願いよ叶え、いつの日か

安倍医院の先生は、女医さんだったことに雄二は驚きを隠せなかった。更に驚愕の事実が明らかになる。

「すみません、遅くに。この女性が体調が悪いと言うことで、此方に伺いましたが」

女医の僅かな横柄さに恐る恐る様子を探る。

「あ、そ。で、どんな風に?」


【あれ、この声は何処かで聞き覚えがある様な?うーん、思い出せない】


「どんな感じですか?」

雄二は振り向いて美人さんに問うた。

「ええっと、何か気だるい様な。さっき此の方に出会う前は結構しんどかったんですが、何だか回復した様な気が...」

また、何ともこの女医を苛つかせる様な病状報告に、

「じゃ、診察しなくてもいいですね」

「いや、念の為診察して頂けますか?この女性は此方に越してきたばかりで勝手が分からないんです」

「あら、貴方。随分と優しいのね。あなた方、お知り合いなの?」

「いいえ!」

雄二と美人さんがシンクロして答える。心なしか美人さんの両頬に仄かに赤味がさしている。


「ああっ!」


大声が院内にこだまする。と言っても、女医以外誰もいないようだ。

「あれ、さっき一緒に安倍神社まで行きましたよね!?」

「あら、今更思い出したの?私の次はこんな美人さんとデート?」

「ち、違いますよ!偶然道で出会って、具合が悪いって言うから」

「また〜、隠さなくていいわよ。私も時も鼻の下伸びてたし」

【ば、バレてる】

動揺が隠せない雄二は、ふと後ろを振り返り、美人さんを見やった。

美人さんは、此処に居づらい様な雰囲気を醸し出している。明らかに表情が暗い。

「そうなんですか。お二人こそお知り合いなのね」

「違いますよ!」

今度は、雄二と女医がシンクロした。

「私は大丈夫なので、お二人でお話でもして下さい」

「い、いや、そんなんじゃないんですって」

「じゃぁ、どんななんですか?私誠実じゃない人、キライなんです」

美人さんは、白い扉を勢いよく開けて出て行ってしまった。

「あ、まって...」

と扉を開けると、美人さんの姿は無く、一羽の燕が飛び去って行くのが見えた。

雄二は肩を落とした。


女医は玄関にまだ立っていた。

「あら、お気の毒さま。結構な別嬪さんだったわね。(逃げた魚はきれい)だったかしら、ことわざ」

【ぬぐ〜】

皮肉の嵐の前に風前の灯である雄二。

「私とは正反対な感じね。まぁ、不誠実って言われてもしょうがないわね」

「いつ俺だって分かりました?」

「そんなの、一目瞭然よ。声で分かったわ。鼻の下伸びてたし」

「それ、二回目ですよ」

「そういうのは、すぐ分かるのね。まぁ、鼻の下を縮める手術なら、いつでもどうぞ。それじゃ」

女医は踵を返すと、スリッパを鳴らしながらすたすたと医院の奥へと歩いていった。通路を右に曲がるとスリッパの音は消えた。何かが爪をツルツルの床に引っ掛けて跳ねる音がした。


安倍医院を後にした雄二は、

「何かおかしいと思ったんだよなぁ。そんな旨い話は無いとは思ってたけど。御籤逆じゃねぇか。高額献金したのに。なんて日だ!」

安倍神社神社の重なっている鳥居を背に、怒号が響き渡る。その時、重なっている鳥居が、薄黄色になっているのを雄二は気づいていない。

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