20章 [ ⅩⅣ節制]

風が荒野“ウエスト”を吹き抜けた後、剣を握りしめ、口を開けて驚きを隠せずにいる少年と、長身でボロボロの服を着た老人が何処からともなく現れた。

「オ…オータムさん…これ、って…」

「そう、時空移動だ。」

オータムの言葉を聞いて、少年ハルキはぺたりとその場に腰をついた。握ったままの剣を顔の前にかざし、今度はしげしげと眺めている。

「ハルキ…時空移動とは、四大元素の力を持つ四つの“ソート”だけが成せる業だ。君がこれまで使っていた“ペンタクル”も、常に持っていたこの剣も共に“ソート”の一つだったのだ。」

ハルキはオータムの話の最中に、何故だか涙が出てきた。

(僕は今まで何の為に旅をしてきたのだろう?故郷に帰る為?僕はいつだって帰れたじゃないか。外の世界を見たかったから?いや、僕はそもそも一人でも外に出られた。イブと一緒に居たかったから?いや、それは…)

様々な感情が入り乱れ、訳が分からなくなる。

「大丈夫かい?ハルキ?」

オータムが心配そうな声で、しかしそれをまったく感じさせない顔で話しかける。

「全て見ていたのですか?」

「私は隠者だ。全て知っていた。」

「僕はこれから、どうすればいいのですか。」

「知識は、決して答えを教えてはくれない。それはこれから、君が決めることだ。」

オータムはそう言うとハルキから剣を取り上げ、それを彼の腰に戻した。

「しかし、決まるまでは私と旅をしてくれ。それでいいね。」

ハルキは袖で涙を拭い、わずかに頷いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「なかなか面白い時代を選んだものだ。」

オータムは荒野“ウエスト”を歩きながら低くクックッと笑った。

あれから三日、

「選んだのは僕じゃなくて剣です。」

野宿に野宿を重ねた上、

「無意識に“ソート”を振るった時程、その人らしさがでるのだよ…」

二人はすっかり旅仲間になっていた。

「そんな、何を根拠に…」

汗だくになりながら駆けるハルキと、

「私は隠者なのだよ。」

悠々と歩くオータム。

「…ずるいですよ。それ。」

二人は行く。荒野“ウエスト”西部、アーマー・ラッド“ペンタゴン帝国”皇帝の商業都市“コマース”攻略軍の陣中を…

「あの…何度も言うんですけど、僕はラッド帝にはチラリとしか会ったことは…」

「それだけ会っていれば充分。食糧と多少の金貨ぐらい分けてくれる。」

上機嫌のオータムだが、ハルキにはそれは楽観的過ぎるような気がした。ハルキは、よくこれまでも数ある検問を通過できたと思った。オータムは逢う衛兵それぞれにハルキをラッド帝の友人と紹介し、階級に応じて様々な色の貨幣を握らせたのだった。そんなにお金があるのなら、わざわざラッド帝に資金援助を頼まなくても良さそうなものだが、オータムはこのやり取り自体を楽しんでいるようだった。

「待て!ここより先は皇帝陛下の宿舎である。許可なき将軍以下の者は入れる訳には行かぬ。」

今までで一番しっかりとした対応だった。どうやらここがラストの検問らしい。

「まま、衛兵殿。この少年は陛下の親友である。来る勝利を陛下にお祝いしたいと参上いたしました次第で…」

話がどんどん大きくなっている。ハラハラするハルキを尻目にオータムは金貨を衛兵に差し出す。

「そのようなものは受け取れん。陛下にお取り次ぎするので、ここで待たれい。」

まともな衛兵もいるものだとハルキは感心してしまった。しかし、途端に不安になる。オータムの話だとこの時代は、ハルキとラッド帝が“サイパイヤ”で最後に会ってから、五年も経っている。皇帝のように多忙な人が、そんな大昔のことを覚えているだろうか?たとえ覚えていても、戦中の皇帝が旅人などにわざわざ時間を割くだろうか?

「おお!ホントだ!すっげー久し振りだな!!」

陣幕の間から顔を覗かせたラッド帝は、そう言って微笑んだ。どうやらアーマー・ラッドという人相手では、ハルキの心配など只の杞憂だったらしい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「掛けてくれよ。」

天下の“ペンタゴン帝国”の皇帝とは思えぬ気安さでラッド帝は笑いかける。ハルキは居心地悪そうに上等な革張りの椅子に腰を降ろした。オータムはその隣に深く腰掛ける。皇帝となって月日が流れてもラッド帝はあまり変わっていなかった。ただ髪は茶色から金色へと染め、ピアスを三つ程着けていた。身にまとう衣服は軽く、先帝マンリーとは真逆なカジュアルなものだった。彼にとっては自分のファッションを貫くことの方が、戦争よりも重大事なようだった。

「変わってねーなー。」

ラッド帝はハルキを見て、そんな事を口にしながら給仕に運ばせた食事をガツガツと頬張る。

「そう言えば名前聞いてなかったわ!」

とか、

「今まで見てきた中で一番綺麗な町は?」

とか、矢継ぎ早に質問するラッド帝にハルキは押されて、簡単な自己紹介と“コマース”の町並みなどを話した。ラッド帝は、もうすぐそこも俺の町になるんだぜと笑った。

「そういえばハルキ。お前彼女はどうしたんだよ?」

おそらくイブの事を言っているであろうラッド帝の言葉にハルキはピタリとスプーンを止めた。

「皇帝陛下。孫の古傷には触れぬようにお願い致します。」

クックッと笑うオータムはここではハルキの祖父という設定になっている。若さに失恋はつきものですとオータムは続ける。

「そうか、そうか。悪かったなハルキ!」

ラッドは陽気にそう言うがイブの事が頭の中を駆け巡るハルキにはそれを聞く余裕がなかった。

「俺は結婚したぜ。」

ラッド帝の発表に、二拍遅れてハルキはスープを噴いた。オータムはウブだなとクックッと笑う。

「きったねぇな。オイ!」

ラッドが苦笑しながら指を鳴らすと給仕がテーブルを拭きにやってきた。その後ろには美しい女性。細身で唇は薄く、首から腰までが綺麗なS字を描いている。着ているドレスは末広がりで、およそここが戦場とは思わせない。

「ハーモ紹介しよう。俺の友人のハルキとそのお爺さんだ。」

ハーモと呼ばれた美女は、ドレスをつまみ膝を軽く曲げて挨拶をした。

「こっちにおいで、ハーモ。」

ラッドの呼びかけに応え、ハーモはラッドの隣に腰掛けた。しかし問題はその二人の距離である。ハルキが思わずスープに浮かぶブロッコリーの蕾を数え始め、オータムがうっかり給仕の女性を手伝い出す程に…早い話が直視に耐えられない程に二人がべったりとくっついていたのだ。

「どうしたんだ?」

向かいの二人が突然そわそわし出したのに気づいたラッドが理由を聞くが、二人は一向に知らん振りをする。

「?」

一方のハーモは見せつけるかのようにベタベタをエスカレートさせるのだった。この状況に先に白旗を挙げたのはハルキの方だった。

「お二人の馴れ初めを教えて頂けますか?」

オータムに足を踏みつけられたハルキは、ラッドからその後二時間と四十五分にも及ぶ彼らの波瀾万丈?な恋物語を聞かされることになるとはまだ知らなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

二時間と四十五分後…

グラスの氷が溶け、脳みそが解けそうになる程に甘い恋物語を二人から聞かされたハルキは、ぐったりとしていた。隣のオータムは、おそらくだが寝ている。

「陛下!軍事評議のお時間です!」

その時、宿舎の外から声が響いた。

「ジルバか…俺、今日はパス。」

ラッドがかったるそうに手を払う。律儀に陣幕の外から大声を張り上げている将軍が、ハルキの席からチラリと見えた。顎髭の立派な将軍は困り顔で、なおも食い下がる。

「陛下、今日“も”の間違いではございませんか?毎日、毎日、ハーモ様といちゃいちゃ、いちゃいちゃされて、大概になさいませ!今日という今日は評議に出ていただきます。」

十分もの間続いたジルバとの舌戦の末、ハーモと名残惜しそうにキスをしたラッド帝は陣所を出て行った。ハルキとオータムには土産にと金貨の詰まった袋を渡して…

残されたハーモはラッドの後ろ姿を名残惜しそうに眺めていたが、彼が見えなくなるとスッと立ち上がった。ハルキとオータムはつられてその顔を見上げた。

「サム。」

ハーモが一声呼ぶと、天井から“ペンタゴン”の軍服を着た軍人が降ってきた。

「お呼びでしょうか?」

呆気に取られあわあわするハルキをオータムが無言で制する。

「“コマース”軍の進路は如何に?」

ラッドと話していた時には感じられなかったキビキビとした声。

「はっ、本隊が先行し陣形が縦に伸びております。」

「ふむ、陽動に掛かったようね。所詮商人ということかしら?」

ハルキはこの状況に取り残され再びあわあわとする。そのハルキの方をキリリとした眼でハーモが見る。ハルキは小さく悲鳴を上げた。

「時の旅人よ。この戦、我らは勝てるか?」

「勝てます。」

答えたのはオータムだった。

「それでは、わたしの親衛隊を“コマース”軍への横槍として使いましょう。サム!」

「はっ!」

ハーモから命令を受けるとサムは再び天井へと飛び上がった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ハルキとオータムは、今密かに“ペンタゴン”軍から抜け出していた。ハーモが未来を知る二人を陣に留めたがったのだ。オータムは満足気に笑っていたが、ハルキは心配そうに何度も振り返っていた。サムのようなアサシンがいつ襲ってくるか分からないからだ。

「凡庸な夫、ラッド帝を影で支え、“ペンタゴン”の政治を操った狂妻ハーモ…ハルキ、面白い時代に飛んだな。」

「止めて下さい、オータムさん。」

「おぬし、女難の相が出ておるの~。」

「怒りますよ。」

「では、次は私が面白い時代を紹介しよう。」

オータムがハルキの剣を抜くのと、アサシンがハルキ達に追いつくのは同時だった。


TEMPERANCE


オータムが風をまとった剣と共に加速し、風速の移動でアサシン達を打ちのめし、ハルキに剣を渡す。この間、わずか数秒であった。腰を抜かしているハルキに向かって、有無を言わさぬ声音でオータムは言った。

「“コマース”を思い浮かべて振るいなさい。」

アサシンのサムが目を覚ました時、ハルキ達はもうそこにはいなかった。



ⅩⅣ節制 ~二つの顔を持つ女~...fin

next to THE MAGICIAN


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Tora's Data -21-

アーマー・ラッド-Armor Lad

“ペンタゴン帝国”第十代皇帝。また、“ペンタゴン”最後の皇帝でもある。

ラッド帝は在位十五年の長きに渡り国を治めたが、意外にもその記録は少ない。それは彼の死によって“ペンタゴン”が滅んだことや帝の粗暴で好色、品位の無い性格などが影響した結果とも言われる。

数少ないラッド帝に関する記録には、彼の側近で名将と唱われたジルバ将軍の手記(第6巻のみ現存)がある。「ラッド大帝は血気が盛んでとても勢力的なお方である。その上、どのような身分の者とも分け隔てなく接し、決して傲らない気さくな方だ。つい先日も旅の少女に食べ物をお恵みになり…」の書き出しで始まるこの手記は豪胆ながら親しみ深いラッド帝の性格をよく伝えている。

しかし、この手記には「ラッド大帝は本日も軍事評議を休まれた。妃とお過ごしになるのももよいが、いま少し節度を持っ頂きたい…」という記述もある。妃とはラッド帝の正妻でサイパイヤの貴族出身の女のことであり、名をハーモといった。二人はとても仲むつまじかったようだが、ジルバ将軍の手記はその溺愛ぶりが側近でさえも呆れ返る程だったことも伝えている。

事実“ペンタゴン帝国”の政治は乱れ、ラッド帝は(あんなにも妃に夢中だったにも関わらず)子の無いままに没した。“ペンタゴン”は帝国から共和国となり、その名は歴史の渦の中へと消えていった。

そのため後世の評価も厳しく、著名な歴史研究家ヘレンズはその著書で「イノベイを武帝、マンリーを賢帝とするなら、ラッドは愚帝である。」とまで記している。

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