PHASE2 REBELLION-(反逆への狼煙)-

 日光がカーテンを射抜いて、俺の瞼を赤く染めた。ま、眩しい。片方の腕で視界を覆う。 

 あの後、服を購入し俺はホテルに泊まることにした。帳簿欄にはデタラメな住所、氏名を記入してやった。フロントの受付係の青年はまだ新人研修から開放されて間もないのか、身分証明書を求めてこなかったので助かった。照会されようもんなら慌てて逃げ出していただろう。

一ヶ月も風呂に入っていない気分だったからシャワーは身体によく染みた。ホームレスの臭いを洗い流すには充分だった。

が、入浴をすますと、ふいに突きつけられた現実が、ジワリジワリと音を立て忍びよってくる。

 早く俺の日常よ、戻ってこい。布団の中でこれからの行き先に不安し孤独に苛まれた。

俺の回想は着信メールの音で、あっけなく遮られ

た。

  


      (ある人物の独白)


 ヤツは私を信じきっている。私の動きに微塵も疑いを持っていない。今ならまだ間に合う。

 あの男をあの場から警察に突きつけてもよかったし、殺してもよかった。だが、まだ泳がせておく価値はありそうだ。

 私はもしや、愉しんでいるのか。彼の置かれた状況とそれを打開できそうな彼の可能性に。   

 身を助け、こともなげにヒントまで出した上に今朝はメールの一通もくれてやった。それはもしや彼が彼に似ているからかもしれない。どちらにせよ、俯瞰しているだけではなく、私も動かなければならない。

 事を構えたくはないが決意は必要だ。さあ、もう昼だ。残された時間は短い。行動を開始しよう。






 携帯メールには「無事逃げのびているかしら。昨日は貴方と行動を共にしすぎるとリスクがあって話せなかったけれど、裏切り者の男の名を教えるわ。彼の名は〇〇〇〇

彼が組織外で通じていた人物が一人いるの。

その名は〇〇〇〇 

察しの通り、犯人と目される人物よ。真実に近づくには彼の居場所を突き止めることね。随分と前のことだけど彼の居所は把握しているの。そこから何らかの手がかりが掴めるかもしれない。場所は〇〇〇〇よ」

 もう一通メールがある。

「おはよう。無事スポーツバッグは受け取ったかね?充分な金が入っていたハズだ。ファイル奪還の資金に割り当ててくれ」

 部下からの有力な情報も手に入れ、次の目標が明確になったおかげで、少しは鬱屈とした気分に晴れ間が射してきたようだ。

善は急げだ。タクシーを使っては面が割れる恐れがある。公共交通機関として無難に利用できるのはバス、または電車だ。俺は後者を選択することにした。

 着いた先は木造モルタル三階建の賃貸アパートだ。外観は薄汚く、数年も手入れが行き届いていない印象だった。

知人と称して管理人に〇〇〇〇の情報を訊いたところ、

「あ〜〇〇〇〇さんね。あの人のことはよく覚えてますよ。なんだって、ウチのアパートではお得意さんで通っていたからね」

彼女の証言だと、お得意さんというのはいい意味ではないらしい。あくまで皮肉だ。

「家賃滞納の常連だったからね」と昨日のことみたいに不満気に話す。

「彼とは連絡がつかないんで直に訪ねにきたんですけど、どこに移られたかご存じないでしょうか?」

「さあね。なんでも返済の目処がついたからって、滞納分キッチリ支払うと契約解除して出ていったからね。あれもどうせキャッシュで借りたお金なんだろうね。この2日前のことだよ。

なんでも、焦っていたのか、モノに執着がないのか家財一式置いていってそれきり。まあ、

滞納分にハクつけてもらったわけだし。家財の処分はこのご時世どうとでもなるならね。私物としてネットオークションにでも出すよ。

金を支払っていなかったら蒸発同然さ」

 管理人の口ぶりはもっともだ。2日前のできごとなのだから。

この安アパートを去ったのは事件の日にちと符合する。

キャッシングを利用したかは定かでないものの、問題のファイルは少なくとも金になり得る

品であるのは判った。

 俺は続けて問う

「すみませんが、差し支えなければ部屋を見させてもらってもよいでしょうか?私が彼に貸していたモノも私財に変換されてしまうと困りますし、何より返してほしくてココまで来たのですから」

管理人は俺の言い分を素直に受け止めてくれた。

 何かヤツの居所を突き止める手がかりはないか。部屋を検める作業は短いほうが良い

何故なら見たところ部屋は整然としていて簡素なのだから。必要な最低限の電化製品と衣類、食料品や 文房具などで大別ができる。

情報量といえるモノが少なすぎる。

管理人も荷物を置いていったことは承知しているので、何があるかは把握しているハズだ。

あまり長居するのは不審を買うことに繋がる。

どうする、手がかりを拾えない。

 こういう状況は神経を過敏にさせる。

いつ、ドアの向こうで管理人がノックしに来るか少しの物音にさえ敏感になるものだ。

 いつしか俺の意識は部屋内にではなく、ドアへと注がれていた。自然、ドアポストへと手が伸びた。ポスト内からは新聞の折込に挟まれたチラシが顔を覗かせていることに気づいた。郊外の1等地、上流階級でないと住まうことが許されない案内が記されている。

新聞の日付を見てみると今から一週間前だった。この可能性に賭けてみることにした。他に頼りの綱は見つけられなかったのだから。

 管理人には「貸していたモノはみあたりませんでした。失くされたか滞納金に廻されたのかもしれません」と肩をガックリ落とす演技まで披露してみせた。これは効果があったみたいで

管理人から同情を寄せられた。

「アンタもついてないねえ。」思わず笑ってしまいそうだった。

 次の目的地が判明したので足取りは軽かった。

 富裕層が住む住宅街。ここからの景色は見晴らしがよく優越を感じさせるのが、どこか鼻につく。

 昨日、今日で家なんて建つもんじゃないから

高級アパートをしらみつぶしに探すしかない。

地味な作業だ。根気と体力。生命が天秤にかけられてちゃ軽いもんだ。

 この一等地には豪奢な一軒家が軒並建っており、この周辺には近い将来リゾート開発の計画が立っている。それを見据え早々と分譲アパートが立てられているが、幸い、アパートはまだ一つしかない。しばらく張り込むしかない。

ヤマ勘ではあるが、20代前半から後半と思える人物。男性。金の目処が立ち、なおかつ富裕層のいる土地に越してくるぐらいだから身につけているものも、それに見合ったモノだろう。

 着古した衣類はあの安アパートに置いてあった。質素な生活環境から一転してぬけだす心理としてはブランド品や派手な格好に変身している公算が高い。衝動的で無計画な性格。

 そして、何よりあの安アパートでさえ、賃貸滞納している人間だ。実入りのよい仕事には就いていないだろう。フリーターも考えられる。ファイルが金に成る樹なら・・・・・・近々換金作業に移るハズだ。犯罪を犯して間もない心理。

ヤツは世間の耳目を伺いながら立て籠もっているのではないか。ただ、いつまでもそうしては居られない。

必ず近々換金に出向く。俺は確信した。


 あれから3日後の夜。それとおぼしき人物が階段を降りてきた。片手にブリーフケースを下げている。新調したのが丸わかりなホコリ一つみあたらない都会に溶け込んだ身なり。

ヤツだ。後を尾けると敵は商談相手も含めて複数人になる恐れがある。できるだけ早いうちに取り押さえないと。鼓動が早鐘を打つ。全身の血流が俺の身体を強張らせる。

と、そのとき、「ビビビビビッ」携帯電話が鳴った。メールの着信音だ。しまった。俺としたことが度重なる披露のため、マナーモードにするのを忘れていた。

 振り返るターゲット。俺と目が会う。

その瞬間、とっさに、駆け出した。が、地面は登り坂、急勾配。片手にはブリーフケースを携えてるせいでヤツの自由は効かない。

みるみる相手との距離が縮まる。

 俺は相手の正面に立ち、むこうずねを蹴ってやった。敵はバランスを崩し、坂を転げ落ちる。

追う。追って男性の襟首を掴まえる

すかさず、

肘打ちを顔面に喰らわせる。

 苦しまぎれの一打を放つ男性。

大振りで、腰も入ってない拳は、空を切る。


「なぜ、逃げた!?」恫喝した。

「悪かったよ」その口ぶりかすべてを物語っている。コイツは・・・・・・俺を知っている。

裏がとれた。

 「言え、全部話すんだ。お前はどうして俺の家を殺害現場にえらんだ。素直に話さないと」

俺は銃口を眼窩に突きあてる。

震え声で青年は喋った。

 「アンタがとっておきだって。あの女から持ちかけられたんだ。」

「おんな?」脳裏に浮かぶのはアノ女だ。

「あいつは俺の親友の彼女だった。俺の親友ってのはファイルの持ち主で、アンタの家で転がっていた死体だよ。連中の情報網は伊達じゃない。政治情勢を揺るがすほどの機密ファイルだ。このファイルには権力者の汚職、闇取引の証拠が保存されている。コレを強請りに使えば国家予算に値する額の金をせしめることができる。」

「言え、なぜ俺を選んだ」

瞳が定まらず銃口を右往する。瞳の動きに連動して、顎が小刻みに震える。

 「アンタは刑事だからな。捜査をするのに裏のルートはゴマンとある。裏社会に通じてる人間に罪をきせるのが常套手段なんだとあの女が言ったんだ」

「俺が刑事?」身分証明書とともに警察手帳を家に置き忘れていた記憶が蘇る。

 そうだ、俺は刑事だった。なぜ今まで思い出せなかったのだろうか。素人とは思えない洞察力、体力、根気、靴底を急激に減らす機動力。銃を見ても動揺ひとつせず、身軽に扱える所作。

 連中が俺を任命した意味も理解できた。俺がその道のプロであり、俺=刑事の家で事件が起こっているのだからこれ以上にうってつけの相手はいない。反乱分子に汚名を着せられている上は奴らの利害と一致する。完璧な動機だ。

 さらに、コインロッカーで目が合った刑事は同じ所轄の同僚だ。俺を不審人物と怪しんで近づきにきたのではなく、確かめようとしたんだ。俺であるかを。追ってこなかったところを考えると、アイツは最終的に人間違えだと見当づけたのだろうが。

俺は思い出した。

俺は奴らを追っていたところ、まんまと罠にハメられたのだ。意味不明瞭な電話に呼び出さて。

だが、一時的健忘症はどう説明できる?

 俺は思い出した。事件直後の現場に戻ってきたんだ。俺の日常=家で、非日常が展開されている。俺はその現実を無意識下に抑圧したのだ。無実、濡れ衣だとわかってはいても、今まで幾多の犯罪を検挙するにあたり、闇組織との交流を重ねていた俺は罪の意識=後ろめたさがあったに違いない。

結果、記憶にバイアスがかけられ見たくないものは自らベールに包んだ。気を失う直前に連中に連れていかれたのか。


 男は崩折れた。胸元から血がふきだしている。携帯が鳴った。メールの着信音だ。

薄暗闇からその姿が現れる。

 目の前にサイレンサー銃を構えた女がいた。

銃口から硝煙が行き場を亡くし哀しげに宙を漂っている。

 「最初の取引の相手はキミだったのか。取引先を抹消してしまえば無駄な支払いはしなくていいものな。君の本当の組織はなんだ。思い出せば俺は『連中』とだけで君の所属先を盲目的に決めつけてしまっていた。無論、刑事にリークしているあたり、『連中』にも通じているんだろうな。もしや」

「そのもしや、よ」

頬が引きつりをおこす。

「私は二重スパイ」

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