14章 [ ⅩⅤ悪魔]
僕らは堕ちつづけた。
ここは一体何処だろう?
とっても暗くて、なんだかとっても獣臭い。
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“トーラ地方”の東の果て…
本当はそうではないのだけれど、とにかく地図の上では東の果て、“サーチー山脈”を越えた所に、信仰と神話の町“ホーリネス”がある。いや、果してこれを町と呼べるのだろうか?
もともと人口が少なかったこの町は、他の都市との交流がまるでなく、少子高齢化のおかげでますます寂れていた。
そんな“ホーリネス”のお伽話にこんなものがある。
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こどもたちよ。ひがしのはてには、いってはいけないよ。
あそこには、とてもすてきならくえんがあるんだ。
「それならどうしていっちゃいけないの?らくえんだなんて、とてもたのしそうじゃない」
「ばかだなぁ。たのしいだけだとむちゅうになって、かえってこられないからにきまってるじゃないか。」
「そんなことないもん。5じにはしっかりかえってくるもん。」
ほほほ。こどもたちよ。けんかをしてはだめだよ。たのしむことも、じぶんをみうしなわないことも、5じにはちゃんとかえってくることもぜんぶたいせつで、ただしいことなんだ。
でも、ひがしのらくえんにはただしくないものがいる。
「それはなんなの?」
あくまだよ。ひがしのあくまは、そのおおきなきばとけもののからだをかくして、すてきならくえんにいるゆめをみんなにみせるんだ。
だまされてはいけないよ。あくまのくれるおいしいおかしにてをだしたら、もうかえってこられない。
だからこどもたちよ、ひがしのはてにはいってはいけないよ。
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イブはこの話を知っていたのだろうか?少なくとも今のハルキはその話を知らなかった。ここは“デビルガーデン”。仮初めの“エデンガーデン”の真の姿。そうここは、悪魔の庭。目を覚ましたときハルキは冷たい地面に頬を押し付け、鈍い頭痛に襲われていた。
(そうだ!イブは?)
「娘を捜しているのか?」
「だ、誰だ!」
ハルキは腰の剣を震える手で抜き構えた。勿論へっぴり腰だが…
「小僧、我とやり合うつもりか?止めておけ。」
「…ひっ!」
謎の声は地の底から響いてくるようで、ハルキの頭痛を酷くする。相変わらず声の主は見えないが、暗闇の向こうに何か大きなモノの力を感じハルキは剣を取り落とした。カラン、カランと間の抜けた音が辺りに響く。
「小僧、娘を見つけてなんとする?」
声は再びハルキに問いかけるが、彼は既に声に怯えて応えることができない。
「喰らうつもりか?」
小馬鹿にするような声。
「ち、違う…」
ハルキは震えて応える。
「ほう、では抱くつもりか?」
「…違う。」
ハルキの頭痛が増して来た。
「ならば、使役するのか?」
「……違う…」
ハルキの声が細くなる。地の底からの声の問答はまだ続く。
「では娘は、怒りをぶつける対象か?」
地獄の声は恐ろしい。この声から逃れられるならとハルキの頷きかけた頭にイブの笑顔が浮かぶ。ハルキはふるふると横にかぶりをふる。
「ならば、憎悪と羨望の先なのか?」
ペタリと座り込むハルキ。
「娘を欲するのは、己の為か?」
ハルキは下を向き頭を抱える。
(これ以上聞きたくない!)
頭痛がする。吐き気がする。眩暈もしてきた。声に触れるハルキの身体のあちこちが痛いような気さえする。
「己がために娘を欲すのか?」
一段と大きな声。この地の底から響いてくるような声は、悪魔の声だ…ハルキの汚い所を舐めるように突いてくる。彼の欲望や嫌悪を鏡のように映し出し、見せつけるような声だ。
(あの声は悪魔だ。悪魔の言葉に流されたら僕も“あくま”なの?)
「…でも、違う!!」
声は反応を返さない。
「違う!違うんだ。」
ハルキはまるでそうしなければ悪魔に洗脳されるとでも思っているかのように、ただひたすら否定の言葉を叫ぶ。声にと言うよりは自らに言い聞かせるようにハルキは同じ言葉を繰り返す。ハルキはイブを道具のように愛するつもりはない。自分の所有物にするつもりもない。少なくとも楽園でハルキが感じた幸福感はそういったものに裏打ちされたものじゃない。何故かは分からない。でも、悪魔と自分は違う。それは分かる。分かるつもりでいた。
(それでも、恋って、愛ってなんなんだよ…僕やイブとあの声の悪魔は違うはずなのに。)
「なら、何故私を求める!」
(え?)
ハルキには今の声が、理解出来なかった。
(この声は、この声って…)
地獄の声は地獄の声のままだった。でも、そこに副音声のように混じる声…それは………
「イブ!!」
声は呼びかけには応えてくれなかった。
「飢えているからではない…」
「…イブ?」
ハルキは顔面蒼白になりながら、声を聞いていた。周りは徐々に明るくなりつつある。
「色のためでもない…道具とすら見ていない…」
「イ…ブ…」
ハルキの前の闇が晴れてゆく。
「怒り、憎しむ相手でもなければ、ひたすらに欲し、求める者でもない…」
炎が揺らめき、陽炎が立ち上る。
…見たくなかった。
陽炎の中に巨大な悪魔が鎮座している。角を生やし、獣の毛を揃えた肌は吐き気を催しそうだ。右手には甘い飴を持ち、左手で鎖を握る。その鎖には一匹の獣が繋がれていた。
「そんな…」
「娘は我の手に落ちた。心を我に見せすぎたのだ。強欲で、傲慢。怠惰で、暴食。欲深き娘は獣になる前に言っていたぞ。小僧お前が好きだとな。」
地獄の声は寒気を煽るような声で笑い出した。イブであったと思われる獣は何も言わない。低く唸るだけだ。しかし、先程まで悪魔は獣にも話させていたのだろう。獣の口が動かず、イブの声が混ざっていない悪魔の声は、前より一層力強く、寒気を増したものになっていた。
「それにしても小僧、お前はとことん欲のない者よな。弱い、とても弱い。」
悪魔が言葉を発する度、ハルキの頭に激痛が走る。それは脈打つように神経を刺激し、ハルキが立ち上がることを許さなかった。
「求めよ!娘を!己の欲をさらけ出すのだ!」
悪魔が叫びイブの鎖を引きちぎる。イブは一瞬苦しそうな顔をしたが、直ぐに目線をこちらに向け、ゆらり、ゆらりとハルキに近づく。
「…イ…ブ」
起き上がれないハルキは、陽炎の中近づいて来るイブを待つことしか出来なかった。
「…ハルキ…ハルキ。……私を欲しがって。」
ぐるぐると視界が回りだす。声はイブのものではない。しかし、彼女の話し方のアクセントはきちんと踏んでいる。二人旅をしてきたハルキには分かった。今、話しているのは間違いなくイブだ。
「ハルキ…私のこと好きでしょう。」
甘えるように言うイブの手がハルキの頬に触れる。ゴツゴツとした手…正直止めて欲しい。
「ハルキ!ハルキ!」
イブは泣いていた。僕に欲しがられたいと泣いていた。
「小僧、娘を求めよ。小僧、娘を欲せ。小僧、娘を求めよ。小僧、娘を欲せ…」
後ろでは悪魔が呪文のように言葉を唱え続けている。重低音のコーラスはハルキの思考を殺していく。頭が痛い。とても痛い。視界が歪み、イブが回る。素直に従えば治まるのかなぁ?…苦しいよ。
「ハルキ、私を愛して。」
よく見れば、イブはとても美味しそうだ。
「ハルキ、私を見て。」
それに服も着ていない。
「ハルキ、私と一緒に居て…」
そうだ。ハルキ達は今までずっと一緒にいたじゃないか…今更離れ離れになる理由もない。
「小僧、獣になれ。」
そうだ、イブが獣になったならハルキも獣になってしまえばいい。何の問題もない、何の不都合もない。受け入れたらさっきまでの頭痛がスーッと収まって行く。
目の前が回っている。そこにいるのは狼?熊?
あれ?イブは?
そもそもイブって…誰…だっけ?
THE DEVIL
陽炎が揺らめき火の粉が舞う。
「“ヘルバレー”が何の用だ?」
聞こえたのは悪魔の不機嫌な声。ハルキ達と悪魔の間に突然黒い服に光るステッキを持った黒髪の青年が現れた。彼に向けて悪魔は言っているようだ。そして、その青年はたしか炎から現れた気がする。
「地帝デビル殿におきましてはご機嫌麗しゅう。わたくし、“ヘルバレー”よりの使者カイと申します。以後お見知りおきを…」
「挨拶は良い。何用だ?」
カイ?“ヘルバレー”?一体何者だろう、ハルキは一時的にカイという人物に興味を惹かれてイブから目を離した。
カプッ…
「痛ーーーい!!」
イブに噛まれた。
「つい先ほどこちらに“土のソート-ペンタクル”が流れ着いたようで…そちらの引き渡しを要求したく…」
「我はそのような物は知らん。引き取れ!折角の見せ物が興醒めだ!」
(ん?噛まれた?噛まれた?イブに…噛まれた?)
「デビル殿。“ヘルバレー”と“デビルガーデン”の不可侵は“ソート”と罪人の交換によって成り立っております。承諾頂けないのであれば…」
「うわあぁぁぁぁぁ…!!」
ハルキは慌ててイブ…いや獣から飛び退いた。
(これはイブじゃない、こんな毛むくじゃら、間違ってもイブじゃない!)
ハルキの大声に獣は一瞬、驚いたように見えた。だが、直ぐに悲しそうな顔になった。
(ハルキ私だよ。イブだよ。)
目で語りかけてくる獣。
(違う!お前なんかイブじゃない!イブは…)
ハルキも目で獣と会話する。ハルキの叫び声で会話を中断された青年、カイは意に介せず再び悪魔に向き直る。
「ふぅ…とにかくデビル殿。協定に基づき“ペンタクル”の引き渡しに応じて頂きたい。さもなくば死人の受け渡しを拒否しますよ。」
(イブは…もっと暴力的だった!旅の途中何度もやられてきたけど!イブならこんな甘噛みはしない!牙や爪があれば僕を八つ裂きにしているはずだ!)
(酷い言われようね。)
パキッと言う音と共にハルキが軽く吹き飛ぶ。驚くハルキに獣が近づき拳を鳴らす。
(まだやられ足りない?)
(イエ、トンデモナイ)
そうだ、そうじゃないか。僕と目で会話出来るのはイブだけだ。じゃあやっぱり…
(ええ、それに私が一度でも牙や爪なんて道具を使ったことあった?)
(………)
ハルキはこれまでの散々な思い出を振り返る。
(ない!)
(でしょう。)
(イブはその拳で充分だもんね!)
バキッ!
「痛ーーー!!」
「ハルキ、私、最後の願い。聞いて。」
獣になると徐々に言葉も失うのだろうか?イブはカタコトでいう。
「お母さん…会いたい。」
「うん。行こう。」
ハルキは“ペンタクル”を取り出しイブに手を伸ばす。
「欲しければ持って行け!だがカイとやら、我はその所在を知らんぞ。自ら探せ!」
「デビル殿、ご自分の管轄内………待て!お前!」
カイが不意にハルキを見る。ハルキは手に“ペンタクル”とイブを握り今まさに時空を移動しようとしていた。
カイが巨大な炎をステッキから噴射して、ハルキを止めようとする。
「っイブ!!」
途端、イブがハルキの手を払ってカイのステッキから出てきた火炎を受けた。吹き飛ばされるイブ、叫ぶハルキ。ハルキは“ペンタクル”の開けた時空の穴から這い出し、イブを追おうとした。しかし、彼の身体は半分以上時空の穴に飲み込まれており、もがいたハルキは“ペンタクル”を取り落とし“トーラ”の何処かへと飛ばされていく。
コインを手にしたカイ。その表情は淡々としており、踵を返すと素早く炎を出し、彼もまた時空を超えていった。ハルキが“デビルズガーデン”で最後に見たのは、数メートルも吹き飛ばされうずくまるイブの姿だった。
悪魔はほくそ笑む。
「イーーブーーー!!」
「小僧、安心しろ。悪魔の僕はあの程度では死なん。」
背筋をぞわぞわとさせる笑い声がハルキの叫び声と重なり“デビルズガーデン”に響いていた。
ⅩⅤ悪魔 ~見えない声~...fin
next to THE HIEROPHANT
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Tora's Data -15-
“ソート-ペンタクル”-“suits-Pentacle”
“トーラ地方”に伝わる伝説上の祭器の一つ。土を司るとされ様々な奇跡が伝わっている。一部の独創的宗教家の間では世界を創った品として神格化もされている。
“ソート”と呼ばれる品は“トーラ地方”に幾つか存在すると云われるが、“ペンタクル”はその中でも特異な存在である。
まず、“ソート”は創造者の子孫に血統により受け継がれてゆく物であるが、“ペンタクル”はこれに当てはまらない。“ペンタクル”の所有、及び使用の権利は元の所有者の許可、則ち譲渡や売買によって移り変わる。これは他の“ソート”には見られない特徴である。
更に“ペンタクル”はその受け渡しの方法故か、誰でも容易く扱えるという点も特筆すべきだろう。最も扱いが難しいと云われる“ソート-ホーリーカップ”が創造者の血族でも扱える者が限られることと対照的に、、“ペンタクル”は今日それを手に入れた一般の者にでさえ、時空移動をはじめとした神秘の力を見せるという。
しかし、その反面四つの“ソート”の中で最も気まぐれとも云われる。更に、その外見はその時代の硬貨の姿(特に銅貨)をしていると云われその発見、判別は非常に難しい。
その正体は、“トーラ地方”を支える世界の支柱の一つである。創世記に愚かな持ち主によって使われたことでその力の大部分を失ったが、創造主により人の生きる力“アルカナ”を注ぐことで、他の“ソート”と共に再び世界を構築できる力を持つように創られている。
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