6章 [ Ⅳ皇帝]
ゴーン、ゴーンと鳴り響く鐘の音。突然の大音響に二人は耳を押さえる。ハルキとイブは、今度はかなり高い所に来てしまったようだ。下を見れば、塀に囲まれた庭園で白馬に跨がり駆け回る少年が見える。上を見れば巨大な鐘がいまだに時を告げ続けている。どうやらここは時計台、時刻は夕暮れのようだ。鐘が鳴りやむ…
「あの男の人…グローブさん大丈夫だったかな?」
静かになった時計台でハルキがぽつりと呟く。
「何よ、あんな髭もじゃ男の事なんか心配してるの?」
「だって、なんだかんだで結構親切にしてくれたし…あのまま放ってきてしまってよかったのか…」
ハルキが戸惑いを隠せない様子で俯く。
「ハルキ!それでよかったのよ。」
イブが強くいう。
「私達は旅人。それも時空の旅人。それぞれの時代、それぞれの場所に影響を与える人間じゃないの。ただ、貪欲に己の欲を満たすだけの…」
「誰だ!」
イブがそこまで言った時、ハルキは気配を感じて振り返った。考え事のせいで完全に反応が遅れた。相手に殺意があればとっくに斬られていただろう。遅いとわかっていてもハルキは抜刀して、あたりを伺う。
「アーマー・マンリー。わしはこの城の主じゃ。」
時計台への階段を上品な靴音を響かせ登ってきた鳶色の髪の中年の男は、そう名乗った。彼は鎧こそ身につけていれど、剣など得物は何一つ持っておらず、従者も連れていない、いわゆる丸腰だった。しかし、ハルキはその男のあまりの威圧感に剣を下ろしてしまった。
THE EMPEROR
ハルキの陰に隠れていたイブはその名を聞いて小さく息を呑んだ。
「“ペンタゴン帝国”最良の賢帝、アーマー・マンリー!」
ハルキはその声を聞いて、ゆっくりと光る剣を鞘に収めた。
「おかしいな。わしはここに来る前に人払いを済ませておいたはずなのだが…先程、おぬしらの会話の中に時空の旅?とかいうものが出てきたが、それとなにか関係があるのか?」
マンリーは何故ここにハルキとイブという招いてもいない客がいるのか、訝しく思って、このような質問をしたのだろう。だが、その瞳は既に真実を知っているかのように澄んでいた。一方のハルキとイブは完全にマンリーの堂々たる態度に呑まれていた。話してよいものか、目線で合図を送り合う。しかし、長い沈黙の後、とうとうこの雰囲気に耐え切れなくなったイブが折れた。“ペンタクル”をハルキに押し付けその背中を突ついた。
「わっ!」
少々押す力が強すぎたようだ。ハルキはマンリーの前にぶざまに倒れる。その手からは一枚の赤銅色のコインが転がった。
「ん?これは…?」
マンリーがハルキの手から転がったコインを拾いじっくりと観察する。赤銅色のコインには五望星が両面に刻まれ、現在“トーラ地方”全域で使われている銅貨と一見変わらないように見える。
「あ、あの、それは“ペンタクル”と言って…僕らはそれを使って旅をしているんです。あ、それで、お邪魔をしてしまったならすぐに立ち去ります。ですからそのコインをこちらに…」
ハルキがしどろもどろになりながら“ペンタクル”の説明をする。イブはといえばここが、あの“ペンタゴン帝国”皇帝の居城アーマー城だと知り、落ち着かない様子だった。彼女の本職がトレジャーハンターだからかもしれない。
「ふふふ、ハハハハ!」
しかし、マンリーはハルキの説明を聞くと大声で笑い出した。
「まさか!伝説上の話だと思っていたが…まさか本当に存在していたとは、“土のソート・ペンタクル”…。おぬしら、急ぐ事はない。君達のために部屋を用意させよう。今宵はゆっくりしていきたまえ!」
そう言うとマンリーは“ペンタクル”を持ったまま、マントを風にたなびかせ、階下へと降りて言った。唖然とするハルキとイブの前には、間もなくアーマー城の役人が現れそのまま豪華な夕食と暖かいお風呂、それぞれに贅を尽くした豪華な部屋が宛がわれた。イブはこの国賓級の扱いに、すっかりご満悦だったが、ハルキは何処の馬の骨とも分からぬ自分達に、このような対応をするように指示したマンリー帝を少し気味悪く感じたのだった。
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夜…
ハルキはイブの部屋の前に立っていた。ノックをして、豪華に装飾されたドアノブを握る。
「イブー!入るy…」
ドアを開けた途端ハルキの顔に枕が飛んできた。
「レディーの部屋に入る時はノックぐらいしなさい!」
ウォークインクローゼットの中で豪華な洋服を漁っているイブが、何故遠く離れたベットの枕を投げられたのか?そもそも自分はノックをしたはずなのに、何故こんな仕打ちを受けなければならないのか?ハルキの疑問は沢山あったが、今は最優先の一つに絞る事にした。
「イブ、“ペンタクル”をあの皇帝が持って行っちゃったけどこのままでいいの?」
ハルキが部屋のドアをゆっくりと閉めながらイブに尋ねる。
「いいんじゃない?銅貨一枚でこんないい暮らしが出来るだなんて、棚から牡丹餅、いえショートケーキにティラミス、プリンに饅頭のデザートフルコースでも降ってきたような気分よ!」
「…」
洋服やドレスを選びながら目を上げずにイブは言う。しかし、ハルキは黙ったままだ。
「ねぇ、でも“ペンタクル”がないと僕ら故郷に戻れないんだよ!」
「大丈夫よ。“トーラ地方”なんて狭いんだから、その気になれば歩いて数か月の単位で帰れるわ。」
「だけど、時代が違うんだよ!」
ハルキの言葉で、今まで絶えず服を選んでいたイブの手がはたと止まる。
「今、僕の部屋に置いてあるイブのお土産。ラッド帝に貰った財宝も、“コマース”で買ってた衣類も、グローブさんの小屋からこっそり持って来ていた干し兎も、全部本当は“ホーリネス”にいるイブのお母さんへのものなんでしょ!もう…会えなくなっちゃうんだよ?」
今度はイブが黙る番だった。きらびやかな服を握り締めたまま、顔を伏せて…
やがて、
「…旅に……トレジャーハンティングに別れは付き物よ。」
と小さな声でイブは言った。
「夜が明けたら、マンリー帝の所に行こう。“ペンタクル”を返して貰うんだ…」
そうハルキは呟くと部屋を出て行った。
…イブはハルキが部屋を出るまでは泣かなかった。
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翌朝、朝食を終えると(気のせいか昨晩より質素な食事だった。)ハルキは昨日の時計台に向かった。朝の鐘を打ち終わる頃、ハルキは階段を昇りきった。朝の風が肌に冷たい。
「わしがここにいると何故分かったのかね?」
「なんとなくです。」
時計台には先客がいた。白髪交じりになり、昨日より疲れた顔で、鎧の上にボロボロになったマントを羽織って…
「フフフ、ここはわしのお気に入りの場所でな…国中だけでなく、遠く“エクスト”まで見渡せる。先代王があそこに兵を送った時には、コテンパンにされたそうじゃ。おぬしはかの国も知っているのだろう?これで。」
そう言って、マンリーは“ペンタクル”を掲げた。
「はい。」
「恐ろしい道具じゃ。現在・過去だけでなく未来まで見えてしまうとは。わしは昨日までこの景色を美しく素晴らしいものと思っていたが、今ではどこも血にまみれた戦場に見える。」
「陛下は“ペンタクル”を使って、未来に行った…のですか?」
ハルキの問いにマンリーはゆっくりと頷く。
「愚かな事をした。わしの生涯の政治によって、将来国がどうなっているのかつい気になってしまってな。わしは自分を買い被っておった。わしが何故、戦争もしないのに常に鎧を身につけているか、分かった気がしたよ。わしは内なる者に常に怯えていたのじゃ。だから自分の評価を事を成す前に知ろうとしてしまった。」
「マンリー陛下…」
「ここにいたのね!馬鹿ハルキ!」
「いったー!」
突然、階段を駆け上がってきたイブの跳び蹴りがハルキの脇腹に入る。
「フッ…おぬしら仲がいいのう…。娘よ。このコインはそなたに返す。だが、すまぬがこの城から早々に出て行ってくれぬか…」
えっ!と驚いた顔になるイブ。そして、何をしたのよ!とハルキを睨む。ハルキは虎を思わせるイブの瞳を見て縮こまる。
「その代わりと言ってはなんだが、下の宝物庫にある宝物を好きなだけ持って行ってよい!」
すると、イブの顔がころっと満面の笑みへと変わった。そしてマンリーの手から“ペンタクル”を引ったくると、そのまま階段を駆け降りて行った。
「さて、わしも休むとするか…」
白髪の増えたマンリーはそう呟き、階段に足をかける。
「あの…」
そんなマンリーをハルキが引き止める。
「よかったのですか?」
「宝物の事かね?それとも…コインの事かね?」
「両方です。」
すると、マンリーは顔だけ振り向き答えた。
「この国はわしの死後、間もなく滅ぶ。されば宝物などなんの役にもたたん。わしは残された治世を民のために過ごすつもりじゃ。せめて、破滅の未来が少しでも先になるようにわしは最後まで闘うつもりじゃ。」
そこまで言うとマンリーは強張った笑顔を作り、階下へと向かった。初老の皇帝の声が時計台に響いてきた。
「おぬしも早く下へ行って品を選びなさい。ただし、あまり宝の虜にならぬように…どんな宝の輝きも命の輝きには勝てぬのだから。」
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「重いよイブ…」
「我慢しなさいハルキ!“ペンタゴン帝国”の財宝よ!勿体ないじゃない!」
「でもラッド帝に貰ったものと被ってるものがあるような…」
「うるさいわね!それなら、被っているものの内一つは保存用よ!さ、そろそろ行くわよ。」
「今度はどこへ?」
ハルキがやれやれと言った調子で尋ねる。
「“ホーリネス”よ。」
「!」
「べ、別にあんたに変な話されたからじゃないんだからね!」
ハルキは頬を染め、そっぽを向くイブを見て微笑む。
「何笑ってんのよ!気持ち悪い!」
イブのビンタと同時に“ペンタクル”が発動する。二人の姿は王宮から消えた。
Ⅳ皇帝 ~賢帝マンリーと“ペンタクル”~...fin
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Tora's Data -7-
アーマー・マンリー-Armor Manly
“ペンタゴン帝国”第九代皇帝。民の為に尽くし平和を愛したことから、賢帝マンリーとして今も民衆に慕われている。
その功績は多岐に渡るが、“サイパイヤ危機”への対応やディサイ派の芸術家トルシンキの保護などは特筆に値する。
“サイパイヤ危機”とはマンリー帝の即位直後に起きた南の“フォントン”と北の“エクスト”の二国による“ペンタゴン帝国”への同時宣戦布告事件である。
当時の“ペンタゴン”は先帝イノベイが軍国主義による侵略戦争を続けていた。“フォントン”はイノベイ帝の死後、即座に失地の回復を試みて“ペンタゴン”へ宣戦布告。そこに兼ねてから“チェール領土問題”を抱えていた“エクスト”が宣戦布告をし“ペンタゴン”はあわや挟み撃ちの危機に追い込まれたのである。時の皇帝マンリーはその巧みな外交手腕によって、まず“エクスト”と和解。次いで“コマース”と連携した経済制裁により“フォントン”を降伏させ、“チェール”地方の一部を失うも、一滴の血も流さずにこの危機を乗り切ったのである。これはマンリー帝の卓越した手腕と、彼の任命した外務大臣ズーデンテンの功績と言われる。
また、マンリー帝は芸術を深く愛し、当時迫害により絶滅寸前であったディサイ芸術を保護。彼の保護下でディサイ芸術は黄金期を迎え、特に「アーマー・マンリー大帝肖像画」など後に優れた作品を生み出したトルシンキは有名である。この「アーマー・マンリー大帝肖像画」にはある逸話がある。この作品は二年間、マンリー帝を一カ月に一度描いた二十四枚からなる連作である。この内十八枚は皆一様に、中年の男性を描いているが、十九枚目の十月の肖像画から、初老の男性が描かれている。トルシンキはパトロンであるマンリー帝を若くデフォルトして描いていたが、二年目の十月の肖像画を描く際にマンリー帝本人から真実を描くように諭され、トルシンキが感激したためだといわれている。残念ながら一級資料には記載されていないため、伝説の域を出ないがマンリー帝の人格を表す逸話の一つである。
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