1. マリー

 そこには何もないわ。

 陳列棚を掻き分けて揺れる背中に叫ぶ。

 けれども声は届かない。

「これでもない、これでもない」

 だから、そこに彼方の探すものはないの。

 再び叫んだ。けれども声は響かない。

 乾いた心を枯らす。

「もう、何だかいいや」

 溜息交じりに言う彼方。

 あぁ、そんなことを言わないで、彼方が私を濡らしてよ。

 届かない声が空気を揺らすことはない。

 こっちを見て

 私に気づいて

 すぐ後ろにいるから。

 焦る心に熱は無く、乾ききって悲しい。

 昨日だって

 その前だって

 彼方は私を選んだじゃない。

 

 どうして

 どうして

 今日の私じゃダメなの。

 昨日の私も

 今日の私も

 きっと同じ味をしているわ。

 それなのに。

 

「うん、やっぱりコレかな」

 振り返り、笑う彼方。

 あぁ、やっぱり彼方は私を選んでくれた。

 やっぱり彼方は私を手に取ってくれた。

 そして今夜も、彼方は私を舌でそっと濡らすのね。

 あぁ、よかった。明日はきっと貴女の番よ。

 私は後ろの私に、別れの挨拶をした。


 そして、彼方のカゴで揺れる。

 何だかとっても心地がいいわ。

 レジも待てずに眠くなっちゃった。

 

 


 

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