11章 [  Ⅱ女教皇]

炎が風で渦巻く。

雪に覆われていた“自治都市エクスト”の教会前でのことだ。夜の帳が降りていなければ町は大騒ぎになっていただろう。すっかり雪が溶けてしまった地面に二人の若者が降り立つ。一人はステッキを握り、裁判官が着る黒い法衣のようなマントを纏った黒髪の青年。もう一人は剣を抜き、片掛けのバックをかけた髪を跳ねさせた少年だった。二人は互いに睨みあいながら一つのカップを、相手に渡すまいと掴みあっていた。

「お前と共闘したのは、あの訳の分からない、詐りの裁判所から抜け出すためだ!それが済んだ今、お前といる理由はもうない!“ホーリーカップ”を放せ!」

「嫌だ!カイ、お前にだけは渡さない。お前みたいに人の気持ちを考えないただ貪欲な奴には!」

「何!何も考えていないお子様が偉そうな事を言うな!」

カイがそう言って、力任せにカップを引っ張ると、ハルキの手からカップが離れてしまった。カイはマントをはためかせ、新たに“ワンド”で出した炎へと入って行く。

「待て!カイ!…あちっ」

しかし、追いかけようとしたハルキを地獄の炎が阻む。“ソート”による時空移動は、使用者と触れているモノのみに働く。ハルキは“火のソート-ワンド”に弾かれてしまったのだ。

「待てよ、カイー!」

ハルキは掴んでいる剣を振るい時空を越えようとする。だが、それは出来なかった。


THE HIGH PRIESTESS


「きゃん!」

突然、声から若いと分かる女性が、教会前に駆けて来てハルキにぶつかったのだ。ハルキはその衝撃で光る剣を取り落としてしまい、集中を乱したハルキの時空移動は止まった。しかし、女性は謝りもせずに直ぐに立ち上がると、転んだ時に落としたであろう覆水盆のようなものをそそくさと拾い、ハルキを完全に無視して再び走り出す。顔は暗い色のベールで完全に隠れていた。腑に落ちない顔をするハルキだが、今はそれどころではない。カイを追わなければ。再び剣を握り、振おうとした。しかし、またしてもそれは阻まれた。

「現行犯だ!」

ハルキに鋭いカンテラの明かりが照らされ、辺りが騒がしくなる。数人の男がハルキを取り囲み問答無用でハルキを縛り上げる。

「ちょ、ちょと…」

突然過ぎる展開にハルキは抗議の声を上げる。しかし、そんな声さえも掻き消してしまうほどに周りは騒いでいた。ガヤガヤという声に、夜中だというのに野次馬が集まってきたのが分かる。皆、犯罪者という糾弾すべき敵に餓えているのか?

「な、僕が何をしたと?」

ハルキは懸命に身の潔白を晴らそうとするが、周りを取り囲む男達は、おそらく警察とみえる制服を着ている者も、市民であろう私服の者も、ハルキを罵倒し、地に倒し、足で踏み付け、唾を吐いた。とっくの昔に剣を奪われているハルキには、抵抗する術がない。罵倒の中からハルキは「人殺し」という言葉を聞いた。彼らを暴徒とさせている殺人について、ハルキはまるで身に覚えがなかったが、その恐ろしい出来事よりもそれさえも祭のように変えてしまう“エクスト”の民衆を、ハルキは恐いと思った。ハルキの受難は、その後蹄の音がして彼が護送されるまで続いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

翌日。

ハルキは膨れ面で“エクスト”の自治警察署のソファーに座っていた。勿論、ハルキが不機嫌だから膨れ面をしているのだが、彼の場合は昨晩の暴行で、文字通りのに膨れ面にもなってしまっていたのだ。

「いや~、昨夜はスマンかったね。」

陽気な声でハルキの向かいに座る自治警察署長がいう。ニッコリとハルキに人の良さそうな笑顔を向けてくるのだが、膨れ面を崩さない、もとい崩せないハルキを見て、気まずそうに目を逸らした。

「あ~。いや、実は本署は今町を上げて、ある女下手人の逮捕に全力を上げておりましてなぁ。実は昨夜もそのホシがやったと思われる事件がありまして、そのすぐ近くで、その~…」

ここで署長はチラリとハルキの脇にある剣を見る。ハルキはそんな署長を白い目で見る。

「…そんなものを持った者がいたということで、警官達もつい頭に血が上り…」

「対象が、そもそも女であるかも確認せず。ボコボコにしたと…」

「…はい。」

冷やかなハルキの言葉に署長は肯定を与えることしか出来なかった。

「母の形見です。」

剣を持って立ち上がり、今まさにその形見をそんなもの呼ばわりした男の顔を冷めた目で見るハルキは、署長を震え上がらせるのに充分だった。

「帰らせて頂いてもよろしいですね?シャワーを浴びたいので…」

署長がはいと肯定する前に、扉はバタリと閉まっていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「何故ここがわかったのですか?」

ハルキは今、“エクスト”の教会図書館で昨夜のベールの女と対面していた。

「“運命の輪”です。貴女は昨日それを抱えて走っていた。それはこの町では教会にしかありません。貴女は修道女でしょう。」

女性は今日はベールをしていない。彼女は目を伏せ、肯定を表す。

「貴女もその“運命の輪”が読めるのですね?」

「ええ…本に沿ってですけど…」

彼女がそう言って取り出したのは、二つともハルキが見た事のあるものだった。一つは“ホーリネス”で見たものと同じ、“運命の輪”と呼ばれる占具。もう一つは、オータムの著書“truth”の写しだった。

「僕は時空旅行が出来ます。」

「そのようですね。」

ハルキの腰に差す剣を伏し目がちに見て、女性は呟く。

「貴女は“運命の輪”に映る、災厄の元となる人物を前もって殺している。そして、誰にも気づかれずにこの町を守っている。その過程であなた自身は、悪人として自治警察に追われているが、“運命の輪”の力で彼らの動きを読み逃れている。違いますか?」

「さあ、どうでしょう?」

静かに続く会話。女性は未だ顔を上げない。

「貴女はこれまでに何人の人を殺しましたか?」

「貴女にお教えする義理はありませんわ。」

「人は、人を殺した分だけ、そのカルマが自分に返ってくると知っていてですか?」

「…」

女性は黙って“truth”を見つめる。

「その本に書かれていることは事実ですが、貴女のやり方は間違っている。災厄の元となる人を殺しても、貴女自身がその災厄の元に成り代わるだけです。」

女性は、うつむいたまま口を開く。

「私は天に恥じぬように、世界のために行動しているのです。」

「貴女は正義を行う自分に酔っているだけです。私刑は身の破滅だけでなく、貴女が影響を与えたものすら破壊する。僕は時空旅行が出来ます。貴女の行動が実はもっと悲惨な事態を生むと知っていますか?」

「え?」

修道女はそこで顔を上げた。しかし、既にそこにハルキの姿はなかった。風が吹き“運命の輪”と“truth”を持ち去って行く。

「この道具と本は、貴女の手には余ります。貴女のやり方では、この町は救えません。知識を持つ者は、その使い方を誤ってはならないのです。」

風は、そう言って消えた。その日の夜。下手人は逮捕されたらしい。


Ⅱ女教皇 ~狭い世界~...fin

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Tora's Data -12-

運命の輪-WHEEL OF FORTUNE

“運命の輪”とは“トーラ地方”に伝わる祭器の一つである。“ホーリネス”で発明され、複製された後各町の教会に広まり、管理されていたらしい。しかし、完全な状態で残っているものはなく、数片ののみが残されている。現在の技術では修復、復元は不可能とされている。

古代の記録によれば、“運命の輪”は覆水盆のような形をしており、その内側には星座、五行、陰陽道、十二支、時刻、暦、占いなどに関するキュビズム的な幾何学模様が描かれており、それらは絶えず配置を変え、その形で人々の運命を表したと云われる。

おそらくこの記述は光のあたり方によって表面の凹凸の見え方が変わることを示していると考えられるが、一部のオカルティストやシャーマンなどの間では、今の“運命の輪”は死んだ状態であり、かつては本当に模様が変化していたと主張する者もいる。

しかし“トーラ地方”の歴史は、“運命の輪”の模様が実際に変化していたかどうかに関わらず、“運命の輪”が信仰の対象となっていたことを幾度となく示している。

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