんどけば良いんだよ!」


金谷文吾を、謹慎ではなく八丁堀に移動と言う事にしたのは、銀二との繋がりを強固にする必要があるからだろう。犯罪を嗅ぎ付ける嗅覚だけ銀二は、異常に鋭い。まだまだ色々この男はやって居そうな気がする。


「この子供、ここに連れて来て大丈夫ですかね?俺はまたかなり危ない事やったんじゃないかと心配なんですけど…。」


脇坂様がこの子供と銀二を辰五郎さんに、預けて寄越した理由はたぶん、銀二の行動を抑制して…子供を相手から遠ざける為と相手が逃げ出さないように囲う為。


「あの屋敷の持ち主だからって五歳の子供一人で置いとく訳いかねーだろう?かといって長屋に帰す訳にもいかねーしな。」


夜鷹は、何かから逃げるように長屋を転々としていた。危険な男から子供を遠ざけるつもりだったような話を長屋の住民はよくしていた。そんな話の中で父親が女性に殺されたのではおかしい事位、銀二だってわかる。誘拐事件としたのは、父親が銀二では無いと信じていたから。



「父親は、この子にとって危険な存在だって事は、おかしいですよ…だって…そんな存在に渡せなんて死ぬ前に言う筈が無いって旦那は言うんです。自分が死ねば守って貰えるなんて、変な話でしょう?その旦那が存在しないなんて、ますます変な話じゃありませんか?」


銀二の頭の範囲を超えているので、問題のわかっているお二人様に聞きに来た。ますます迷路に入ったようだが?銀二は片親に育てられていた。元米問屋の妾の子供との噂だが…母親は亡くなる迄、父親の名前を教えなかった。銀二の母親は相当賢い人だったらしい。遊郭の女だが、最期まで父親の名を明かす事は、…無かった……。




「守って貰えるのは、自分じゃなかったとしたら?辻褄は会うような気がするけど?女は誰かを消したかったんだろうよ?一番先に消えているなんて、思いもしない出来事だけどな。引き取るにしても、難しいだろうな……。」


文吾も、それ以上先を言わない。検討をつけた迄は良かったが最初の被害者は辻斬りに殺された訳じゃ無い。夜鷹は辻斬りに遭遇したのではなく、下らない果たし合いの邪魔をしただけだった。



「どっちが心中の相手にふさわしいかなんて、どっちもごめん被るよ!」


役者の書いた下手な台本の結末は、手に手をとって心中なのだが?こんな猪や、銀二と心中なんて…御免被る。














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