第1話 あの日の思い出(1)

 RX年世界中に突如として現れた黒い雲は七日七晩の間、死の灰をまき散らした。


 死の灰は人類以外にとっては何の害もなく地面に落ちても直ぐに消えてなくなる特性を持っていた。しかし人類にとっては吸い込んだものを化け物へと作り変える恐ろしいものであった。


 化け物は後にゴーレムと呼称される死人を媒介にした人類の天敵である。ゴーレムは体のどこかにEMETH細胞核という赤、青、緑などに輝く宝石の様な物質を持ち、細胞核が成長すると取り付いた人体を覆う石の様な外皮を形成し凶暴性や殺傷能力をさらに高める。人だけに襲いかかり口からEMETH細胞核の分体を人体に埋め込むことで人をゴーレムへと変えてしまう。


 人類はゴーレムに近代兵器で応戦するがEMETH細胞核から出る独特の輝きがあらゆる近代兵器を無効化してしまう。


 滅びの道を進む人類はゴーレムに対し大量殺りく兵器を用い早期決着を目指したが、大地が汚染されただけで何の効果も得られなかった。


 絶望する人類であったがゴーレム達はなぜが海辺を避けるという特性があり、首都機能を人工島に移管し、世界中でゴーレムに対し、研究、対策が練られ、世界の首脳たちはゴーレムに対し協力して対処できる世界再生機構イレクトを創設する。


 RX5年世界にゴーレムが現れて5年の月日が経ち、人類は7割の人口を失う事になったが、人類の反逆が始まる。


 イレクトがEMETH細胞核を利用した対G型近距離殲滅兵器EDELを開発。

 

 EDELはEMETH細胞核から出る特殊な輝きを兵器流用したものでゴーレムのEMETH細胞核を破壊できる。またEMETH細胞核を人為的に活性化させる事でゴーレムの様な外皮をまとわせ人間に強靭な力を与えるものである。


 RX8年人類はEDELの活躍により陸地を取り戻していくが致命的な欠陥に遭遇する。


 EDELを過度に利用すると人をゴーレムに変異させてしまうという問題が発生。


 RX11年イレクトは禁忌の研究に着手する。


 EDELの生みの親である雪雲博士が作られた英雄計画を執行。


 RX13年4月9日作られた英雄計画は無事に成功し、東雲、叢雲、白雲が生まれる。

 

 人類の終わりはここから始まる……。




 RX22年4月9日10時 イレクト東京支部

 東京ゲートブリッジを越えた先にある人工島が日本の首都であり最も安全な場所である。

 

 中に入れるのはイレクトの人物かごく限られた優秀な人物だけである。それでも人が多く感じるのはこの場所ぐらいだろう。


 厳重に封鎖された橋を抜けた先にはわずかな広場があって周りにはコンテナの様な銀色の強固なシェルターが複数並んでいる。シェルターの内部は青を基調とした清潔なドアがずらりと並ぶ。その一つ一つがエリート達の住居であり個室ではあるがベッドがあるだけの小さなスペースしかない部屋であった。


 そして人工島の大部分を占める窓一つない白乳色のコンクリートの外壁にガラスコーティングが施された5階建ての研究施設がある。建物の一番高い場所にはイレクトの象徴的なカワセミの旗がはためく。


 研究所の内部は白で統一された空間であり、つるつるとした光沢のある床にざらざらする内壁が所々を区切っており、様々な研究機材が並べられていて白衣を着たエリート達が日夜研究を繰り返している。


 研究所の奥にある所長室と書かれた少し大きめの部屋。

 

 部屋の中は整理整頓がしっかりとされており、少し大きめの部屋だというのに机と椅子しかない。

 机の上にはパソコンと電話、そして四人の子供達の写真が飾ってある。


 椅子には白衣を着た白髪交じりの頭をオールバックにまとめた知命の男が眉間にしわを寄せ、ふちのない眼鏡から鋭い眼光でパソコンを睨みつけ電話で誰かと話している。


「ええ、6番から待ちましたがようやくですね」


「……」


 電話から聞こえてくる声はしゃがれた男の声。


「そうですね。他国への義理立ても必要な事ですから」


「……」


「はい。スノーの様な失態はありません」


「……」


「もちろんです。イレクトが創る世界の為に」


「……」


 ブツっと音を立て電話が切れる。


 白衣の男は電話を置き、写真に目を向けると鋭い眼光が収まり優しい表情に変わった。


「私がお前たちを守る」


 白衣の男はすっと立ち上がると所長室から足早に出た。


 研究施設の中央に位置する上空から光を取り入れた開放的な広場の芝生で無邪気に遊ぶ四人の子供達。


 双子の男の子とツインテールの少女にセミロングの少女がお揃いの白いジャケットに白のショートパンツを着ている。


 子供達を見守る様に白いウエットスーツを着た30代の男女二人が立っている。


 男は身長190cm程の巨体に丸刈りの強面で鍛え抜かれた筋肉が歴戦の勇姿を思い返される。


 女は身長170cm程の無駄のない細身に黒髪のロングヘアーを後ろで束ねており、優しい表情を作ってはいるが、目の奥にあるのはどこか強さを感じさせる。


 見守っていた男が白衣の男に気づくと敬礼をする。

 

「雪雲所長お疲れ様です」


「ああ、そういうのは大丈夫だよ。御出さん」


「あなたが世界を救われるのですからこのくらいさせて下さい」


「私は世界を救えないよ。救うのはこの子たちだ」


「この子たちが……」


「あっパパだ!」


 セミロングの少女が雪雲所長に気づくと駆け寄り抱き着く。


 雪雲所長はセミロングの少女を抱き上げる。


「大きくなったな。アザミ」


「えへへ」


 アザミを見ていた他の子供達も雪雲所長の元に集まる。


「ずるいよ。アザミちゃん!」


「パパ見て! 俺、早いよ!」


「パパを困らせたらダメだよ」


 雪雲所長はアザミを下ろすと笑顔で一人ずつの頭をなでていく。


「白雲も大きくなった」


 ツインテールの少女は満面の笑みを浮かべる。


「うん!」


「東雲は凄いな」


 双子の一人が走り回りながら答える。


「でしょ!」


「叢雲は優しくなったな」


 双子のもう一人は照れながら答える。


「僕はパパみたいになりたいんだ!」


「いや……パパみたいにならなくていいんだよ」


 叢雲が首をかしげる。


「え? どうし……」


 東雲が盛大に転ぶ。


 雪雲所長が慌てて駆け寄ると東雲は右の膝頭に切り傷を作る。


 見守っていた女が素早く走ると救急箱をもって帰ってきて治療しようとするが雪雲所長が止めた。


「私がやるよ。根路さん」


「いえ、私の仕事ですから」


 雪雲所長は優しく微笑む。


「いや、やりたいんだよ」


「失礼しました」


 雪雲所長に救急箱を渡しながら根路が小声で話す。


「本日、ふたふたまるまる決行です」


「ありがとう」


 雪雲所長は救急箱を受け取ると東雲の治療をし始めた。その顔はどこか強張っていた。


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