18章 [  Ⅷ正義]

「対象は光る武器を所持している模様。」

「黒服の男と背の低い少年だ。」

「壁際から通りを伺っていたぞ。」

「スパイの可能性が高いな。」

「不穏分子を野放しにしておいてはならない。」

「即時対象を捕縛せよ。」

「確保次第、別々に拘置所に護送。」

「了解。」


JUSTICE


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ハルキは今拘置所から“エクスト”第四自治裁判所へと護送されている。特に何か悪いことをした覚えはない。カイから逃れ、“ソート”の時空移動でここ自治都市“エクスト”までやって来た彼は、カイの追跡がないかと通りを伺っていた所を、青い制服に身を包んだ自治警察を名乗る男達に突然拘束されたのだ。容疑を聞けば、反逆罪。外国人だと言えば、スパイ。剣やカップを返せと言えば没収と言うのだ。外見から武器と分かる剣はまだしも無害に見えるカップは何故没収されるのかハルキにはさっぱり分からないが、こちらの言うことは無視して、彼らは一方的に裁判!裁判!と声高にがなるのだ。一晩、警察官と口論した挙げ句、辟易としたハルキは黙って護送されているのだが、今改めて“エクスト”の町を見ると、ここがいかに異常な所であるか、肌に感じた。

まず開いている窓が一つとしてないのだ。勿論、出歩いている住民は一人としていない。まるでこれからハリケーンでも来るかのような様相である。更に、あちらこちらにトゲトゲしい色をしたポスターが貼られている。“帝国ペンタゴン製品を排除せよ!”や“エクストこそ正義”といったものが目に入る。極めつけは、青い制服を着た警察官だ。町には、およそ三十メートル間隔で二人組みになった彼らが立っているのだ。彼らの腕には金文字で“エクスト自治警察”と刺繍されていた。

「中に今回のお前の弁護人がいる。入れ。」

ハルキが連れて来られた“エクスト”第四自治裁判所前。そこには自治裁判所の紋章が入ったテントが、脈々と続いていた。ハルキはその内の一つに入るよう促されたのだ。ハルキは、自分を護送している自治警察官に小突かれて中に入った。抵抗しようにも両手を背後で縛られており、叶わない。中に入ると警察官は隅の椅子に腰掛けハルキの腰縄を離した。逃げてしまおうかとも一瞬考えたハルキだったが、さっきの異様な町並みを見た後だ…脱走は叶わないと諦め、床にあぐらをかいた。すると、暫くの間を開けて茶色いスーツに身を包み、蝶ネクタイを少し曲がって着けた一人の老人が慌ただしくテントに入ってきた。

「ああ、あんたかい?五人目の私の担当は?」

「はい。」

ハルキはゆっくり慎重に応えたが、老人は指に唾をつけて慌ただしく紙をめくるばかりで、ハルキの方を見ようとしない。

「わしはフリード・バグショット。あんたは?」

「…ハルキです。」

人の話を聞かないのがこの都市国家の習慣なのだろうか?ハルキは訝るがバグショット翁はあった、あったと一枚の紙をバインダーに留めて書き物を始めてしまった。

「あの…?」

「名はハルキ。容疑はスパイと反逆の罪。拘束日は昨日、日没過ぎっと。」

「すいません?……バグショットさん?」

「求刑はあんたも懲役二十二年。担当弁護人、呉服屋フリード・バグショット。」

「えっ、…あっ、あなたは!弁護士じゃないのですか?」

一方的に話し続けたバグショット翁だったが、このハルキの驚きと非難の入り乱れた声にはとうとう顔を上げた。

「何言っとるんじゃ?わしは正真正銘の呉服屋じゃよ。」

「胸を張って言わないで下さい!弁護士を付けて下さいよ!弁護士を!」

ハルキは当然と思われる主張を再度繰り返したが、バグショット翁に一笑に伏されてしまった。

「そんな贅沢言うものではないぞ、若いの。自治都市“エクスト”では、我々市民も裁判に参加する権利と義務があるのだよ。」

「そんな……じゃあ、無罪を主張する僕の権利は?」

「捕らわれ人に権利などある訳ないじゃろ?さあ、開廷の時間じゃ。いくぞハルシ君。」

ハルキは唖然として、名前を訂正するのも忘れてしまった。程なく立ち上がった警察官に連れられハルキはテントから出されてしまった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「開廷します。」

女性の裁判長の声が“エクスト”第四自治裁判所634号法廷に響き渡った。裁判官は裁判長一人、弁護人も検察官もそれぞれ一人ずつだった。しかし、被告人は五人もいた。証言台には六人掛けの椅子が備え付けられ、常日頃からこの人数で裁判が執り行われていることが見て取れた。そして、一番右端のハルキの隣には…

「何でお前がここにいるんだよ…」

「こちらが聞きたい。」

ハルキ同様両手を拘束されたカイがいた。

「静粛に…」

裁判長が木槌を鳴らして告げる。どうやらここでは碌に話もできないようだ。

「では人定質問を行う。」

裁判長は特に何の感情もないという風に淡々と話を進める。ハルキはこの状況に納得していないと、むくれた顔をすることしか出来ない。

「その者、木こりカルザイ・イワンに相違ないな。」

「へぇ。」

カルザイと呼ばれた小男は訛りの入った声で頷く。その身体は萎びており、生気がない。

「次、ゲルマニア株式会社取締役ルーカス・ゲルマンに相違ないな。」

「はいはい。」

やたら奇抜なスーツを着た男がやれやれと首を振った。その顔には何故か諦めが見える。

「主婦業ナナリ・ロムネスタ。相違ないな。」

五人の被告人の内、唯一の女性は唇を噛んで答えようとしない。

「相違ないな。」

裁判長が再度問うと、弁護人席のバグショット翁が立ち上がり、しわがれ声で、

「間違いないです。」

と、答えた。どうやらこの法廷ではこれで問題ないらしい。その後もバグショット翁は、カイとハルキの為にそれぞれ立ち上がらなければならなかった。ハルキは未だにむくれており、カイは静かに目を閉じている。

「起訴状朗読及び求刑。」

裁判長が相変わらず無感情に宣言すると、検察官席に座っている青い制服に身を包んだ女性が立ち上がった。

「被告人、カルザイには、過去二年に及び納税を怠った罪により、懲役八年を求刑します。次に被告人、ルーカスには、公正取引違反及び特別背任の罪により、懲役一五年を求刑します被告人、ナナリには、稀少生物の捕獲並びに無断飼育の罪により、懲役六年を求刑します。その次、被告人カイには、スパイ及び国家反逆罪により、懲役二十二年を求刑します。最後に被告人ハルキにも、スパイ及び国家反逆罪により、同じく懲役二十二年を求刑します。わたくしからは以上です。」

口を挟む隙が無いほどキビキビと言った女性は、眼鏡の位置をズラすと腰を下ろした。

「弁護人、被告人は起訴事実及び求刑を争いますか。」

「争いません。」

裁判長がそう言うと、被告人の誰よりも早くバグショット翁がそう言った。被告人は誰一人として口を開こうとしない。

「それでは、判決を…」

裁判長が早々と裁判を終わらせようとして、検察官、弁護人は既に帰り支度を始めていた。そんな面々を見て、耐えかねたハルキが口を開こうとしたまさにその時だった。

「異議あり。」

目を閉じたままのカイが裁判長の言葉を、低くはっきりした声で遮った。ハルキは開きかけていた口を閉じたが、周りの人間達は入れ違いにあんぐりと口を開けていた。

「被告人…今、なんと?」

間抜けな沈黙からはじめに立ち直ったのは検察官役の女性だった。

「起訴内容に異議があると言ったのだ。ここにいる被告人は全員起訴内容及び求刑に不服がある。」

「そ、そんな…困るよカニ君、勝手なことされちゃ…」

バグショット翁が狼狽えるが、カイは構わず続ける。

「裁判長!自治都市“エクスト”裁定法第八章十二節に、被告人が起訴内容及び求刑に異論を申し立てた場合は罪状を立証するだけの証拠の提示を求められるはずです。我々をスパイとした証拠の提示を申請します。」

カイのハキハキとした声に先程まで表情一つ崩していなかった裁判長が慌て始める。司法書と思われる分厚い本をペラペラとめくった後、彼女は時間がかかると判断したのだろう。木槌を鳴らして、五分間の休廷を宣言して退廷した。検察官の女性も、想定外らしきこの事態に一時法廷を出て行った。

「君、本気か~い?」

ショッキングピンクのネクタイをいじりながら、ルーカスという男がカイに言う。

「どういうことですか?裁判は罪人に罰を、無実の人に救いを与えるところでしょう!」

黙っているカイの代わりに、ここまでの鬱憤の溜まったハルキはルーカスに噛みつく。

「おいおい、あんま熱くなんなよ、ボク。ボクはいつの時代の話をしてるのカナ~。」

人を馬鹿にするような嗤いでルーカスは続ける。

「“エクスト”の裁判はあの切り裂きシスターの事件以来疑わしきは罰せよの方針を貫いているんだよ。ボーイズ。」

「切り裂き、シスター?何ですかそれは?」

今回は本当に分からないことだらけだと、ハルキはいよいよ不機嫌になっていた。

「数十年前にここ“エクスト”を震撼させた連続殺人事件だ。まさか知らずに俺をこんな所に連れて来たとは…」

カイが再び目を閉じてハルキに呆れたように答える。

「そ、それ以来“エクスト”の罪人に対する扱いは酷くなる一方って訳さ。今じゃ逮捕されたら百二十%有罪ダヨ~。見て見ろよ、この二人を。すっかり諦めモードだろ。ヒャハハ。」

ルーカスの両脇の二人。カイザルは相変わらず生気のない顔でボーとしており、ナナリは両手に顔をうずめている。どうやら、今の“エクスト”の状況を表すにはこれ以上の言葉はないようだ。“狂っている”。切り裂きシスター事件以来なのか、それ以前からかは分からないがとにかくここは狂っていた。

「馬鹿なことを。わしはどうなろうと知らんぞ…変に手を出せばわしまで罪に問われかねん…」

バグショット翁はグチグチと小声でそんなことを言っていた。

(オイ、風使い。)

ハルキの頭の中に突然カイの声が響きハルキはクエスチョンマークを浮かべた。ハルキはカイを見るが、彼は口を動かしていない。これは…テレパシー?

(そうだ。“ヘルバレー”の古代魔術だが、そんなことはどうでもいい。おそらくこの後の裁判では証拠品として“ソート”が出てくるだろう。お前は“ソートソード”を使って俺の縄を斬れ。後は俺が上手くやる。安心しろ。こちらとしても貴様だけここに残っても困る。)

テレパシーといえど、一気に話すカイにハルキは少々イライラしていた。しかし、そのイライラをぶつける前にカイはテレパシーを打ち切った。

「再開します。」

裁判長が法廷に戻り、検察官が大量の書類や剣や、杖、杯の乗ったカートを押してきたからだった。ハルキは、オータムとの稽古を思い出す。足捌きで戦うハルキには、手が使えないことはあまり問題にならないだろう。被告人席を踏み台に女性検察官に回し蹴りをして、素早く“ソートソード”を奪い去る。イメージをそこまで膨らませたハルキは、検察官が自分の席に向かおうと後ろを向いた瞬間にそのイメージを実行に移した。ハルキの蹴りで、検察官が悲鳴を上げて倒れると彼は一日ぶりに掴む愛剣の柄を振り、手早く自分の拘束を取るとハルキはカイの手枷をも斬り去った。

騒然とする法廷。倒れた検察官はまだ起き上がらず。裁判長は警備員を呼びに走る。何がそんなに面白いのか、ルーカスは嗤い転げている。刹那、法廷は炎に包まれた。他の被告人の縄を解いていたハルキはそこで気づいた。カイがカップを片手に掴み時空移動しようとしていることに…何が「貴様だけ残っても困る。」だ。ハルキの怒りは限界だった。

「待てー!カーイー!!」

カップの持ち手のもう片方を掴んだハルキは、カイと一緒に時空を超えて行く。偽りの法廷を残して。


Ⅷ正義 ~茶番法廷~...fin

next to THE HIGH PRIESTESS


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Tora's Data -19-

“ソート-ワンド”-“suits-Wand”

“トーラ地方”に伝わる伝説上の祭器の一つ。火を司るとされる。一部の独創的宗教家の間では世界を創った品として神格化もされている。

“ワンド”は“ソート”の中では破壊を司るとされ、古代より畏怖と崇拝の対象だったようだ。創造期における“ワンド”の伝説は夜の女王が灯りをもたらした魔術師を焼き殺してしまうという壮絶なもので、これを基にした舞台、戯曲などが“トーラ地方”でも度々上演されていた。

では実際“ワンド”が存在したかという点においては疑問が多い。棒状で火を発する物体は、発明家ガニメデの発火機やプロトン工業の炎繰棒など“トーラ”の歴史に複数登場するが、いずれも効果は一時的かつ限定的で、万能の炎を操る“ワンド”とは言えない。そもそも“ソート”とは一様に人工物ではないため科学にその答えを求めるのも奇妙と言える。

では、再び伝説に立ち返って考察すれば、創造期の過激かつ非道な伝説の為に“ソート-ワンド”は呪われたという記録が“ホーリネス”の伝承にわずかに登場する。その呪いの内容までは伝承は語っていないが、その伝承は“ワンド”は呪いの為に、永らく東の果てに封じられていたとある。

その正体は、“トーラ地方”を支える世界の支柱の一つである。創世記に愚かな持ち主によって使われたことでその力の大部分を失ったが、創造主により人の生きる力“アルカナ”を注ぐことで、他の“ソート”と共に再び世界を構築できる力を持つように創られている。

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