18.ボヤチ
「今でも、ふとした瞬間に聞こえてくるんです」
あの人のピアノの音が懐かしくも悲しく。
あの音が私の心の内にのみ、流れてくるのです。
「最後に会話をしたのはもう随分と前になります」
確か、冬だったと記憶しています。
直接会ってお話をしたのかそうでないかは覚えていませんが、きっと悲しい内容のお話をした様に思います。
そのせいか、なぜだかとても寒かったことを覚えているのです。なので、冬だった様に思うのです。
「本当に当時は、あの人の事を大切に思っておりました。それは、あの人も同じだったと思っております」
今の私には、この喫茶店で過ごす時間がとてもゆっくりだと感じてしまうほどあの頃の時間は駆け足で過ぎていきましたから。
所々が曖昧で自分の都合の良いように記憶してしまっているような気がしているのです。
そのせいで、私の中のあの人は細部に至るまでもがとても優雅で美しいのかもしれません。
「私は時間が憎くてならないのです」
あの時の後悔を今も私は悔やんでいるのですから。
こうして、グラスの傾け方を知った今ならば容易く手を引くことができたと思うと、幼かった自分を憎むように時の流れを憎んでしまうのです。
「だからなのでしょうか、今の私があの人を目にしても何故だか気付いてあげられないように思えるのです」
それと同じようにあの人も又、私には気付いて下さらないかもしれないと思えてならないのです。
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