第7話 ザ・ワンスキル
[テレポート]で前線地点へと着地する。
「……!?……!」
俺達の着いた地点から僅かしか離れていない場所で大声が響く。 声の主達はすぐに分かる。Night_Soulの各小隊のメンバー達だ。
「中隊は! 中隊はどうなった!?」
「分からない。中隊から指揮が来なければ私達はどうしたらいい? 小隊だけでは対処の仕様がないだろうに」
「俺が知るかよ!? コヨミ様に連絡でも取ればいいだろうが」
「貴様! ただで多忙を極めるコヨミ様に甘えるつもりか!」
Night_Soulのメンバー達は互いを罵り、余裕のあるようには見られない。その光景は至って普通だ。中隊の指揮を頼りに小隊を動かしてきた隊長達が多いためだ。
単純化したギルド等の組織は、1つのパーツが外れるだけで悪くなる。ギルドの大小は関係はない。彼らの混乱の渦は始まったばかりだ。
「……ひどいですね、ここは」
「まだマリアの伝達が行きわたってないんだ。まぁ人間が恐れるものは、化け物でも闇でもない。ふつうの人間なのさ。よっと、起こすぞ。kaoru」
適当な言葉を飾って、装備に憑りついているkaoruを取り外す。kaoruは覚醒直後だというのに、だるさを感じさせずに。俺の背中からパーフェクトスマイルを放った。
「――シュン様、お呼びですか?」
ショートカットに切り揃えられた緑の前髪が揺れる。後ろ髪は団子状に纏められている。本人曰く容姿のアクセントポイントは団子を纏める紅い髪留めらしい。
身体の至る所にネジや機械が埋め込まれているのは、彼女が機械人族という種族のせいだ。機械人族とは、一言で表すと機械と融合を果たした人間種だ。
「kaoruさん。……私を軽く無視しないでもらっても」
「チッ、いたんですか。泥棒猫ならぬお邪魔猫……」
kaoruが冷たい眼差しをカルチェに向けた。
「ルーキーはおまけ。貴女は仲間の少女Aとして映ればいいのよ」
「……ひどい」
kaoruからの言われようにカルチェは涙目になった。事態が進まないので俺は仲裁しようとした。が、
「なにか? シュン様」
kaoruの一歩も引かない笑顔が怖いので引き返した。カルチェはキッとkaoruを睨み、
「なにか色々酷い言われようですね、私が何か悪いことでもしましたか?」
「ええ、たくさん。言い足りないくらい」
変わらぬ笑顔でkaoruは返答する。おそらく両者の駆け引きは9割でkaoruが優勢だ。
「あえて言うなら……シュン様に色気を使うんじゃない。良い? ルーキーさん」
kaoruの笑顔の隙に一瞬だけ、どす黒い阿修羅の顔が見えた。
「……え、使ってませんよ! 師匠は……そんなお付き合いじゃありませんし」
「関係ないわ」
カルチェは慌てて否定した。が、kaoruはお構いなしに装備から刃物を抜き放ちカルチェの顔に向けた。
「無自覚なのが恐ろしい。あとシュン様を侮辱するなタヌキ猫!」
笑顔から一転、kaoruは眉尻を上げてカルチェを睨みつけた。刃物を握る手はブルブルと震えている。
「kaoru、落ち着け」
「ええ、分かりました。――なんにせよ、ギルド戦後は覚悟しなさい。……1人だけの夜歩きはね。ククク」
「あわわわわ……」
子犬のように震えたカルチェが、俺に振り向いた。止めろ、お前の問題に俺を巻き込むな。責任を取るのはお前だ。
「さて。わたしを呼んだということは”デート”ですね?」
「ああ。とびきりの、戦場パーティーのな」
「……嬉しいです」
kaoruは恍惚めいた喜びを覗かせた。俺に対する視線が熱い。kaoruは変わった女で単なるデートで燃え上がらない。戦闘の、且つ複雑な戦いでのみプレイヤーとして生き生きとした表情になる。変わったやつなんだ。
俺も頷くと、鞄から作戦のレポートを手渡す。
「いいか、まずレポートを見てくれ。渡ったか? よし、俺達がいるのは最奥の手前だ。ここから、マリア達と合流するんだが……。kaoruには別働隊を頼みたい」
「――シュン様? わたしは……その……」
瞬間、kaoruの顔に影が差した。困惑と絶望。こいつ何言ってるんだという嫌悪感。呼び出されたのに、別働隊とは納得がいかないのだろう。掠れる声から歯がゆさが伝わってくる。
「分かってる。kaoruは俺の背中が良いんだろ。だから本体はこのままで、別の、召喚獣がいいな。それを向かわせてくれ。マリアがどれだけ指揮できるか分からないからな。各地へのフォローが欲しい」
「そういうことですか。では、召喚獣のナナヲを向かわせます」
kaoruが紅の髪留めを外す。団子状の髪は解かれ、放射状に漂った。
「ナナヲ、フォルムチェンジ」
言葉ワードが鍵となり、髪留めは分解する。更に身を押し込んで獣の形をつくる。全長20㎝の四肢があり、独眼を持つ機械の獅子だ。真紅のシンプルな獣の姿が美しい。
「頼むぞ、ナナヲ」
「わ、可愛い……」
「Yes. Ma'am.」
ナナヲと呼ばれた真紅の獣は、両目を突き出して答える。kaoru曰くゲテモノの仕様らしいが、更に本人も気に入っているためどうしようもない。
「行きなさい」
kaoruはナナヲを放り投げ、刃物を野球のバットに見立て乱暴に打った。金属を打ち付ける音とともにナナヲが孤を描いて一直線に空へ向かっていく。
「おー、たまやー」
「違う! カルチェもネタに乗るな。kaoru、……いつも思うんだがもっと普通に向かわせる気はないのか」
「――場外ホームランをもう一度。いえ、ネタの方が面白いかと」
kaoruはコホン、と小さく咳き込んで答えた。それについて可愛らしいとか、ツッコミは敢えてしてやらん。
「ったく……kaoruは黄色の旗を見つけてくれ。カルチェは……悪いがここからザ・ワンスキルを使ってくれ。俺は敵が視界に入ったら使う。できるか?」
「アレですか。本当に……怖いです。でも必要なんですよね?」
「必要だ。立ち止まるんじゃないぞ」
俺は二言で肯定した。今の状況が”神隠し”じゃなかったなら。否定していただろう。カルチェにとってトラウマになるザ・ワンスキルは、本人が過去を認めるまで待つつもりだった。
――俺は、悪役になるつもりだ。
「カルチェ、返事は?」
「――Yes,sir. 師匠、見守っていて下さい」
「勿論だ、派手に行け」
「ありがとうございます!」
カルチェは一言、荒い息を吐いて答えた。目元の表情から緊張と恐怖が同時に映え始める。俺は無感情でそれを見つめた。
カルチェは、瞬間――ザ・ワンスキルの詠唱を開始した。周囲に溢れた風が彼女を包む。どころか。風は彼女を慈しむようにふわりと薙ぎ、今か今かと彼女の固有スキルを待っていた。
「『神福音ゴッドの祝福ブレス』!!」
[――Ultimate One Skill 『God bless』 Rank S]
空が軋きしみ、大地が啼なき、周囲にスキルのカットインが展開される。カットインの演出は目視不可にできる。が、混乱している戦況の場合、注目を寄せる的になる。派手に、とはその効果を狙ってのことだ。
[――プレイヤー・カルチェにより『神福音の祝福』が展開されます。皆様に祝福があらんことを]
システム通知からほどなくして、スキルの効果が劇的に与えられる。俺とカルチェ以外のNight_Soulのメンバー達を回復し、全体補助が付き、スキルの威力が数十倍へ追加変化した。
更に溢れた力は周囲の木々や焼野原のマップまで拡大した。木々の傷を癒し、新たな花や芽を開花させる『神福音の祝福』。デメリットは今のところない。減る魔力は小刻みに消費されるだけだ。ザ・ワンスキルがチートスキルと言われる理由だ。
嗚呼――、俺達の戦場がようやく始まる。
少年の騎士と王 桜井キセ @sakukise
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