第5話 天空戦艦イザナミ

 RX28年4月8日 15時 天空戦艦イザナミ操舵室


 操舵室は薄緑色の内壁や床をしており視認用の窓が前方と側面にずらりと並んでいて壁面には計器や通信機器に制御装置といったものが無駄なく置かれ中央には巨大なモニターと艦長の椅子が置かれている。


 艦長の椅子に深く腰掛ける80代の男性。赤色をした狼の刺繍が施されている黒い帽子をかぶっており、顔には多くのしわはあるが眼光は鋭く前だけを見据えており、帽子と同じデザインの軍服が恰幅の良さから重々しく見える。


 老人はモニターに向かって話し続けていた。


「我々が多くの犠牲を払いどれだけ多くの人を救ってきたか? そしてその後どんな目にあったか今一度思い出して欲しい。イレクトが我々を騙し裏切り日本を我がものとした。我々は取り戻さなければならない。ゴーレムからそしてイレクトから日本を!」


 葉道艦長やたら張り切ってんな。

 もう何度目だよ。

 じじいは同じような話すんのホントに好きだな。

 ああ、早く終わんねぇかな?


 俺は操舵室を軽く見渡す。

 葉道艦長のご高説を数人の隊員が整列して拝聴している。

 みんな飽きずに聞けるとかどうかしてんな。


 俺は首を左右に揺らしぽきぽきと音をたてた。

 視線を窓に向けると青空が広がっていて心地いい。

 窓の外から見える景色は快適なのに……。

 ああ、ウトウトして欠伸が出そうだ。

 出そうだった欠伸を口で噛みしめ殺す。

 いかん。

 ばれると根路隊長がうるせぇからな。

 こういう時はアヤメちゃんに限る。


 俺はアヤメちゃんに視線を向けた。

 身長160cm程の10代後半の大和撫子を彷彿とさせる凛とした表情の軍服を着た女性が葉道艦長を見つめている。


 今日も可愛いな。

 黒髪ロングで可愛いとか犯罪だろ?

 あのふっくらした唇はやばすぎる!

 それに透き通るような白い肌とかってああいうの言うんだろうな。

 何よりもあの軍服からもわかるボディーラインはエロ過ぎる。

 後ろから揉み……。


 バン!


 鈍い衝撃が後頭部を突き抜けた。


 俺を殴った左横の奴を見る。栗毛色のショートボブで普段は大きい瞳を細め、汚らわしい者でも見る様に俺を見つめている。身長160cm程で黒いウェットスーツからしなやかな曲線と小さな山を作り、EDELにフロートシステムを与える赤いスピードシューズを履いている。


「いてぇな。白雲」


 俺は小声で白雲に話しかけると白雲も小声で返した。


「東雲、ちゃんと聞きなさい」


「はあ? 聞いて……」


 白雲に言い返そうとしたが根路隊長が音もなく俺と白雲の背後に立つと二人の肩を抱き込み操舵室を出た。


 操舵室の扉が閉まり廊下をしばらく無言で歩くと見るからに怒っている根路隊長が口を開く


「二人とも私語は慎め」


 俺は首を横に振る。


「いやいや。俺は何もしてないっす。白雲が殴ってきたんすよ」


 白雲は驚いた顔をして抗議を始めた。


「はあ? 根路隊長、私は悪くありません。東雲がちゃんと聞いてなかったから叩いたんです」


 しかし、俺達の会話を聞いて根路隊長の顔が更に怖くなった。


「言い訳はいらない」


「すいません」


 俺と白雲の声が揃う。


「戻るぞ」


 三人で操舵室に戻ろうとした時、操舵室の扉が開いた。

 中から出てきたのは葉道艦長であった。

 根路隊長が葉道艦長に敬礼すると俺と白雲も真似る。


「よい」


 葉道艦長が野太い声で告げると俺達は敬礼を解いた。

 根路隊長が何か話そうとしたが、葉道艦長が首を横に振り俺と白雲の前に立った。


「東雲、白雲。お前たちが捨狼の……いや、日本の希望だ。だから……」


「分かってるってじいちゃん。希望を与えるものは立ち振る舞いも気をつけろだろ?」


 俺は反射的に答えた。


 根路隊長が眉毛をぴくっと動かしたが葉道艦長は笑顔で俺の頭をなでながら優しく話す。


「そうだ」


 俺は葉道艦長の手を払いのける。


「もう子供じゃないって」


「どこか?」


 白雲がぼそっとつぶやき、ジト目で俺を見ている。


「何だと?」


 俺が白雲に言い返すと葉道艦長は微笑してどこかに歩いて行った。

 その時背筋がピリピリと感じた。


「お前たち……」


 俺と白雲がくるっと振り返ると根路隊長が冷たい瞳で俺達を睨みぶちぎれていた。



 RX28年4月8日 22時 天空戦艦イザナミ出入口


 俺は薄緑の重厚な扉の前に立ち操作パネルをいじる。

 警告ランプが点灯しイザナミの出入り口が開くと風が艦内に吹き荒れる。

 風はすこし冷たく感じるが気持ちいいし、外をのぞくと満天の星空がとても綺麗であった。


 外を堪能していると誰かが俺に声をかけた。


「どこ行くの?」


 後ろを振り向くと白雲が髪を抑え片目を閉じながら立っている。


「墓参り」


 白雲は顔を伏せる。


「……意味ないよ」


「でも俺が忘れないためだ」


「……そう。私も行こうか?」


「いいよ。おまえの分まで拝んでくる」


「ありがと」


 俺は左手を上げて返事する。


「EDEL起動」


「ムラマサVer11.0起動」


 俺の右腕のEDELが赤色に輝き始める。俺の全身を赤色の光沢のある鉱石の様にも見える細胞が包み込む。太くも細くもない中程度の細胞が螺旋を描きながら動くと和装の甲冑の様な赤色の外皮を形成させる。右腕の細胞が異常に肥大化して引きちぎれると右腕は元の甲冑のサイズに戻る。地面に落ちた赤い細胞は形状を変化させ1m程の刀になると変異をやめ、俺を待っている様にどくどくと脈打つ。俺が赤い刀を地面から引き抜くと刀の鼓動を感じた。


 赤のスピードシューズが輝き甲冑の背中と踵から噴出口の様なものが形成される。


 軽くその場で二度三度ジャンプすると俺はイザナミから飛び降りた。


 真っ逆さまに落ちていく俺の体から赤い光が漏れ出す。その赤い光が収縮され噴出口から飛び出すと俺の体を滞空させる。


 飛び出す光をイメージする事で自在に空を飛べるのは何度やっても快感だ。


 もし叢雲やアザミが生きていたら競争とかしてたんだろうか?

 絶対したな。

 アザミは負けず嫌いだったし、叢雲は意地っ張りだったから……。

 まあでも俺が一番早いと思うけど……。

 本気で勝負できる相手が白雲だけだとつまんねえな。

 ほんと……つまんねえ。


 俺は赤い軌跡を夜空に残しながら二人が死んだ場所に向かった。

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