16章 [ ⅩⅧ月 ]

風が吹き抜ける荒野“ウエスト”に、いつの間にやら立っていた二つの影…

時刻は深夜…空には薄雲がかかった満月が浮かんでいる。

「ハルキ…バテるには早いぞ。」

「っ…は、はい。」

二つの影には大きな身長差があった。一つは平均より少し小さめな少年。もう一つは髭を蓄えた長身の老人だった。少年は大きく肩を上下させていたが、老人は涼しげに立っている。二人とも剣を構えていた。

「来なさい。」

老人がそう言うと少年ハルキは息を整え、一声叫ぶと前のめりになり二丈程あった二人の間を一瞬にして詰める。老人は剣を顔の横で構え、前傾姿勢になっているハルキの背を狙う。それに気づいたハルキは横に跳び攻撃を回避するが、そこに老人が踏み込んでハルキの腹をその剣で薙ぎ払った。

「…ッ」

流石荒野。短く息をしたハルキは背後にあった盆地に勢いをつけて転がって行った。老人は小さく溜め息をついた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「それにしてもオータムさん、何故僕に突然剣術を教えようと思ったのですか?」

「いずれ必要になるからだ。…時のある内に身に付けておかねばなるまい。」

時々この老人はおかしなことを言う。時間なら“ソート”を持つ自分達にはいくらでもあるのに…

「僕に剣術は向きませんよ…それに……必要でもありません…」

「確かに…人は策を巡らし、争いを避けようとするものだ。しかし、最後の最後にはこれがものをいう。」

そう言って老人オータムは剣をかざした。オータムのそれは木刀だった。

「…もう一つ聞いてもいいですか?オータムさん。」

「駄目だと言っても聞くのだろう?」

はい、とハルキは小さく笑った後、オータムに向き直った。

「何で稽古をするのは何時も夜なのですか!僕はもう暫く太陽の光を浴びていません。」

抑えていたものを吐き出すかのようにハルキは一気に言った。オータムはそれをさも面白い事を聞いたかのように、クックッと低く笑った。

「暗闇は嫌いかね?」

ハルキは問いを問で返した老人を不満そうな目で見る。オータムは未だ月明かりを受ける木刀を見つめている。

「夜は安らぎを与える。しかしハルキ、皆が安らぐ時に稽古してこそ成果が得られる。人より体力で劣るお前も、人との差を縮められるのだ。」

ハルキは黙っている。確かにオータムの言うことは正論なのだ。ハルキは弱い。“チェール森林”で狼に襲われた時も“デビルズガーデン”でカイと戦った時にも、ハルキは誰かに助けて貰っていた。最近はそれが専らオータムになっていたのだが、彼がいずれではなく既に過去何度も必要になっていた実力を、ハルキに身に付けて欲しいと考えるのも自然である。下を向き深刻な顔をして考え込むハルキを見て、オータムは再びクックッと笑う。

「なっ、何が可笑しいんですか?オータムさん。」

その笑い声に我に返ったハルキはオータムの方を再び向いて、顔を赤くして聞く。

「ハルキ…お前は本当に素直だ。」

「へ?」

オータムは今だ笑い続けている。

「ハルキ…さっきの言葉は嘘だよ。」

「はい?」

ハルキが首を傾げる間にも、オータムの笑い方はクックッからフハハハへとエスカレートしていた。一通り笑い終えると彼は立ち上がり、ボロボロのローブについた砂を払う。

「お前さんは旅を通して、心身ともに確実に強くなっている。夜に練習するのは単に満月の夜にその“ソート”の力が最も強まるからだ。それに、いくら荒野といえど昼間から剣を振り回していては不審な目で見られるだろう?」

「……それだけ…ですか?」

「厳しいことを言う“ふり”をして悪かったな。」

オータムはさも面白そうに言う。

「………」

「さて、今宵はもう日が昇る。次の満月は…ふむ……いくぞハルキ!」

ハルキは疲れた顔で立ち上がると“ソートソード”を振った。ハルキとオータムを風が包むと、彼らの姿は月と伴に消えていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

同じ荒野“ウエスト”。紅い月の下数多の人間が剣と剣を交えている。血と血が混ざり合う戦場は怒号と叫び声に満ちていた。

「オータムさん。いくらなんでもこんな時に稽古をしなくても…」

「こんな時だからこそだ。目立たぬだろう?」

雑踏から一息距離を置いた辺りに、今宵も二つの影があった。少年と老人。ハルキとオータムだった。

「だからって…っ……僕達も巻き込まっ、れ…ちゃう……」

ハルキとオータムもまた剣を交えていた。突きを中心に繰り出すオータムに対してハルキは防戦一方だ。この夜中の稽古で身に付けた足捌きで、何とかオータムの攻撃を防いでいる。

「話ながら戦えるようになったのは天晴れだ。ただ今宵の月は紅い……お前ではまだこの満月の力を背負いきれない。」

「なんの言葉遊びですか?」

「違う…。予言だよ。」


THE MOON


その時、荒野一体に鬨の声が響き渡り、Tと十字架を組み合わせたような紋章を付けた軍が総崩れとなった。赤いAを二つ組合せMを形創る紋章を付けた軍が一斉に攻勢に出ていた。

「ラッド帝?」

ハルキが荒野で行われている戦いに気を取られた途端、オータムに突きを喰らわされた。

「よそ見をするな。」

溜め息混じりに言ったオータムだったが、ハルキにその声は届いていない。オータムは再び溜め息を吐くと、気を失ったハルキの“ソートソード”をその手に構えた。

“ペンタゴン”軍に追い詰められたらしい“コマース”軍が、最早敵味方の区別もつかないといった調子で、武器を振り上げ奇声を揚げながらこちらにやってくる。オータムは剣を握り、風をまといながら、必要最低限の人数だけをスマートな動きで切り捨てた。その内、逃げる“コマース”軍も追う“ペンタゴン”軍も彼らを避けて通るようになった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

先程とは比べものにならない血の匂い…

死臭でハルキは目を醒ました。太陽は既に高く登り、目を開けた彼はぎょっとする。自分の周りには十数体の遺体が転がっているのだ。その向こうには更に何十、何百という骸が延々と続いていた。ハルキは吐き気を催し、思わず大きく息を吸い込んだ。

「起きたのか?」

ハルキはその声に振り返る。そこには、所々新たな傷が増え元々ボロボロだったローブが更にボロボロになったオータムがいた。彼は右手で血濡れの“ソートソード”を持ち、左手に持った兵士の服でそれを拭っていた。ハルキは二、三秒それを眺めた後、

「オータムさんがやったのですか?」

と聞いた。彼は、

「向かって来た者だけだ。」

と答えた。更にハルキは、

「殺さなくてもよかったのではないですか?」

と聞いた。彼は、

「これは戦争だ。」

答えた。その後に、

「彼らは正気を失っていた。」

と続けた。ハルキは噛み締めるようにその言葉を反復した後、

「返してくれませんか?」

と続ける。オータムは拭きかけの“ソートソード”を地面に挿した。ハルキはそれを抜きながら、静かに言った。

「勝負してくれませんか?真剣で…」

オータムは少し驚いた顔をした後、いいだろうと近くの兵士の腰刀を抜き構えた。顔の横で片刃の剣を構えるオータムに、身体の正面で両刃の剣を構えるハルキ。一陣の風が吹くと共に、ハルキは前傾姿勢でオータムの懐に走り込んだ。そこをオータムは上から突こうと振りかぶる。しかし、ハルキは身体を逸らしてオータムの脚にスライディングを決める。バランスを崩したオータムは仰向けで前に倒れ、振り向き様のハルキの剣を首に当てられた。オータムは目を閉じると、低くクックッと笑い出した。

「クック、若いなぁ、ハルキ。これで、満足か?」

「はい。」

ハルキは刃を鞘に納め、オータムを助け起こす。

「強くなったな、ハルキ。」

「いいえ。」

オータムはクックッと笑う。

「昨夜の戦いは歴史に残る“ウエスト”十月戦争だ。行くか?戦いの前の“コマース”へ。」

「はい。この戦いが起きる前に、何があったのか知るために…」


ⅩⅧ月 ~月夜の暗示~...fin

next to THE TOWER


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Tora's Data -17-

コマース十月戦争-Commerce October War

アーマー・ラッド帝率いる“ペンタゴン帝国”軍と“神聖コマース”軍が“ウエスト”北西部で衝突した戦いであり、“トーラ地方”の歴史上最も死者の多かった戦いとしても有名である。

発端はオアシス都市“フォントン”と“ペンタゴン”との領土争いであったが、他国にその成立を認められていなかった“神聖コマース”が“フォントン”に自国の成立を認めればその見返りに派兵すると提案し、“フォントン”“コマース”連合軍対“ペンタゴン帝国”軍の戦い(西南八年戦争)となった。

しかし“フォントン”は、その攻略に手間取っていた“ペンタゴン”に単独で講和を申し入れ、“コマース”は孤立。だが、前年に首都“コルサル”が落雷による被害を受け(嘆きの落雷)、国家の威信が揺らいでいた“神聖コマース”は矛を収められず、“ペンタゴン”との“コマース十月戦争”へと突入。圧倒的戦力差に戦線を後退させた“コマース”軍だったが、“神聖コマース”の西部、“ウエスト”との境界で反転攻勢。夜間の奇襲を試みた。しかし、隠密により既にその情報を掴んでいた“ペンタゴン”のジルバ将軍に撃退され、“神聖コマース”軍は降伏した。

ちなみに、“ペンタゴン帝国”は“コマース”征服後、“フォントン”にも進出したが(南部八ヶ月戦争)、直後“ペンタゴンの災厄”が起こり、戦争はうやむやになった。

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