4章 [ ⅩⅠ力 ]
“トーラ地方”最強の覇者はどこの都市、国であるかと聞かれれば、どの歴史家も口を揃えて“ペンタゴン帝国”であるというだろう。首都を“帝都サイパイヤ”に置き、三帝時代に五つの要塞を築くことで“トーラ地方”西部での優位を確実にすると、“フォントン”、“オベイ”、“コマース”などに度々宣戦布告。これらの強大化を防いだ。更に、武帝と呼ばれるアーマー・イノベイの時代に、武力で“オベイ”を従えこれを属国とすると、各都市と有利な条件で講和を結び、イノベイの息子、賢帝マンリーの時代に最も繁栄した。しかし、そんな“ペンタゴン帝国”でも、その歴史上一度も手を出せなかった都市がある。“属国オベイ”の北方に位置する“自治都市エクスト”である。
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北の“チェール森林”に東を守られた“エクスト”は冬になると深い雪に覆われる。“商業都市コマース”からならば、本来“ペンタゴン帝国‐ミー要塞”に向かい、帝国内を北に移動し“ヒー要塞”、“フー要塞”からそれぞれ伸びる道で更に北へと向かうことでしか入れない場所だ。しかし、今ここにいる少年と少女はおよそそれとは掛け離れた方法でここ“エクスト”へとやって来ていた。その方法が原因なのか、少々手違いも起きているようだが、本人達はまだそれに気づいていない。
「ゔ~~。イブ~。ざむい…」
「だらし無いわね。我慢なさいこのくらい。」
「仕方ないだろ、“ペンタクル”の力で“コマース”から一気にここまで跳んで来たんだから…それに、イブだって脚が震えて…痛ーい!」
凍えた身体にはいつにも増して、イブのキックは鋭く響く。
「こ、これは武者震いよ!」
そう言いつつも手に息を吐き掛ける少女に、突っ込みを入れたい気持ちをハルキは必死に抑えるのだった。
「武者震いって、一体何と戦うんだよ。ここは歴史上一度も占領されたことのない町“エクスト”だってのに。戦争とかがある訳…」
「何か言った?」
小声で文句を言っていたハルキは、イブの低い声にすぐさま口を閉じる。しかし、二人が口を閉じたことでハルキは“それ”に気づいたようだ。何かに囲まれていると…
「ねぇ、イブ…」
「だから私は震えてないって言ってるでしょう!」
「ち、違うったら…」
いまだ気が立っているイブが大声で騒ぎ出すのをハルキが慌てて止める。じりじりと近寄ってくる“何か”…羊飼いだったハルキの勘では、包囲網は狭まっている。
「イブ、僕ら何かに囲まれている。」
「え?」
困惑の声を上げるイブを眼の端に捉えながら、ハルキは相手を刺激しないようゆっくりと背中の荷を降ろした。雪が大量の荷物を降ろす音を消してくれたが、その雪のお陰で相手の足音もよくわからない。ハルキは護身用に身につけている剣を抜いた。ハルキの両親が彼に羊以外に遺した唯一の財産。細身の剣は素朴ながら洗練された何かを感じさせる。しかし、ハルキがこの剣を使ったことはまだ数える程しかなく、構える本人もへっぴり腰だ。
「人間なの?」
一方のイブも先程までの覇気は何処へやら、脅えつつハルキに聞いてくる。ハルキは不覚にも(よりによってこんなタイミングで)、そんなイブを可愛いと思ってしまった。気まずげに顔を伏せるハルキ。
「答えなさいよ!」
そんなハルキの身体に再びブーツがめり込む。
「ぜ…前言撤回…」
「何が!」
脇腹を抑えるハルキと白い息を絶えず吐き出すイブ。二人が顔を上げた時には既にその“何か”は、二人を取り囲んでそこにいた。木々の間からその姿を表したのは狼だった。白い毛並みに鋭い牙を持った獣が三匹…ハルキとイブを物欲しそうに睨んでいる。…狩りの目だ。
「ほ、ほら、ハルキ!行きなさい。」
「う、うん…」
イブに盾にされるように突き出されたハルキは、相変わらずのへっぴり腰で構えた剣を持って狼に切り掛かる。しかし、先程自分で降ろした大量の荷物に足を取られ、二歩も踏み出さないうちに倒れてしまった。
「ちょっと、何やってるの!」
イブが金切り声を上げるのと狼が彼女に飛び掛かるのとは、同時だった。
「伏せろ!」
STRENGTH
剣が瞬くと、ハルキ達の背後から出された銃口が火を噴き、耳をつんざく銃声が響いた。鮮血が襲撃者の毛並みを濡らし、仲間の二匹の獣は、蛛の子を散らすように逃げていった。
「逃げられたか…」
そう言って構えを解いたのは、灰色の毛皮のコートにニット帽を付け、無精髭を生やした大柄の男だった。彼は猟銃を背負い直すと今撃ち殺した獲物に近づき、ナイフを取り出す。そして、手際よく内臓を取り出し、反対の肩に担いだ。そこで男は初めて、呆然と立ち尽くすイブとその足元であまりのことに気を失ってしまっているハルキに目を向けた。
「おい!ボウズ!いつまで寝てる!起きろ!嬢ちゃんもついて来い!お前らのせいで獲物が減ってしまった。借りを返して貰いたい。」
男はハルキを揺さ振りながら低い声でイブに言い、言うだけ言うとスタスタと歩き出してしまった。イブはハルキを一蹴りして起こすと、男について歩き出した。ハルキは状況を読めないながらも慌てて荷物を背負い、二人を追いかけた。ハルキとイブは今気づいた事だが、右も左も分からない深い森の中では、二人はあの猟銃を持った男を頼りにするしかなかった。
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「それで、ボウズ達は“チェール森林”なんかで何やってたんだ?」
森の中に建つ一軒のログハウス。そこが男の家らしかった。悪い意味で生活感の漂う部屋に、不器用に二人を通すと男は暖炉に火を点けながらハルキにこう聞いた。
「えっと…あの…僕達は旅人で…“エクスト”を目指していて…」
「旅人だぁ?まさか“リミト”の辺りからずっと森の中を通ってきた訳じゃないだろう?この辺りの森はあんな獣がわんさか出る。ボウズ達の腕じゃそんな芸当出来ないのは分かってる。…オイ、ボウズ…何を隠している?」
「………」
ハルキもイブも男の言葉に黙ってしまう。今の状況はとても説明しにくいのだ。二人は目線でやり取りをする。
(どうするイブ?)
(どうするって、勿論私はここから早く出たいわ何て言うか、この家不潔!獣の臭いがプンプンする。)
(そうじゃなくて!“ペンタクル”を使って“エクスト”に向かおうとしたけど、狙いが上手く定まらなくて、少し手前のチェール森林に降りて狼に襲われたっていう、今の状況をあの人にどう説明しようかってこと!)
(あら、その分かりやすい説明をあの汚い髭おやじにもそのまましたらどうかしら?)
(時空を越えるコイン“ペンタクル”なんて誰が信じるんだよ!)
まとまらない話し合い。続く沈黙。始めに口を開いたのは例の髭おやじだった。
「まあ、言えねぇこともあるか。まあいい。一応聞いておこうとは思ったが、ボウズ達がどうしてあそこにいたか、俺はたいして興味はねぇ。 今日はもう遅い。ボウズ達を町まで送って行くのは明日の午後にしよう。今晩はここに泊まってけ。」
そう言いつつ奥の部屋を指差す男。露骨に嫌な顔をするイブ。そんなイブを小突いて、倍返しをくらうハルキ。三者三様の反応を示す三人の夜は更けていった。
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ハルキは夢を見た。
四つの光
四つの力
廻る輪
四人の旅人…
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「起きろ…」
「ひっ…」
低い声でハルキは起こされた。目を開けたハルキの目の前にあったのは、無精髭を生やした男の顔。
「いつまで寝ぼけてる。オラ、仕事だ。」
男に連れられ、小屋の外に出たハルキに男は一本の斧を渡した。
「ボウズの仕事は、薪割だ。」
男が山積みになった。木を指差す。
「俺が朝餉の獲物を取って来るまでに終わらせておけ。」
「僕が…ですか…」
眠い目を擦りながら不満そうに尋ねるハルキに男は当たり前だと言った。
「情けで泊めて貰った上にタダ飯まで食ったんだ。このぐらいやって当然だ。」
確かにハルキ達は、昨夜、男の作った狼鍋を食べている。(イブの口には合わなかったようだが、ハルキはなかなか旨いと思っていた。)
「イブは…」
「ボウズはあんな嬢ちゃんにまで力仕事をさせるのか?」
「×××」
ハルキより格段に力のあるイブだが、やはり外見は女の子…渋々作業を始めたハルキを見て男は狩りに出かけた。時刻はまだ太陽が昇るか昇らないかの時間だ。日が“サーチー山脈”の上に出た頃、ようやくハルキはノルマをやり終えた。ログハウスの中では、男のウサギ汁に顔をしかめるイブと既に食べ終えている男がいた。ハルキは自分の分の器を持つと口をつけた。うん、悪くない。
「ご苦労だったなボウズ。食べたらもう一働きして貰うぞ。」
げんなりするハルキと、それを見てほくそ笑むイブ…その時、小屋のドアノッカーが音を立てた。男が大股に部屋を横切りドアへと向かう。
「また、お前らか!」
「グローブ!今日こそ立ち退いて貰うぞ!」
小屋の主の荒々しい声と無作法な訪問者の声はどちらもハルキ達に筒抜けだった。
「この森には“自治都市エクスト”の自治裁判所の開発許可が下りている。お前がいくら座り込みを続けようと決定は変わらん!」
「お前達“エクスト”の役人はこの森の大切さが分かっていない。生命が伸び伸びと生活するこの森の意味を…」
「この愚者が!“ペンタゴン帝国”が勢いに乗る今、“エクスト”も新地を開墾出来なければ滅ぶのだぞ!」
「そんな弱い町ならば滅んでしまえばいい。それが自然の掟だ。」
低く呟く男の声に、役人は激怒した。ハルキは危険を察知し、イブに脱出の準備をしてもらった。“ペンタクル”の力が発動し二人が西へと跳ぶその直前、ハルキの耳には一発の銃声と、グローブを自治裁判所に連れて行こうとする役人の声が響いていた。
「殺人だ!殺人だ!奴を捕らえろ!」
ⅩⅠ力 ~弱肉強食~...fin
next to THE EMPEROR
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Tora's Data -5-
エクスト-Ecust
“トーラ地方”最北に位置する都市国家。その成立年代は“ペンタゴン帝国”よりも古いといわれ、ここに住む人々は人種の面からみると、純粋な“トーラ地方”の住民と言うよりも他地域からの移民がこの地に定住したと捉えた方が妥当といわれる。
彼らの歴史の特徴は徹底的ともいえる自給自足にあるといえる。極寒の地にも関わらず、食料、衣料、燃料の全てにおいて外国を頼ろうとせず、貿易はほとんど行われていない。
軍事面においても優秀で、自治裁判所をトップにおく警察組織は、“ペンタゴン帝国”の正規軍を幾度も退けたという。
“ペンタゴン”に武帝イノベイが登場すると、その外交圧力によって“ペンタゴン”のみとは国交を開くが、屈服はせず、かの軍にその地を踏ませることはなかった。
しかしその反面、あまりに過激な鎖国政策が内政の暴走を招いたことも否定出来ない。
イノベイ帝の圧力に譲歩したことで、“エクスト”自治政府はその影響力を急激に失い、軍部の長といっても過言ではない自治裁判所が過剰な権力を持つようになる。このことは、三権の均一を害し、自治裁判所の政治への介入、後の暴政を放任することへと繋がった。
“エクスト”はその閉鎖的な環境から秘密警察、治安維持強化、言論統制などの恐怖政治の歯止めが効かなくなり、徐々にその勢力を衰えさせていった。
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