22章 [ⅩⅩⅠ世界]

「恋煩いかね?」

ハルキの口に冷めたスープが流し込まれ、彼は目を覚ました。

「オ、オータム…さん?」

オータムと呼ばれた長身の男は立ち上がり頷いた。

「い、生きていたのですか?…そ、それとも…僕が死んだ?」

ここに来る前。…“ヘルバレー”での記憶がよみがえってきたハルキは、おそらく後者ではないかと思いながら聞いた。

しかし、オータムは首を振る。

「どちらでもない。」

ハルキは首を傾げる。

「ここは思念の世界。“トーラ”が始まり、そして終わるところ。」

ハルキの顔が暗くなる。そうか、“トーラ”は“終わる”のかと。自分が敗れた以上、カイが“創造者”となり世界を創り変えるのだろう。ハルキは消滅して、その思い出も失うのだ。でも、今ハルキはここにいる。ハルキ自身は思念という形で残るのだろうか。それは、もっと悪い。思い出の地が、美しいと思ったものが、壊されていくのをただ見ていることしか出来ないなんて。

「やり遂げた者の顔ではないな。」

下を向いたハルキに、髭を指に巻いて遊びながらオータムは言う。

「僕は護れませんでした。思い出を…護ってどうするんだってことばかり考えて…。人間、失って気づくことばかりですね。」

「人は変わっていない。だがハルキ、お前は変われた。“ソート”に“創造者”に操られた者ではない純真なお前自身が自分の中に“トーラ”の世界を落としこんだのだ。」

オータムがハルキの肩に手を置く。

「ズーデンテン卿から預かりものをしている。それと、伝言だ。あの水は旨かったそうだ。」

肩の手が離れる感覚に顔を上げたハルキの眼に入ったのは、オータムではなく、輝くカップだった。ハルキは嫌なものを見た顔をして、そっぽを向いた。しかし、振り向いたその先には黒服の青年が立っていた。ハルキの顔が強張り、回れ右して走り出そうとする。

「待てい!」

ハルキの眼前に炎の壁が現れハルキは急ブレーキをかける。

「恥を忍んで、出てきてやっているんだから話ぐらい聞け!」

嫌々という言葉をそのまま表情にしたような顔で振り返ったハルキを見て、カイはようやく火を消した。

「貴様の勝ちだ。」

眼を背けてカイが言う。良く分からないという顔をハルキがしていると、カイがステッキを投げてきた。胸に当たり地味に痛かったので、文句の一つでも言いたい気分だったが、ハルキの中でその不平を言うことよりカイの言葉の意味を聞きたいという好奇心の方が勝った。

「どういうことだ?」

ハルキがカイに問うと、カイは「貴様!わざわざそれを言わせるのか!?」とぼやいた後で、

「俺はあの後死んだ。今の俺は思念だけの存在。しかし、お前は今も生きている。“ソート”は生きている者のみに仕える。“創造者”の子孫の中で、唯一の生き残りである貴様が今、全ての“ソート”を束ねているのだ。」

それ以上は知らんと言い切ると、カイはスタスタと何処かへ行こうとした。

「どこへ…」

「“どこか”へ、だ。死んで分かった事だが俺は今、どんな呪いにも捕らわれていない。」

カイが立ち去り、ハルキの足元にはカップとステッキが残った。今、この“ソート”の主が僕?カイやオータムの話を総合するとそういうことになるのだろうが、ハルキはそれを認めたくなかった。僕が“トーラ”を壊すことは出来ない。そんな残酷なことあっちゃいけないんだ。

「何時まで下向いてんのよ!」

背後からの聞き覚えのある声と同時に、綺麗に決まったドロップキックがハルキをうつ伏せに倒した。懐かしい感覚だった。

「ほら、あんたの彼女がわさわざ届けに来てやったわよ。」

およそ、恋人に対する態度ではない、見下すようなシチュエーションだが、ハルキはそんなことはどうでもよかった。

「イブ…」

起き上がったハルキは腕の中の彼女に囁いた。でも、涙が流れて来て、それ以上は何も言えなくなってしまった。オータムが現れた時から、密かに期待はしていた…でも、まさか角も毛皮もない彼女とこうして抱き合えるとは思っていなかった。抱き合っても抱き合っても足りないと思うハルキだったが、不意にイブに遠ざけられた。不安そうな顔をするハルキに、彼女は後ろを向いて答えた。

「私はまだ生きているし、悪魔の僕のままなの。ここに来る前にせの高いぼろ雑巾みたいな服を着た爺さんが魔法をかけてくれたけど、時間だわ。もうここには居られない。」

「イブ…?」

ぼろ雑巾みたいな服の爺さんとはたぶんオータムのことだろう。

「行かないでくれよ!…僕はイブと一緒に……」

ハルキの言葉の途中でイブは一枚の赤銅色の銅貨を落として、駆け出した。

「…待ってよ!」

ハルキはイブを追いかけたが、イブはどんどん速くなる。もとより体力では劣るハルキだ。

「イブ!イブ!」

「来ないで!…ハルキには見られたくないの。最期に会えて…良かった。」

「イ……ブ……。」

イブの身体から毛皮や角や爪が噴き出すのがハルキの眼に入った。四本脚で遠ざかる彼女を、ハルキは只茫然と眺めることしかできなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「これから君はどうするのだい?」

結局ハルキは、カップ、ステッキ、コインの落ちている、“ここ”に帰って来るしかなかった。

ここは思念の世界。右も左も上も下もない世界で、何故か“ここ”の位置だけは、ハルキは感じることが出来た。

“ここ”には今、三つの“ソート”がある。

そして、二人の人間がいた。二人とも少年の姿をして、片掛けのバックをかけており、眼の色、髪の跳ね方までそっくりだった。しかし、トボトボと戻ってきたハルキは何も持っていなかったが、今口を開いたハルキは腰にシンプルな剣を差していた。

「君は…誰だい?」

丸腰のハルキが問う。

「僕はハルキ、“ソート”を集めた“創造者”。」

剣を持つハルキは、その剣を鞘から抜き、カップやコインの転がる地に刺した。

「それじゃあ君はハルキじゃないよ。僕は“創造者”にはならない。」

ハルキは静かに言った。

もう一人のハルキは首を振って、ハルキにゆっくりと近づいて行く。

「いや、君はもう“創造者”だ。君は“ペンタクル”の所持者イブからそれを受け取り、ラビス・ズーデンテンから“ホーリーカップ”を託された。」

ゆっくりと近づいてくる、自分にそっくりな人をハルキは無気力に見据える。

「でも僕は、“ヘルバレー”でカイに敗れた。」

「僕が救った。僕の母親が君に渡した“ソートソード”を使って、君を思念の世界に避難させた。」

淡々と語るハルキが、ハルキの目の前まで来た。

「君は誰?」

ハルキはもう一度、目の前にいる自分の形をした者に聞いた。

「僕はハルキ。“ソート”に宿る創造者の意思に従い、“ソート”と“アルカナ”を束ねた世界の再生者。選ばれし救世主にして、“創造者”の息子だ。」

“アルカナ”という新たな単語の出現。ハルキは気になったが、間髪を入れず呟いた。

「君は僕じゃない。」

迷いのない真っ直ぐな瞳で。ハルキが一歩踏み出し、ハルキの中に入った。


THE WORLD


ハルキの周りに幾つもの光が浮かぶ。ステッキから…カップから…剣から…コインから…幾筋もの光球が溢れ出すのだ。その光はハルキに取って懐かしい二十二の響き…

“フール高地”、ペテン師、修道女、母親、時計塔、教会、イブ、宝、狼、ランタン、オータム、警察、水、毒薬、スパイ、鎖、雷、老人、剣、向日葵、カイ、ハルキ…

「君はどうしたいんだい?」

ハルキの中でハルキが問う。ハルキは“ソートソード”に宿っていたもう一人の自分、“トーラ”を創った“創造者の遺志”と会話をしていた。

「僕は…静かに暮らしたい。」

「オータムみたいにかい?」

「ううん。…そうだなあ、旅をしたい。」

「ハルキらしいや。もう一度だけ聞くけど、創造者になるつもりは…」

「くどいよ、ハルキだった人。」

「分かったよ。」

人の生きる神秘の力…“アルカナ”

四つの“ソート”で二十二の“アルカナ”を集めた時

その者の願いは叶う

例えば今ある理を壊して新しい世界を創ることもできる

例えば崩れかけた世界に息吹を送りこんで立て直すこともできる

ハルキと“創造者の遺志”との会話が終わると“ソート”達は一つ、また一つと思念の世界を離れて行く。“ソートソード”は世界を支える足場にハルキの腰を選んだ。四つの“ソート”が再び“トーラ”を支えた時、思念の世界にいたハルキと人々の人生“アルカナ”は再び“トーラ地方”に降り注ぎ、世界は力に満ちていく。

「さようなら。僕の“遺志”が生みだしたもの達。また逢う日まで。」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ポスッ…


「お前はいつも突然だ。」

「ごめんなさい。クライム。」

ハルキは“ソートソード”で時空を飛んだ。現れたのは商人クライムの馬車の上。鼻を擦りながら微笑を浮かべクライムの隣までやってきたハルキは、もう青年の顔になっていた。

「“エクスト”は冷える。そこに予備のコートがあるから、それを着て…」

「大丈夫。まだ、前に貰ったのが使えるから。」

ハルキが片掛けのバックから取り出したのは、ボロボロのコートだった。あちこちに刃傷や銃創があるそれは、ハルキがクライムから昔貰ったものだった。

旅人ハルキは、行商人のクライムと商売をしている。いや、風の向くまま気の向くままひょっこりとクライムの元に現れては彼の仕事を手伝っている。時には時を超えて、ほんの少しだけ品物を安く仕入れて、上手く商売をしていたりもするようだ。

「ところでお前…俺と会うのはどのくらいぶりだ?」

「……二年ぶり…ぐらいかな?」

「長いな…その剣でいったいどこまで行ってたんだ?」

「剣を使ってじゃないよ。…歩いて……海まで、かな?」

ガタゴトと古くなった馬車は舗装の行き届いていない道を進む。チラリとチラリと雪も舞い始めた。今宵は冷えるだろう。こんな夜には狼汁が一番だ。


旅人の名はハルキ。

彼は今幸せである。


ⅩⅩⅠ世界 ~ハルキの旅~...fin


------------------------------------------------------------------------------------------------

Tora's Data -0-

ハルキ-Haruki

旅人_〈以下空白〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る