10章 [  Ⅶ戦車]

石造りの建物が立ち並び、人々が行き交う繁華街。物売りの声が響き、大道芸に観衆が湧く。その路地裏に突然、一人の少女と一人の少年が現れた。

「え?え?今、何が起きたの?僕、どうなって?こ、ここは何処?」

短い髪を跳ねさせた少年ハルキはキョロキョロと辺りを見回し、先程まで自分がいた草原との違いに驚く。

「え?これ、瞬間移動?それとも、ここ、天国?嘘!僕死んじゃったの!?ギャン!!」

一人で暴走するハルキに鋭い蹴りが入る。

「だ~!うるさい!うるさい!うるさ~い!あんたちょっと落ち着きなさいよ!」

人にとてもそうは言えないようなテンションで、少女イブがハルキを怒鳴りつける。今まで“フール高地”から出た事のない、箱入り娘………いや、箱入り息子のハルキは、周りの喧騒とイブの迫力(特に後者)で、半泣き状態であった。

「いい、ハルキ!私は貴方に“外への旅”に着いて来るか聞いたわよね!」

ハルキは目尻に涙を溜めて、コクンと頷く。

「つまり、そういうことよ!」

「どういうこと?」

早々と説明を打ち切るイブに、ハルキが補足を求める。

「だ~!鈍いわね!私はこのコイン…」

ここでイブは例の赤銅色の銅貨“ペンタクル”を取り出す。

「…これを使って、“トーラ地方”中の時間と空間を越えて、トレジャーハンティングの旅をしているの!目的はただ一つ。死んだお父さんが果たせなかった、古今東西の宝や文化を、病気で起き上がれないお母さんに見せること。そのために私は、あちこちを旅して様々な品物を買ってお土産にしているのよ。貴方はその荷物持ちに選ばれた。ただそれだけのことよ。」

ハルキは今、イブから聞いた話を頭の中で整理した。彼女、イブはトレジャーハンターで、不思議なコインを使って時空を越える旅をしている。そして、自分はそうとはしらず興味本意でそんな彼女に着いて来てしまったと…

ハルキの顔が青くなる。

「えーーーーー!!」

ハルキの絶叫が路地裏に響き渡る。

「帰して!“フール高地”の家に帰して!」

ハルキは事の重大さにやっと気づき、イブに懇願する。

「嫌よ。今までの旅だと、男手がなくてあまり思い切った買い物が出来なかったの。大体、貴方が望んで着いて来たんでしょ。」

うっ、と言葉に詰まるハルキをイブが突っぱねる。

「大丈夫よ。一段落着いたらちゃんと元の時代、元の場所に戻してあげるわ。それまで、精々旅を楽しむことね。それより、いつまで手を握っているのよ。放して頂戴!」

そっぽを向きながら、イブが大きく腕を振って、時空を移動したときからずっと繋ぎっぱなしだった手を放した。ハルキは盛大に溜息を着いた。これからしばらく、この暴力的で傲慢な少女と…

「何か、言った?」

「イエ、ナニモ。」

…このおしとやかで可愛らしい少女と壮大な旅をすると思うと正直気が重かった。でも、“ペンタクル”を持たない彼に残された選択肢は一つしかない。

ハルキは自らの運命を嘆いて、盛大な溜息をもう一つついたのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ハルキとイブは、近くにあった馬屋で馬を借り、この町の名産らしい葡萄のジュースを飲みながら、人々の頭越しに立ち並ぶ商店を眺めていた。イブは気に入った品を見つけると直ぐに、店員と交渉に入り、買い取った品をハルキの馬へと載せていった。

「ねぇ、イブ!」

ハルキはここまでで疑問に思ったことをイブに聞くため、声を張り上げる。

「ん?」

イブは品物を物色しながら答える。

「さっきから、馬を借りたり、沢山買い物したりしているけど、お金は大丈夫なの?」

そうなのだ。イブは、先程から引っ切りなしに金貨を使うが、未だ彼女のポケットの金貨が尽きる気配はない。田舎暮らしで、金貨すら見たこともなかったハルキにとってはそれは衝撃だった。

「大丈夫よ。」

しかし、イブは能天気に答える。

「実は私のお父さんもトレジャーハンターで、ここ“ペンタゴン帝国-帝都サイパイヤ”でも名前を知られた、超有名人だったらしいの。なんでもお父さんはお宝のある家が一目で分かったらしいわ。だから、私の家はお金持ちなのよね。ああ、私も早くそんなトレジャーハンターになりたいわ!」

イブの話を聞いてハルキは一つの疑念が沸いた。そのトレジャーハンターのお父さんって…いわゆる泥棒なのではないだろうか?

しかし、馬という洒落にならない武器を持つイブに、その真偽を確かめる勇気はハルキにはなかった。


ガラガラガラ…


話ながらイブと馬に乗り歩いていると、突然繁華街のシャッターが降ろされ、人々が建物の中へと入っていく。先程まで、あちこちにいた大道芸人もいつの間にかどこかへと行っていた。皆一様に何かに怯えているように見える。

「イブ…これは一体…?」

ハルキが疑問を口にした時だった。大勢の足音と、馬の駆ける音。

「イブ?」

ハルキはイブの馬に自分の馬を並べて、彼女の顔を覗き込む。すると、彼女は先程までの余裕はどこえやら、さっき逃げていった町の人達と同じような怯えた顔をしていた。

「ハルキ。私、間違えたのかもしれない。」

「え?」

イブの言葉をハルキが聞き返す。

「ここは“トーラ”最大の町“ペンタゴン帝国-帝都サイパイヤ”。私はそこの全盛期、アーマー・マンリー帝の時代に飛んだと思っていた。確かに場所は合っていた。でも、時代が間違っていたら…。ハルキ!逃げるわよ!」

そこまで言うとイブは馬を回れ右させて、反対方向へと走り出した。

「ど、どうしたんだよ、イブ!」

慌ててハルキが追いかける。走りながらイブが叫ぶ。

「“ペンタゴン”はマンリー帝の時はとても安定していた。でも、その前後の皇帝は戦争好きで有名。もし、あの足音が軍隊のものなら、無礼打ちにされちゃうわよ!」

田舎者のハルキは正直その程度のことで、殺されないだろうと思ったが、イブや町の人々の反応を見ると彼らの対応の方が正解なのかもしれない。なぜなら、今正にハルキとイブは、背後からの足音に追いつかれ、剣を抜いた兵士に下馬を命じられたのだ。

「汚らしいガキども!陛下の御前を走るとは無礼千万、この場で無礼打ちにしてくれる。」

兵士はそう言うと、数人でハルキとイブの周りを取り囲み、逃げられないようにする。ハルキはこの絶対絶滅のピンチに震え、イブの手を強く握りしめていた。しかし、イブは冷静に拳の中に“ペンタクル”を用意し脱出の準備をしていた。

「待て!」


THE CHARIOT


その時、若くとも威厳のある声が辺りに響き、イブの手の中の“ペンタクル”が輝いた。

「ちょー、久しぶりだ。俺の事覚えてるか?」

訂正しよう。若くて無駄に勢いのある声。その声の主は黒毛と白毛二頭が引く馬車からヒラリと飛び降りると、ハルキとイブの前までやって来た。

「お待ち下さい、ラッド陛下!このような何処の馬の骨とも知れぬ…」

兵士の中で、一際立派な兜をかぶった髭面の男が一国の王としてあまりにも軽率な彼、ラッド帝の行動を諌める。

「まあ待て、ジルバ。俺とこの子達は前に一度会っているんだ。」

「なっ!…左様、ですか。」

ジルバと呼ばれた兵士がそれを聞いて引き下がる。

「あ、あの…僕は、その貴方にまだ会ったことは…」

ハルキが自分の訳の分からないところで進んで行く話を、訂正しようとするが、ラッドは唇に人差し指を当ててそれを制する。

「そうか、じゃあこの後会う事になるよ。そうそう、これを返さなくちゃね。かなりなくなっちゃったけど…。お父様から話は聞いてるよ。あの時は泥棒なんて言っちゃって悪かったね。」

ラッドが指を鳴らすと馬車から小包が運ばれてくる。

「開けてみて。」

ラッドが言うと、イブが恐る恐る包みを開けて小さく悲鳴をあげる。そこには金銀財宝。“ペンタゴン帝国”の宝がいくつも納められていた。

「こんな…」

口をパクパクさせているイブといかがわし気にラッドを伺うハルキ。

「大丈夫。元々君らの物だったんだから。時空の旅人にいつ会えるか分からなかったから、持ち歩いていた甲斐があった。さぁ、みな行こう!“ヨー要塞”の戦況は風雲急を告げているぞ。」

「おーーー!」

兵士達の雄叫びを残して、アーマー・ラッド“ペンタゴン帝国”皇帝は戦場へと向かって行った。

「………」

後に残されたハルキとイブは嵐のような若者にただ唖然とするのであった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

結局二人は一夜をそのまま“サイパイヤ”で明かした。

「昨日のお宝…本当に貰っちゃって良かったのかな?」

「いいんじゃない。彼曰くいずれ分かるらしいし。」

ハルキの心配にイブは大したことないと答える。

「さ、出発するわよ!」

イブがそう言って“ペンタクル”を構える。

「ねぇ、イブ…」

「何よ!」

ハルキがイブに言いにくそうに言う。

「今度は安全な所がいいな…」

控えめに言うハルキにイブは「そうね。」と返す。

「じゃあ、“商業都市コマース”にしましょう。」

ハルキはとりあえず安堵の息を吐く。名前からしたら安全そうだ。イブが“ペンタクル”を発動させる。そこでハルキは、イブに一つ忠告をする。

「こんどは間違わないように、集中して…」

しかし忠告空しく、ハルキが言葉を言い終わらないうちに、“ペンタクル”をイブはもて遊ぶようにして発動させた。二人の姿は次の瞬間には消えていた。


Ⅶ戦車 ~いずれまた見ゆ~...fin

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Tora's Data -11-

ペンタゴン帝国-The Pentagon Empire

“ペンタゴン帝国”は“トーラ地方”の1/3をその支配下に置く大国である。その前身は現在の帝都“サイパイヤ”付近にあったと伝わる“サイパイ”という小国であったという。この“サイパイ”の領主アンザッツ・アマーが隣国“サイザリア”を併合し初めて皇帝を名乗ったのがこの国の興りと云われる。

二代目皇帝(名不明)は直ぐに亡くなったが、その子アイン帝が即位するとその発展は顕著になった。当時戦乱の中にあった“トーラ地方”で、アイン帝は次々と周辺国をその支配下に入れ、広大な領土を管理するため四塞(後の五塞)の建設を指示した。この政策は弟ツヴァイ帝、その子ドライ帝にも受け継がれ、戦乱が治まる頃には“サイパイ”は大国に成長していた。世に云う三帝時代である。

この頃、帝都が“サイパイヤ”に定まり、国名も五塞の配置より“ペンタゴン帝国”となった。

この後“ペンタゴン”は“フォントン”や“オベイ”といった新興勢力により進行を阻まれるが、第八代皇帝にして武帝として名高いアーマー・イノベイの登場により“オベイ”をその支配下に置き、“エクスト”や“フォントン”などとも度々交戦し勢力を拡大した。

その子賢帝アーマー・マンリーは、芸術と文化、そして平和を愛する人物であった。彼は巧みな外交手腕で戦闘を回避し、なおかつ上下水道の整備や道路の普請、素朴な民間芸術の保護を手掛けたため、当時から評価が高かった。なお、皇帝のファーストネームを姓の後に言うようになったのはこの頃からで、“古代トーラ語”で親愛なるマンリー帝の意から来ているといわれ、三帝時代以降の皇帝はこう呼ばれることが多くなった。

イノベイ帝の孫にあたる第十代皇帝アーマー・ラッドに関する記述は非常に少ない。イノベイ帝やアイン帝に憧れ世を再び戦乱に巻き込んだとだけ伝わっている。彼の最期については疫病と云われているが、その人望のなさから暗殺も囁かれる。

ラッド帝の死後、“ペンタゴン”皇帝家は断絶し、“ペンタゴン”は共和的な都市国家となったが、かつてのような勢いはなかった。

この国の特異な点はカリスマ的帝政にあり、それがこの国の成功の秘訣であるが、同時にそれは皇帝家の断絶が国の滅亡に繋がることを意味していた。

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