第3話 初陣
RX28年4月9日 11時 イレクト大阪支部 特別病棟
ドアも内壁も床も備品も何もかもが白い部屋に行くのが今日の僕の務めだ。
五畳ほどの部屋には備品としてベッドと棚と寝たまま食事がとれる机が置かれている。
ベッド上には布団を肩までかぶったアザミが横たわっていて点滴をうっている。ピンク色の清潔な患者服を着て今日は調子が良さそうに見えた。調子がいいと言っても黒髪はぼさぼさで傷みきっていて口から唾液を漏らしているのはいつものことである。どこを見ているか分からない瞳がいつも僕を攻めている気がした。
僕は目を反らしアザミの手を握る。手はとても冷たく感じるが微かに脈打っている。
「誕生日おめでとう今年の分もここに置くね」
僕はベッドの横にある棚に開封されていない誕生日プレゼントをまた一つ積み重ねた。
「ははは、アザミはシャイだな」
僕は机の上に置いてあった真新しいハンカチでアザミの口元を拭う。
「ほら、綺麗になった」
僕の声だけが虚しく響くと僕は意味もなくハンカチを床に叩きつけた。
僕は無力だ。
何もできない。
何もできないくせに子供だからといって何かを望む。
望んでも何も叶わない事は分かっているのについ望んでしまう。
子供でいるのはもう嫌だ。
無力な子供でいたから僕は多くを失った。
早く大人にならなければ全てを失う。
失わない様に今を生きるための力を持たなければならない。
本当に必要なモノだけを守る力があれば生きていくための願いなんて必要ない。
必要ないんだ。
けたたましいサイレン音がアザミの部屋に鳴り響く。
「総員、第一種戦闘配置」
自動音声は僕がここいる意味を告げる。
「叢雲、聞こえるか?」
自動音声とは別にEDEL回線からの直接通信で頭に声が届く。
「御出隊長、聞こえております」
「特殲は5番ゲートだ。お前が裏切者でない事をここで証明しろ!」
「了解。イレクトが創る世界の為に」
僕は何も言わず、アザミの部屋から飛び出していった。
RX28年4月9日 11時30分 イレクト大阪支部 5番ゲート付近
狭い地下通路を隊員たちが迷うことなく走りぬける。
それぞれが持ち場に向かい戦闘準備に着こうとしていた。
洗練された動きの中で不安の声や愚痴が所々で聞こえる。
「何でこんな時に? まさかダイダラが動いたのか?」
「いや捨狼の奴らがまた余計な事をしたに違いない」
「いいから早く持ち場に着け!」
士官が部下の無駄口に気づくと檄を飛ばした。
僕も急がなくてはならない。
僕が持ち場に着いた時、既に2人の上官が待っていた。
「遅いぞ!」
御出隊長が僕に気づくと叫んだ。
「これだからガキは……」
身長180cm程のしなやかな筋肉をした肉体美を白いウエットスーツで包み、中性的な顔立ちをした黒い長髪の男がさげすむように僕を見ている。
「すいません。引臣副隊長」
引臣副隊長は何も言わず、御出隊長の方を向く。
御出隊長は僕がゲートにたどり着くとEDEL回線で本部と通話を始めた。
「特殲、揃いました」
「……」
「了解」
渋い声で御出隊長が返事をする。
「本部からの指示だ。我々は旧阪神高速16号大阪港線を抑える」
「了解」
引臣副隊長に続き、僕も答える。
5番ゲートの搬入口がせり上がり旧阪神高速16号大阪港線に移動を始めた。
僕にとっては初めての実戦だ。
どんなに訓練を積んでも体は正直なものでわずかに震えていた。
怖いのかもしれない。
いや……むしろ楽になれるのかもしれない。
でも僕がいなくなったらアザミはどうなるんだろうか?
それとも何も考えなくて済むなら……
鈍い衝撃が僕の頭を空っぽにする。御出隊長の太い腕が僕の頭を叩いていた。
「気を抜くな!」
「すいません」
大人たち囲まれると謝ってばかりいる自分にうんざりする。
「俺に続け! EDEL起動」
「トールVer1.14起動します」
左手についていた御出隊長のEDELが黄緑色に輝き始める。御出隊長の全身を黄緑色の光沢のある鉱石の様にも見える細胞が包み込む。図太い細胞はうねうねと御出隊長の全身を這いずる様に拡張していくと西洋の重装甲冑の様な黄緑色の外皮を形成させる。左腕の細胞が異常に肥大化して引きちぎれると左腕は元の甲冑のサイズに戻る。地面に落ちた黄緑色の細胞は形状を変化させ1.3mある巨大なハンマーなると変異やめ、びくびくと痙攣させながら持ち主を待っている。御出隊長はそのハンマーを右手で軽々と持ち上げ肩に担ぐ。
「了解。EDEL起動」
引臣副隊長が御出隊長に続きEDELを起動させた。
「ブライVer1.10起動します」
右手についていた引臣副隊長のEDELが紫色に輝き始める。引臣副隊長の全身を紫色の光沢のある鉱石の様にも見える細胞が包み込む。か細い細胞が引臣副隊長の全身を素早く駆けずり拡張していくと和装の軽装甲冑の様な紫色の外皮を形成させる。両手、両足には杭の様なものが放出できる器官がついている。引臣副隊長が二度三度拳を振りぬくとその度に杭が飛び出していた。
僕も覚悟を決め、EDELを起動させた。
「EDEL起動」
「マサムネVer11.0起動」
僕の左手のEDELが青色に輝き始める。僕の全身を青色の光沢のある鉱石の様にも見える細胞が包み込む。太くも細くもない中程度の細胞が螺旋を描きながら動くと和装の甲冑の様な青色の外皮を形成させる。左腕の細胞が異常に肥大化して引きちぎれると左腕は元の甲冑のサイズに戻る。地面に落ちた青い細胞は形状を変化させ1m程の刀になると変異をやめ、僕を待っている様にどくどくと脈打つ。僕が青い刀を地面から引き抜くと刀の鼓動を感じた。
戦闘準備が整うとちょうど地下から地上にたどり着いた。
地上に出た僕たちの前には赤い錆びついた橋を渡ってくるゴーレムの群れが見える。
くすんだ様々な輝きを放ち真昼間だというのにパレードを無許可で行っている。
僕は笑いが止まらなかった。
EDELを起動させると雑念が消えて心地いい。
目の前のゴミを処分していけばいいだけの簡単な仕事だ。
「G2、G3は俺と引臣が担当。G1は叢雲が担当だ」
「了解」
御出隊長と引臣副隊長が何か話している様に思えたが僕は目の前のゴミに向かって走り出していた。
「待て! 叢雲!」
ははは!
楽しい!
ゴミは処分だ!
赤い橋を最初にわたってきたG1型のなり立てのゴーレムが見える。がりがりにやせ細った男で汚らわしい服装をしたイレクトに入れなかったゴミだ。逃げる途中でゴーレムにEMETH細胞核を埋め込まれて変異したのだろう。瞳は血走っており僕を睨みつけて、首元には深紅の輝きをしたEMETH細胞核を持っている。
僕はそのG1型ゴーレムとの距離を一瞬で詰めた。青い光の軌跡を描きながら一直線に突っ込むと刀を一度ふり右手を伸ばしてEMETH細胞核をG1型ゴーレムから引きちぎる。ぶちぶちとした細胞が引き剥がされていく感覚が手に伝わり僕の青い甲冑をG1型ゴーレムの血液で染めていく。
G1型ゴーレムはまるで宝物を奪い返そうとして僕に掴みかかってくる。
しかし、僕の刀は既にG1型のゴーレムの両腕を切り落としているので脅威はすでにない。
何もできないG1型ゴーレムの目の前でEMETH細胞核を握りつぶす。
「君には必要ない輝きだ」
パリン!
EMETH細胞核が粉々に砕け散るとG1型ゴーレムは崩れ落ちた。
握りつぶしたEMETH細胞核が僕のEDELに吸収されていくと脳に快楽が溢れる。
疑似体験はしていたがこれ程までとは……。
GACHA結合といって他のEMETH細胞核を吸収する事で一時的にランダムな能力を強化させ、脳内ではエンドルフィンが多量に分泌され幸せに包まれる。強大な力を持つゴーレムのEMETH細胞核はより強い能力の向上と多くエンドルフィンが分泌される。
ははは。
気持ちいい!
なんて気持ちいいんだ!
「スピードが30秒強化されました」
僕のEDELが自動音声で通知する。
こいつG1型のくせになかなかいいものもってやがる。
訓練の時の数倍楽しいじゃないか!
心が躍る!
生きている実感をもっと僕にくれよ!
さあ次は君だ!
水色の巨大な石人形とも見えるG2型ゴーレムに狙いをつけ走り出す。
G2型はEMETH細胞核が成長し、死体を覆い隠す外皮を形成させる。特殊な力は持たないが腕力や耐久力がG1型に比べ飛躍的な上昇をしており、弱点であるEMETH細胞核が内包してあるので脅威である。
しかし、僕は先程よりもはるかに速い動きでG2型ゴーレムに切りかかる。
G2型ゴーレムもあり得ない程の反応速度で応戦するが僕の青い光が残す粒子の残像を攻撃するのでやっとである。
僕の攻撃は避ける事も防ぐこともできない哀れなG2型ゴーレムは水色の光沢のある外皮をバターの様に切り裂かれていくと、中から出てきたのはぼろぼろの服装から見てかなり前にゴーレムになった20代ぐらいの女性が確認でき、胸元には水色のEMETH細胞核が光り輝いている。
僕はごくりと生唾を飲み込んだ。
なんて綺麗なんだ!
僕が狩り獲ってあげるよ!
G2型ゴーレムは無駄な抵抗を続けるが素早くなった僕の敵ではなかった。
G2型ゴーレムの両手両足を切り落とし、僕の方に倒れ込んでくると右手を伸ばし胸元からEMETH細胞核を引きちぎると引き剥がした女性の肉体は渇いていて細胞核を引き剥がすと粉々に砕け散ったがG2型ゴーレムは形状に変化なくまだ動いている。
僕は引きちぎった水色のEMETH細胞核を握りつぶす。
パリン!
「ごおおお!」
G2型ゴーレムが断末魔とも思える音を発すると水色の粒子となって粉々に砕け散った。
握りつぶしたEMETH細胞核が僕のEDELに吸収されていく。
この瞬間がたまらない。
G1型なんか比ではない気持ち良さが脳を巡る。
なんて心地よさなんだ。
能力強化なんてどうでもいい!
もっとGACHAを!
もっともっと!
もっと……もっと欲しい!
あれから……どれだけのゴーレムを狩ったが分からないが脳が渇く。
もっと強いものが欲しい!
僕の願いを聞き入れる様に禍々しい灰色の光を放つ巨大な石人形が僕の前に現れた。
G3型ゴーレムである。
EMETH細胞核が成長しきると粒子を飛散させる。EDELをつけていない人間が粒子を吸い込むだけでゴーレムに変異させる。また飛散したEMETH細胞核を様々な武器として使う事が確認されている。
君はどんな想いを僕にくれるんだ?
さあやろう!
愚直な突進。
GACHAで強化されまくった僕は最強だ!
これでも十分通用する。
根拠のない自信が僕を支えていた。
しかし眼前を灰色の閃光が遮る。
あれ?
これはアザミの光?
アザミの色もこんな色だったかな。
激しい衝撃が僕の体を突き抜け甲冑をまき散らしながら後方へ吹き飛んだ。
それからの事は覚えていない。
気が付くと僕は病院のベッドで目を覚ました。
体がしびれて動かない。
でも僕は生きている。
なんで……。
なんで僕は生きているんだろう?
一筋の涙がこぼれ落ちた。
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