三章 4


「新校舎に隠れよう」と、往人は言いだした。

「えっ? だって、ムリだよ?」

「新校舎を調べおわったら、旧校舎に来るだろ? そのとき、新校舎には誰もいなくなる。だから、あいつらが旧校舎に入ったら、別の出入口から外に出て、新校舎に入りこむんだ。一回調べたとこを二度は調べないだろうから」

「そっか。わかった」

「ただ、移動のとき見つからないように気をつけないと……」

「そうだね」


 蒼嵐はパジャマのポケットにノド飴をつめこみ、半分を往人に渡した。往人も一つ個包装をやぶって飴玉を口に入れる。

 毛布もあって水も飲めるこの寝ぐらを失うわけにはいかなかった。


「そら。もしも、はぐれたら、夕方五時にメッセージ入れるようにしよう」

「煌の番号も知ってんの?」

「大丈夫。登録してあるよ」


 保健室の窓から慎重に外を観察する。

 しばらくして、大人たちが新校舎から出てきた。

 こっちにむかってくる。


「やっぱり、ここにも来るんだ」

「正面玄関にむかってる。やっぱり、カギを持ってるんだ」


 ガタガタと大きな音が校内にひびいた。

「どこから調べますか?」

「手分けしましょうや。右と左にわかれて一階を調べてから、ここで集合して二階へ行きましょう」


 その声は教頭先生のようだ。

 足音が二手にわかれる。


 保健室は一階だから、すぐに逃げださないと見つかってしまう。蒼嵐が窓をあけて外に出ようとすると、往人が止めた。


「こっちだと校庭つっきらないと新校舎に行けない。それに、窓のカギがあいてたら怪しまれる」


 なるほど。往人の言うとおりだ。


「職員トイレの窓はカギがこわれてる。あそこから出よう」

「わかった」


 保健室のドアをそっとあけ、ろうかをのぞく。

 保健室のあるこのろうかは、体育館への渡りろうかに続いている。そのため、体育館が閉鎖されている今は袋小路だ。


 職員トイレは職員室の前。

 正面玄関に近い。

 この袋小路から職員トイレに行くためには、こっちにむかっている大人と、どこかですれちがわなければならない。


「どうやって、見つからないで職員トイレまで行くの?」


 蒼嵐がたずねると、往人がささやき声で返してくる。


「職員室から職員トイレ、購買部を調べたら、次はこの保健室と物置だ。やつらが保健室を調べてるうちに、トイレまで走る」

「でも、保健室って……」


 このままでは鉢合わせしてしまう。

 すると、わかってるというふうに、往人はうなずいた。指さきで、ろうかのななめむかいのドアを示す。そこは、音楽室だ。


 こっちにむかってくる人影は三人いた。

 先頭に教頭がいる。あとの二人は田村と津野だ。


 三人は職員室から出てきて、職員トイレに入った。トイレはまたたくまに出てくる。購買部のカウンターのなかへ入っていった。


 購買部はカウンターの奥に小さな物置みたいな場所があるだけだ。そこも今は在庫品が移動されたため空室である。ただし、内部がちょっとL字になっている上、パンなど商品の搬入口が奥にあるので、そこの戸締りも調べなければならない。


 教頭たち三人は奥へ入っていき姿が見えなくなる。


「今のうちだ」


 往人にうながされて、蒼嵐は音楽室まで走った。

 音楽室のなかは、もちろん無人だ。

 グランドピアノの下にいったん、もぐりこむ。


 教頭たちの足音が保健室のほうへむかえば、そのあいだにトイレに行けばいい。


 教頭は革靴をはいているらしく、足音が高い。離れていても、とてもよく響く。だから歩いていく方向が音でわかった。


 数分後、三人が購買部から出てきた。


「いませんね。教頭先生」

「カギもかかってますしね。こんなところに入りこみませんよ」

「そうかもしれませんね。まあ、念のためですよ」


 そんな会話が聞こえる。

 三人が油断していることがわかって、蒼嵐は少し安心した。が——


 足音は近づいてくる。

 保健室へ行くのなら、そろそろ違う方向に折れてもよさそうなものなのに、どんどん、どんどん、近づいてくる……。


 そして、ガラッと音楽室のドアがあいた。


(マズイよ! こっち来た!)


 往人の読みが外れてしまったのだ。


 グランドピアノには専用のクロスがかけてある。フリンジのついた裾の長いクロス。のぞきこまなければ、まわりからピアノの下は見えない。


 どうか、このまま気づかずに行ってしまってくれと、蒼嵐は願った。


「ほらね。やっぱり、ここにもいませんよ」

「そうですな」

「でも、まあ、そこのピアノの下くらいは見ときますか。念のために」

「念のためにね。まったく、ちゃんと親が始末してくれないから、こんなことに」

「ほんとにそうですな。前のときも、そうだったんでしょう?」

「最終的に三人ほど逃げだしましたかな」

「ああ、そうそう。そうでした。かえごが、さきに始末されたんでしたねぇ」


 変な話をしながら、足音がピアノのほうにやってくる。


(もうダメだ。見つかってしまう!)


 蒼嵐は観念して目をとじた。

 そのとき、何かが蒼嵐の手をつかんだ。

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