12章 [ ⅩⅢ死神]

長い旅も風にとっては一瞬だ。しかし、慣性の法則は働くらしい。安定しない体制で旅だったハルキはぶざまに地面に叩きつけられた。ヨロヨロと立ち上がるハルキ…

まだ、先程のショックが抜けていないようだ。自らの師のように慕っていたオータムが、なんの前触れも見せず、あっさりと灰に変わってしまった。泣いていいのかさえ、わからない…ハルキはただ呆然と立ち尽くしていた。そして、またしても現れたあの青年。黒いマントに金のステッキ、冷たい顔をした黒髪の彼は“デビルズガーデン”で会った時に、カイと名乗った。しかし、それ以外は何も教えてくれなかった。

「急患だ!誰かいないか!?」

ハルキの思考は突然響いたその声に遮られてしまった。ハルキは今気づいたことだが、彼は陣幕で囲まれ、左右に無数の空きベッドが並べられた、仮設病棟のようなところにいた。そのベッドは既に体中に黒い斑点の浮かんだ病人で埋め尽くされ、残り少ない。辺りは病人達の悲痛な呻き声で充ちていた。そして、今その幕の一角を開けて担架に乗せられた急病人が運ばれて来たのだった。ハルキはその男に見覚えがあった。

「オイ!ガキ!そこをどけ!」

しかし、思い出そうと担架に近づくと、その担架を担いでいた男達に突き飛ばされてしまった。だが、男達は病人をベッドに乗せるとろくに手当もせず、そそくさと陣幕の中から出て行ってしまった。呻き声の響く陣幕内に健康な者は、ハルキ一人しかいないように見える。ハルキは、そっと先程運ばれてきた男の脇に立つ。やはり男の顔にも黒い斑点が見える。

「あの、失礼ですが、以前“サイパイヤ”でお会いしませんでしたか?」

ハルキは腫れ物に触るように、慎重に男に声をかける。男はハルキの声に目をうっすらと開ける。しかし、その目は途端に驚いたように見開かれた。

「あの…時の……少年か?十五年もの…歳月が、流れたというのに…そのままの姿で…

それでは…陛下がおっしゃっていた……時空旅行なるものは…真であったか。」

苦しそうに話す、男であったが、ハルキはこの衝撃的な事態の全貌を知るために、男にもう少し頑張って貰うことにした。

「失礼ですが、貴方のお名前と、今ここで起こっていることについてお聞きしたいのですが?」

男は苦しげに、顔をハルキに向けると、ゆっくり語りだした。

「俺の名は…ジルバだ。昔から、ラッド帝の……側近だった。 今、“ペンタゴン…帝国”は存亡の危機に…ある。流行り…病だ。体中に…黒い斑点が出来て…皆苦しみながら死んで行く。…俺も…あといくばくもない。帝国中に病は…広がり…陛下も…三月ほど前に…病に罹られた。…病の進行は…緩やかなようだが、その分…長く苦しんでおられる。…なにより陛下には…お子がいない…。陛下の病が治らねば…“ペンタゴン”は…滅ぶ。」

ジルバはそこで涙を流し、鼻を啜った。かつては立派であった顎髭は所々抜け落ちていた。ハルキは、アーマー・マンリーやオータムの見た景色はこれなのかと、衝撃を受けた。天下の覇者“ペンタゴン帝国”の最期…あまりにも惨過ぎる。

「旅人よ。…この病は…移る。早々に…ここを立ち去れ。……ただ、もしこの老兵の…最期の頼みを聞いてくれるの…ならば、…… 陛下に…ラッド帝に…会いに行ってくれ…。陛下は…“オアシス都市フォントン”の手前で……療養して…おられる。俺が…免状を書くから、…行っては貰えぬか?」

ハルキはこの武骨な忠臣の最期の願いを聞くことを、無言で承諾した。筆を置いたとき、ジルバの身体は真っ黒に変色していた。

「“ペンタゴン帝国”万歳…」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ジルバが寝かされていた陣幕から、“フォントン”手前の“ペンタゴン”の陣所まではかなりの距離があった。ハルキは二日かけてその道を歩いたが、どこも似たような仮設病棟が建ち並び、辺りは死臭にまみれていた。この惨状を直視することに耐えられなかったハルキは何度も剣を使おうと思った。しかし、ハルキはまだ一人で正確に日時の狂いなく、時空を飛ぶことは出来ない。忠義に篤いジルバの最期の望みを叶えるため、ハルキは大事を取ってひたすら、死の道を歩いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ひと足遅かったようだ。ハルキが、ジルバの免状を手にラッド帝の寝所に入った時には、彼は既に黒く変色し、動かなくなっていた。彼の隣では、ラッド帝を蝕んでいた病が移るかもしれないのに、彼の愛妻ハーモが手を取って泣きじゃくっていた。アーマー・ラッド帝最期の言葉は、「俺は善い皇帝であっただろうか?」だったそうだ。ハルキはとてもそれを肯定出来なかった。でも、彼がもしあの“サンフラ庭園”で会った無邪気な少年のままであってくれたなら、あるいは…


―人は変わるものだ。いや、実は変わっていないのかもしれぬな…―


オータムの言葉がハルキの頭に蘇る。しかし今回、ハルキはその言葉に説得されなかった。

「人は変わるのかもしれません。オータム。」

ハルキは一人呟く。その時、アーマー・ラッドの病室に、彼の主治医が入ってきた。

「ハーモ様。ご病気が移ってしまわれます。どうぞこちらに。」

「嫌!ラッド様と私は一心同体!私はここを放れないわ!」

「そうは言われましても…」

主治医はハーモを部屋から出そうとしているが、愛する夫の死で、半狂乱になっているハーモは、一向にそこを退こうとしない。置いてきぼりを喰らっているハルキは、今度はどこか明るい時代に行こうと剣を抜く。

「嫌!絶対嫌!」

「仕方ありません。では、こちらをお飲み下さい。まだ試作品ですが、今回の流行り病の予防薬です。」

ハルキはこのやり取りに違和感を覚えた。既に病にかかっている皇帝の主治医が予防薬の試作?なにかがおかしい。

「これを飲めばここにいていいの?」

「はい…あまり賛成は出来ませんが…」

ハルキが訝しんでいる間にも、ハーモは主治医から受けとった試験管を仰ごうとする。剣が光り、主治医の口角が上がった。


DEATH


「やめろ!」

ハルキの動きは素早かった。オータムの見よう見真似だったが、自らに風を纏わせ、ハーモと主治医に急接近する。驚くハーモの手から試験管を引ったくり、主治医の喉元に剣を突き付ける。

「な、何者だね。君は…」

両手を挙げた状態で主治医は始めてハルキを見る。

「ただの旅人です。…それよりも、貴方ですね。この病の根源を生み出したのは。」

ハルキがじりじりと剣を主治医の首に食い込ませ、彼の首から血が滲む。

「な、何を言っているのかね君は…わ、私がそんな恐ろしいこと。」

「貴方はラッド帝だけでなく、ハーモ妃も亡き者にするため、彼女に貴方が創った病原体を飲ませようとした。」

ハルキは鋭い眼差しで主治医を見る。一方の主治医は完全に目を逸らす。ハーモは完全にフリーズしている。彼女は事態を飲み込めていないようだ。

「な、何を証拠に…」

歯切れ悪く主治医が言う。

「旅人の勘です。」

「なっ…」

ハルキの言葉に主治医が抗議の声をあげようとする。

「では、証明して下さい。病の根源を創った人間でなければ、それを瓶詰にして持っている訳がない。貴方の言う通りこれが予防薬なら、何のためらいもなくこの中身を飲めるはず。」

ハルキは試験管を振った。中の透明の液体が跳ねる。それを見る主治医の眼には明かに恐怖が映っていた。

「さぁ…」

「…い、嫌だ!!」

暴れる主治医の口にハルキが試験管の中身を流し込んだ途端、主治医の身体には真っ黒な斑点が浮かび、呼吸が荒くなった。彼はもう永くないだろう。

「わ、私の兄は…帝国の外務大臣だった。…年のは、離れた兄だったが…私の面倒をよく見てくれた…。しかし、ラッドは…アーマー・ラッドは…兄を見捨てた。私は待った…敵を討てる日を…ラッドの主治医になり…ウイルスを開発するのに…十五年…十五年もかかったぞ…私はやり遂げた、…兄の敵を取った。」

そこまで言うと、男は大声を上げて笑い出した。

「だからといって、関係のない人を犠牲にしていいわけではない…。ジルバやハーモや“ペンタゴン”の民は無関係だ。」

ハルキの言葉が終わると同時に、主治医は真っ黒になって、倒れた。この男の用意した薬は、よほど濃度の濃いウイルスだったのだろう。ハーモもいつしか気を失っている。ハルキは、哀れな快楽殺人者と夢想人を見て、剣を振った。あの頃の平和な時へ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

“フォントン”外れに一つの焚火があった。

「成る程。よく似たお子様がいると思えば、あいつも“ソート”持ちか…ようやく見つけたぞ!“風のソート-ソートソード”」

黒い服を着た青年は、ステッキを一振りして焚火を大きくして、その中へと入って行った。後には、微かに灰が残った。


ⅩⅢ死神 ~思い罪~...fin

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Tora's Data -13-

D―75ウイルス(末黒病)-D-75 bacillus(No Potential Disase)

“トーラ時代”の末に西国“ペンタゴン帝国”を中心に蔓延した病。発症すると全身に黒い斑点が浮かび上がり、高熱と慢性的な脱水症状に見舞われる。発症した人間は感染したウイルスの濃度にもよるが、30分から数か月で確実に死亡すると当時の記録は語る。特に低濃度のウイルスに感染した者は、その過酷な症状から自殺する者まで出る程の苦しみを味わったといわれる。

末黒病は“トーラ地方”の歴史に大きな爪痕を残した。代表的なものは、言うまでもなく“ペンタゴン帝国”を滅亡に追い込んだことだろう。アーマー・ラッド帝が即位してから約十二年経った頃から蔓延しだした末黒病は、一気に帝国中を飲み込み、ラッド帝はじめ多くの民がその犠牲となった。“ペンタゴン帝国”は病の発生から僅か三年余りで滅亡し、その後も十年間続いた末黒病の流行は“ペンタゴンの災厄”と呼ばれている。幸い、十数年の研究の末、末黒病に対抗する薬が“フォントン”の商人によって開発されたが、時既に遅く“トーラ地方”特に西部は壊滅状態となり、各都市の力は著しく衰えた。

これ以後、“トーラ地方”には公的な記録を遺せるほど有力な国や町がなくなり、“トーラ”は歴史の闇に消えていった。

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