19章 [ ⅩⅦ星 ]

黒いマントを靡かせながら、青年は歩く。その彼を一言で表すのは難しい。

Envoy judgement collector heartless traveler etc...

それら全てを彼は兼ね備え、かつそれぞれに矛盾なく行動している。しかし、彼の役目は単純にして明快。“ヘルバレー”最後の一人として、全ての“ソート”を回収すること。彼は、生物学上は人。即ち人間である。しかし、その身体を流れるのは呪われた血。創造の時に始まり、消失の時に呪われた女王の血。彼らの家系はその時から人でありながら、人ではなくなった。水の一族はその慈悲の精神によって民を治め、風の一族は総てを棄てて自由に生きた。しかし、火の一族はその罪に縛られ、冥界の管理を任された。他の“ソート”に関わった一族がその運命を受け入れ、祭器を探し求めなかったのに対し、火の一族だけが“ソート”を求め、運命の改定を成そうとしたのはそのせいだろう。死者の裁きなど、普通は気持ちの悪いものでしかない。

「全ての“ソート”が集う時、我らは解放される。」

“ヘルバレー”の底。谷間から見える数個の星を眺めながら、幼子に彼の祖母はそう語り聞かせ、金のステッキを手渡した。ほとんどの“ソート”は、血で受け継がれる。正しい血筋の者でなければ、その“ソート”は力を発揮しない。万一その血筋が絶えた時、その“ソート”の所有権は別の“ソート”の所有者に移る。そして、全ての“ソート”が揃うとき過去は清算され、血の呪いは解ける。そこで世界は再び創造され、今の世界の理の通用しない新たな世界が始まるからだ。

History mythology thought ideology psychology truth etc...

それは、様々なものに触れ、一族の言い伝えを洗った結果、あの時の幼子…青年カイが手にした答えだった。

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“ペンタゴン帝国-帝都サイパイヤ”

少年ハルキは、噴水の脇で吐き気を催していた。

真っ黒になって行くジルバ、ラッド帝、ラッドの主治医…

「………っ、…ぐっ」

水面が濁り、ハルキの喉が悲鳴を上げる。道行く人びとが遠巻きに嫌悪の視線を送るが、彼の不快感は人の流れのように簡単に流れてはくれなかった。

夕刻。口を濯ぎ、ハルキは立ち上がる。口元を伝う雫を彼は拭おうとしない。

「あの…もし…」

ハルキの背後に立ったのは、まだ年端もいかない少女。可憐な立ち姿と上等な洋服…貴族の娘だろうか?しかし、振り返ったハルキは絶句する。

「ハ…ハーモさ…ま。」

「あら、どうして私の名を…」

「う、うわーーー!!」

黒くなる人々。滅ぶ“ペンタゴン”。ハルキは絶叫すると剣を抜き、逃げるように時空を飛んだ。残されたハーモはただ唖然と立ち尽くしていた。

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“コマース”

ハルキはかつてイブと一夜の宿を求めた民家を探した。あの女性の優しさにもう一度触れたいと思った。独りでくすんだ世界に生きる自分を慰めて欲しかった。

“聖女の春”真っ盛りの町を二、三時間さまよっただろうか?

ハルキは見覚えのある、黒服の婦人とすれ違った。

「あ…あの…」

遠慮がちに話しかけたハルキに、女性はしんみりと振り返った。

「どなた?」

しかし、ハルキは次の言葉に詰まった。彼女は確かに、あの時ハルキ達が世話になった女性だった。でも、彼女は日傘を差し、喪に伏する為にか黒いベールを付けていた。声も沈んでいて、子どもの好きそうな熊のぬいぐるみを抱えていた。

「いえ…」

ハルキはクルリと振り返り、走り出した。

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“サーチー山脈”

「私は研究に忙しい。二度と訪ねて来ないでくれ!」

若きオータムは荒々しく、めっかちだった。

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“フール高地”

ハルキの家はなくなっていた。

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“ホーリネス”

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“フォントン”

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ほぼ“トーラ地方”中を旅しただろうか?

目的もなく、帰るべき場所もなく“ソート”の使い方ばかりが上手くなって行く。これは呪われた人生なのだろうか。でも、もしそうだというのなら、旅立つという選択をあの時したのは自分だ。多くの危険と残酷な運命に気づかず選択をしてしまったのは自分だ。ハルキは自分で自分を呪ったのだ。満点の星の下、ハルキは答えの出ない問いを続ける。

「若者よ…」

“ペンタゴン帝国”再び帝都“サイパイヤ”。ドライダム用水路の土手。ハルキに話しかけて来たのは、杖をつき腰を曲げた老人だった。ハルキが無言でいると老人は勝手にハルキの隣に腰掛けた。「どっこらせ。」と言う声が聞こえた気がした。

「ぬしは何になりたい?」

「分かりません。」

ハルキも老人も顔を合わせない。

「ぬしは何処に行きたい?」

「わかりません。」

暫く、ハルキも老人も川面に写る星を眺めていた。

「どっこらせ。」

老人は不意に立ち上がると、川面に向かって歩き出した。ハルキは座ったままそれを眺めている。土手はやや大きめの石で舗装されていた。老人は器用に杖を使い、凸凹の斜面を下って行く。

「若者よ。」

老人がハルキを手招きした。気が進まなかったが、ハルキは従った。面倒になれば逃げればいい。

「その鞘をこちらへ。」

この老人の要求には、ハルキも渋った。しかし、ハルキをみる老人の眼は真剣そのものだった。断り辛かったハルキは、油断なく剣を抜き、鞘をベルトごと老人に差し出した。念のため構えを取ったハルキだが、老人は意に介さず鞘を受け取る。そして、川の水を鞘に入れた。

「この水は若者、ぬしだ。」

老人はハルキを見ずに言うと、鞘を傾け、整然と並ぶ石の列にそれを流した。水は凸凹に従って、幾筋にも別れて流れ、やがて川へと戻って行く。


THE STAR


「人は、何にでも成れる。」

老人は、鞘をハルキに投げ返す。

「元は一つの場所に居ても、幾筋にも分かれ、やがてまったく別者になる。水のように流れに身を任せるも良し、魚のように敷かれたレールの上を行くも良し、自ら新たな水を流すも良し…しかし枝分かれし、迂回しても、やがては海に流れ着く…ぬし自身の時間は“ソート”を使っても越えられぬ。」

いつの間にかハルキの姿は消えていた。老人の話をどこまで聞いていたのだろうか?

しかし、老人は満足気に顔を上げる。

「あの時旅立って、僕は色々なものを見た。“フール高地”で羊飼いをするよりか楽しい人生だった。前が見えずとも取り敢えず進む。それでこそ僕だ。僕はあの時の僕に感謝しているんだよ。」

星空の下、老ハルキは笑い、吹いてきた風と反対方向へと消えていった。

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カイは舌打ちをしていた。ハルキが生きる希望を失い、自殺でもしてくれればまんまと“風のソート-ソートソード”を手に入れられただろうに…

カイは今、二つの“ソート”を手にしている。

一つは祖母から受け継いだ“火のソート-ワンド”。もう一つは、唯一継承と使用に血統を介さない“土のソート-ペンタクル”。自らにかけられた暗黒の運命。死臭まみれの“ヘルバレー”の主という宿命。それを打破するために必要なピースは後二つ。

“風のソート-ソートソード”。これは、あの少年を始末すれば手に入るだろう。

“水のソート-ホーリーカップ”。こちらは、水の一族ズーデンテンの医者アビスが死んだ今、残るは外務大臣ラビス・ズーデンテンか…奴の死はまだ確認できていない。もう少し前の時代に行き、手を下す必要がありそうだ…

しかし、水の一族は一国の中枢にいる。しばらくは、あの風使いの少年…彼を追い暗殺の機会を待つべきだろう…カイは火の一族が代々つけて来た年表を眺め直した。一族の者が“ヘルバレー”を離れられる時間の全てを使って探し、殺してきた他の“ソート”を持つ一族の暗殺の記録。一日でも早く自らの一族に自由をもたらす為、“ソート”を手にするために代々流してきた血の記録。カイはステッキを振った。年表を炎が包み大きく燃え上がる。その炎に黒いマントをはためかせながらカイは入って行く。

「もうすぐだ…もうすぐ“ソート”の呪いは終わる。」


ⅩⅦ星 ~希望は無くても…~...fin

next to THE HANGED MAN


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Tora's Data -20-

“ソート-ソートソード”-“suits-Suitsword”

“トーラ地方”に伝わる伝説上の祭器の一つ。風を司るとされ様々な奇跡が伝わっている。一部の独創的宗教家の間では世界を創った品として神格化もされている。

創造期伝説において、愚かな王が振るった無敵の剣として伝わる。伝説に登場するこの王は武帝と云われた“ペンタゴン帝国”皇帝イノベイ帝やその孫のラッド帝とも云われることがある。しかし、そもそも創造期伝説は“トーラ地方”最古の町“ホーリネス”(一説では“エクスト”とも)の成立よりも古い時代の話と云われ、“ソートソード”の所有者が“ペンタゴン”皇帝であるとするのは明らかな間違いである。

しかし、“ペンタゴン帝国”の皇帝達を始め、無敵と云われたこの剣を求めた王や為政者は多く、“トーラ地方”の歴史上にも度々“ソートソード”を騙る無数の剣とその所有者が登場している。しかし、それらの剣はいずれも風を司る“ソート”としては余りにお粗末であり、中には贋物であると露顕し所有者の大臣が左遷されたという話(出典-“オベイ”今昔物語)まで残っている。

あまりの贋物の多さから、“ソートソード”という剣はそもそも存在せず、無敵の力を求めた為政者達の願望が“ソートソード”という偶像を生みだしてしまったと云われている。

その正体は、“トーラ地方”を支える世界の支柱の一つである。創世記に愚かな持ち主によって使われたことでその力の大部分を失ったが、創造主により人の生きる力“アルカナ”を注ぐことで、他の“ソート”と共に再び世界を構築できる力を持つように創られている。

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