21章 [ ⅩⅩ審判]

辺り一面に歯車の音と、何か重いものを硬いものに打ちつける音が響く。定期的に響くそれは耳と言うより心臓に響く。

“運命の輪”は、ここに来た途端に例の重苦しい音に共鳴して砕けてしまった。ハルキは油断なく“ソートソード”を構えて辺りを見回す。ハルキの時空移動が正確に行われたなら、ここはカイの居城“ヘルバレー”のはずなのだ。

風の力を使った速読。“truth”に書かれていた“ソート”の応用技でハルキは“truth”そのものを読んだ。それに拠れば、ここ“ヘルバレー”は“トーラ地方”の東の果てにあり、死者の霊を裁く場所であるらしいのだ。“火のソート-ワンド”に縁が深く、カイはその所有者だろう。

ハルキは歯車を伝い、規則的に響く重い音の根源に向けて進んで行った。“truth”を読んだ時、ハルキは衝撃を受けた。著者のオータムが謎の祭器“ソート”に詳しいことは知っていた。しかし、彼はその全てを弟子のハルキに伝えていなかったのだ。まず、“ペンタクル”以外の“ソート”は血統で受け継がれること。次にその血筋の者は元々“創造者”の子孫であること。そして、所有者の血統が途絶えた“ソート”は生き残っている他の“ソート”を所有する血統の者に所有権が移ること。最後に、全ての“ソート”を集めた者が次の“創造者”になりうること。合点がいった。何故カイがこんなにも“ソート”に執着するのか。なぜ、ハルキの行く手を阻むのか。彼はおそらく“創造者”その人になりたいのだろう。世界を壊して創り変えたいのだろう。“ペンタゴン帝国”は滅び、“エクスト”が腐り、“コマース”は傾き、“ホーリネス”が痩せた。そんな世界だ。そんな“トーラ”だ。でも、そこにはイブがいた。オータムがいた。リーンが、アイが、クライムが、シンパティーが、マンリーが、グローブが、ラビスが、ジルバが、ラッドがいた。あくまでいたのであって、世紀末の今も生きている訳じゃない。でも、そんな人たちがいた世界だからハルキは好きだった。

彼は、可能性に満ちたこの世界のこれからも見たいと思った。

「もう、新しい“創造者”は要らないんだ。」

歯車の向こう側。音を奏でるのは、巨大な木槌だった。重く乾いた音が彼の後ろで流れる。カイはゆっくり振り返った。

「そちらから来てくれて嬉しい限りだ。」

笑顔はお互いにない。数百年の時を超えた兄弟の再会だった。木槌が一際大きな一打を終え動かなくなる。歯車も一様に止まった。

「遥か昔。“ソート”は皆、力を失った。かつては海を蒸発させ、山を沈め、気圧を操り、地形を変えた“ソート”は、ただの祭器になり果てた。残された俺達子孫はどうなった?定められた運命だけが残り、果てしない力は失われた。冥府に生き、土地を治め、定職につけぬさだめ。そんなの足枷でしかない。」

「だから、おまえは世界を壊そうっていうのかい?」

「俺は見てきた。様々な人間を…“ワンド”で何人も裁いた。どうだ?未だに天に昇った者などいない。皆、地獄か俗世を望んだ。欲の塊だ。最後の審判は総てを天に帰す。そうして、新しい時代が訪れる。」

カイが“ワンド”をクイと上げた。途端、ハルキの左腕が炎上し“truth”が灰になった。

「そんな本なんて役に立たない、新しい法則で動く世界だよ。」

ハルキは左腕の火を風で消した。服は焼けてしまったが、腕は駄目になっていないようだ。ハルキは“ソートソード”を地に刺した。

「僕は“創造者”になろうとも思わないし、“ソート”も要らない。でも、碌でもないこの世界が好きだ。いろいろな人が生きて、これからもいろいろな人が産まれる世界が…カイ、“トーラ”を残してくれないか?」

ハルキは今までの旅の中で、一番はっきりとした眼でカイを見た。

カイはただ溜め息をついただけだった。

「俺と貴様の願いは一致しないようだ。理由は二つ。一つは、俺が“ヘルバレー”を棄てる為に世界を壊すから。もう一つは…」

「…“ソートソード”は血統によって受け継がれるから。」

カイの言葉を引き取ったハルキに、カイの炎が飛ぶ。“サイパイヤ”のメインストリートを丸ごと飲み込んでしまいそうな規模の火柱をハルキは避けようとしない。

「僕の願いはこの世界で暮らすこと。カイの願いは新しい世界を創ること。僕が死ねば、カイの願いは叶う…僕の願いは消える。」

論理的。ハルキには似合わなかった。結局彼は、カイもこの世界の一部なんだと気づいてしまっただけだった。ハルキはカイを殺すことは出来ない。アビス・ズーデンテン、ラッド帝の主治医を殺してしまった時、ハルキは大事な何かを失った気がしたのだ。あの感覚は二度と味わいたくない。ハルキは自分の願いで、自分の欲望で、カイを、“トーラ”の一部を消してしまうことをためらったのだ。炎が迫るハルキに、“ソートソード”から一陣の風が吹いた。ハルキに炎が当たり、カイの口角が上がる。後には“ソートソード”だけが残っているはずだった。風の一族最後の生き残りを消して…

「なっ…」

しかし、カイの思惑は外れた。後には何も残らなかったのだ。

「そ、そんな馬鹿な…」

カイは慌てて駆け出す。ハルキが立っていたその場所へ。焼け焦げて変色した地に手をついて、盲目になったかのように剣を捜す。

「そんなはずはない!絶対にだ、あってはならない!」

“ソート”が“ソート”を消すなどあってはならないことだった。自らの呪われた運命を変える切り札にして、最後の希望である“ソート”。それがなくなることは、カイにとって“ヘルバレー”への無期懲役に等しいことだ。カイの瞳が揺れ、頬には汗が流れ落ちる。主の意志が揺らぎ、止まっていた歯車が動き出す。重厚な木槌の音が響き始め、それがカイに言葉に出来ない不安を抱かせた。


カンッ


這い蹲るカイの懐から“ホーリーカップ”が滑り落ちて音もなく消える。

「“ソートソード”も古代の合金“オリハルコン”で出来ているはずだ!炎に焼かれてなくなる筈はない!」

彼はそれに気付いていない。


カンッ


必死に手を動かす彼の足元に“ペンタクル”が転がる。そして、鈍い輝きを残して消えた。

「俺は見た!確かにここに“ソートソード”は刺さっていた!」

カイはそれも見逃した。焦りからか、彼は右腕を上げて髪をかきむしり、黒い毛先があちこちを向いた。


カンッ


その時、彼はマントに入れていた二つの祭器もなくなっていることに気づいた。

「アイツか?あのお子様が、何かしたというのか?ハルキーー!!」

カイは怒りと焦りの形相を浮かべて、五月蝿く響く歯車の音にもかき消されない程の大声で叫んだ。


カンッ


「どこだ…どこに行った。俺の“ソート”、俺の未来は…そうだ、“ワンド”は?俺の“ワンド”はどこだ!」

動き回りながカイは狂ったように叫んだ。金のステッキ“ワンド”は彼が“ソートソード”を回収しようとしたした時に、その場に置いてきてしまっていた。それは、カイの背後の地面に突き刺さっていた。

「…ああ。」

安堵の声を上げて、“ワンド”を手にしようとしたカイの顔が歪む。“ワンド”はその身を地に沈めていた。

「~~~!」

声無き絶叫でカイは金の“ワンド”を引っ張り出した。汗を拭うカイの視界が突然暗くなり、“ワンド”の輝きが見えなくなった。“ワンド”は小槌によって地面に打ち込まれていたのだ。彼は気づけば木槌の真下に来てしまっていた。そして、彼がそれに気づいた時にはもう遅かった。


JUDGEMENT


カンッ…


“ワンド”が輝きながら宙を舞い、闇に消える。それは、“ヘルバレー”がその歴史を終え、最後の審判が彼らの手を離れたことを意味していた。


ⅩⅩ審判 ~最期の審判~...fin

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Tora's Data -22-

カイ-Kai

後期ディサイ芸術の一柱を担った女性童話作家スージー作の童話集、“スージー童話集-地下の国”に登場する主人公の青年の名前。

そのストーリーは、黒いマントに金のステッキを持ち、冷徹に死者を裁き、悪魔に人を売ることを生業とする一族に生まれたカイは、自らの運命に従い人を裁き続けるが、その虚しさに苦しみ、自由を求め遂には自ら死を選ぶというものであり、主に子ども向けの童話集として名高い“スージー童話”には珍しく、暗い内容の話である。

“地下の国”を書いた頃のスージー女史は、危篤の状態に陥り、一時意識を失うなど不安定な精神状態であった。スージー女史はその後、奇跡的な回復を遂げ作家業に復帰するが、“地下の国”はその直後に発表された作品である。

後年、知人にこの“地下の国”を書いた時の一時的な作風の変化の理由を聞かれた際、スージー女史は臨死体験をした時に見聞きした事をそのまま書いたと語っているが、知人には一笑にふされたようだ。

興味深いのは、この“スージー童話集”が編まれる数百年前の書物に、カイという名前の青年が登場するほぼ同様の内容の説話が、“ホーリネス”北部の村落に残っていることだ。この説話は“トーラ地方”に伝わる“ソート”の伝説の中にある“火の話”の中に登場する。ちなみにスージー女史は一度も“ホーリネス”を訪れたことはない。

偶然と言ってしまえば偶然で済んでしまうが、“スージー童話集”と“ソート”の伝説を結びつけて考える者が近年聖職者を中心に急速に増えている。あるいはスージー女史は本当に臨死体験をし、その中で裁判官カイの前に立ったのかもしれない。

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