13章 [  Ⅵ恋人]

「………」

ハルキは花畑に一人倒れていた。

(確か僕は“サンフラ庭園”から“コマース”に向かって、イブと時空移動をしたはず…)

頬を撫でる風は心地好く、身体の下の草花は丁度よいしなりぐわいで彼の身体を支えていた。

(…気持ちいい。…ずっとこうしていたい。)

今まで時空移動をした後に気を失ったことは一度もなかった。

(なぜ僕は気を失ったのだろうか?そもそもこの心地好さ…僕は今生きているのだろうか?)

ハルキは一人どことも知らぬ花畑で、天使の腕に抱かれているかのような心地で眠っていた。

(そういえば、イブはどこだろう?二人で手を繋いで移動したんだから近くにいると思うんだけど…目が開かないからわからないや…)

ハルキが夢の中で鈍い自らの思考の相手をしているとき、一匹の蝶がハルキの鼻に鱗粉をかける。

「………」

しかし、彼の寝息は乱れない。

「………」

すると蝶は、痺れを切らしたようにハルキの鼻に止まった。

「……っ…」

駄目押しの鱗粉…

「…はっくしょん!!」

ハルキは盛大なくしゃみをして、目を覚ますと共に上半身を起こした。

「……………?」

ハルキは状況が飲み込めていないようだ。うっすら開けた目で辺りをキョロキョロと見渡している。そんなハルキを見捨てるように蝶は飛び去る。辺りはハルキの夢の中と同じように、一面の花畑だった。所々に蝶が飛んでいて、それらは虹色に輝きハルキは目を擦った。そんなキラキラとしたものだらけの視界の端で一際キラリと光る物があった。それは丸い形をしていて、赤銅色に輝いていた。

「…イブ!!」

ぼんやりとした頭でその光る“何か”の正体を考えていたハルキは、その名前よりもその持ち主の名前が先に飛び出した。と、同時にハルキは立ち上がり、“ペンタクル”を掴んでいた。

「イーーーブーーー!」

停止していた思考が一気に動き出す。ハルキとイブは“ペンタクル”の力を使って、“ペンタゴン帝国-アーマー城-サンフラ庭園”から“商業都市コマース”へと移動した。しかし、何かのバグが発生して目的地に辿り着けず気を失ってしまった。彼らは今、どの時代の何処にいるのかさえ分からず、離れ離れになっている。

「イーーーブーーー!!」

ハルキは必ず近くにいるであろう、いや“ペンタクル”があったのだから近くにいなければおかしい、パートナーの名をもう一度呼んだ。今まで散々振り回されて、こき使われて、足蹴にされて来たが、彼女がいないとハルキはとても心細く感じるのだった。その時、花畑に鈍い打撃音が響いた。

「馬鹿ハルキ!どっち向いて叫んでんのよ!」

一体全体どうやったのか、ハルキの後頭部を正確に捉えたイブのハイキックに、ハルキは再び地に臥した。

「イブ!」

再開の喜びのせいか、痛みのせいかは分からないが、涙目のハルキが後ろを振り向くと、短い間とはいえ離れ離れになっていたパートナーの姿がそこにあった。キラキラ光るつがいの蝶が二人の間を飛び、一瞬だがハルキとイブの間に甘い香りが漂う。

「…はっくしょん!」

それを見事に吹き飛ばしたのは、イブの盛大なくしゃみだった。

「ッイテ…」

イブは未だ地面にいるハルキの脇腹を蹴った。

「…ハルキ!何か私の悪口言っていたでしょ……」

口に出してはいないが、間違ってもいないので否定出来ないハルキ…痛む後頭部と脇腹を抱えながら残る全ての気力を、話題を転換することに傾けた。

「そ、そういえばイブ。こ、ここは、何処なの?コマースじゃないみたいだけど…」

「どこでもないわ!」

イブの答えにハルキはずっこける。全精力を傾けた質問にこう答えられては堪らない。

「…正確には私にもよく分からないの……ただ、あえて言うなら“どこでもない”し“いつでもない”が正しいはずよ。」

「?……どういうこと?」

イブの説明が全く理解出来なかったハルキはイブに再度問い掛ける。

「つまり…う~ん……なんて説明しよう…。ここはいわゆる天国みたいなところなのよ。豊かな実りが永久に続く楽園…」

「て、天国!!!」

イブの発言にハルキは度肝を抜かれる。

「そ、そ、それじゃあ僕達はもう、し、死んで…」

「…ないのよ。」

ハルキの言葉をイブが引き継ぎ否定する。

「…えぇ……」

イブの言葉を聞けば聞くほど混乱していくハルキは、つかの間の安堵とこの先の不安を口に出す。

「私もお父さんから聞いたことしかないわ。トレジャーハンターの間で幻と言われている場所。そこはまるでこの世の天国で、一度入った者はその魅力に取り付かれ、二度と出れなくなる場所。入った人が誰も出て来ないから、その場所は謎。でも、滅多に行けない素晴らしい場所という事は確かよ。たぶんここがそうだわ。」

ハルキは口をぱくぱくさせている。イブの説明とこの異常な状況が全く理解出来なかったのだ。

「ここが旅の終着点かもね…」

「…え?」

呆けているハルキにイブはそっと呟く。聞き返すハルキにイブが向き直る。

「私、少しだけ、本当にほんの少しだけ、ハルキに惹かれていた。いつからかは分からないの……けど…。それでも、私…ハルキのこと…好きになっていた気がする。」

イブは、言葉を発する度に赤くなっていき、それに比例して声も小さくなっていった。最後の一言は目の前のハルキにさえ聞こえないほどだった。

「……僕もだよ。」

それでもハルキがそれに堕ちるのには充分だった。


THE LOVERS


“ペンタクル”が輝く。ハルキは説明できない幸福感が自分の中に満ちるのを感じた。フワフワして、とても満たされていて、そしてなんだかボーっとする。

「それ、あんたにあげるわ。」

イブがハルキの手の中で光る“ペンタクル”を指していう。

「…うん。」

「ここで、二人で一緒に暮らしましょう。」

「…うん。」

ハルキとイブは手を繋いで歩きだした。花畑の花を踏まないように、楽園の中を散策し始めた。少し歩くと、いつからそこにあったのだろうか。空を支える巨木があった。ハルキは雲に包まれた思考で、イブと共になんとなく空を支える聖樹に向けて歩いていった。ハルキは眠たくなってきていたが、歩みを止めることはなかった。

ハルキはイブの魅力に酔って、イブはこの空間が持つ魅力に参っていた。“ペンタクル”はハルキの手の中で脈打つように奮えていたが、二人はそれに気づかない。聖樹の元に着いたとき、二人はとても喉が渇いていた。

聖樹に実る、真っ赤な果実。

水々しくて美味しそう。

二人はどちらともなく言い出して、

イブがもぎ取り、

ハルキが受け取る。

二人で果実を頬張ると、

豊かな味と豊潤な香り。

ハルキとイブは満面の笑みを浮かべ、

二人揃って落ちて行く…

堕ちていく…


Ⅵ恋人 ~魅惑のエデン~...fin

next to THE DEVIL


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Tora's Data -15-

デビルズガーデン-Hell

“トーラ地方”のどこかにあると云われている場所。所謂地獄で、悪魔はここで死者を獣の姿に変え、終わらぬ苦役を課すといわれている。

信仰の町といわれる“ホーリネス”の昔話によれば、“デビルズガーデン”は“ホーリネス”から見て東の果てにあり、普段は立ち入る者を虜にする楽園の姿をしていると云われている。同時に、この楽園に足を踏み入れ心をさらけ出した者は、たとえ生者であったとしても悪魔に支配されると伝わっている。

この昔話は口頭で語り継がれており、場所や時代で差異が見られるが、後の“ペンタゴン”初代皇帝アンザッツ・アマーが歴史に登場した頃には既に存在した話と思われる。“トーラ地方”の中でも最初期の言い伝えなので、伝説と混同されて語られることも多い。

“デビルズガーデン”の実在が確認されたことは勿論ないが、歴史家や研究者達がまともに調べたこともなく、明確にその存在が否定されたこともない。

この昔話は一部分のみ伝承された地域もあり、夢のような楽園を探し求めて、一般人は勿論、大泥棒バーグラや“フォントン”の油商フサインなど“トーラ”史の著名人にもこの悪魔の庭、もとい楽園を捜し求めた者は数多くいる。

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