第11話 ツンデレ?
聞こえてきた夕凪の声に、一瞬だけ期待してしまったがすぐに我に返った。もしかしたらプリント見せてもらえるかもなんて夕凪に限ってないだろ。万が一見せてもらえたとしてもきっとすごい嫌そうにするんだろうなぁ。それを思うと自分から『見せてくれ』とお願いする気はあんまり起きない。
「おはよう遥」
プリントを写す様子を見ていた青羽が夕凪を振り返る。夕凪も同じく挨拶を返しているが、こちらを振り返った時の表情は呆れたものに変わっていた。
「日本史って一時間目じゃない。間に合うの?」
「無理っぽい」
プリントに集中しながら返事をすると、さらにため息が聞こえてきた。……なんか腹立つなコイツ。忘れた自分が悪いのはわかってるが、あからさまな態度にはイラっと来る。
「遥も白石くんにプリント見せてあげたら?」
そこに青羽の助け舟が入ってきた。見せてくれるんであればありがたいが、相手が夕凪というのがちょっとアレだな。
「えー」
案の定不満の声が聞こえてくる。
「もうすぐ一時間目始まるじゃない……」
まぁ確かに。席の離れている夕凪にプリントを借りるということは、借りている間は手元にプリントがなくなるわけで。授業が始まって先生が来た時点で席を立っていれば注意される可能性もないこともない。
いやギリギリまで友達としゃべって席を立ってる生徒が他にもいないことでもないし、注意といってもそこまで言われるほどでもないだろう。だがそれが俺のためとなるとどうだ。俺を嫌いであろう夕凪が、俺のためにそこまでしてくれるだろうか。これが逆の立場だったらどうかと考えればすぐにわかる。俺なら嫌だからね。なんでこんな奴のために……と思ってしまってもしょうがないというものだ。
「ほら……、遥……」
青羽が夕凪に耳を寄せて何か言ってるようだが、残念ながら聞こえてこない。いやそんなことよりプリントだ。あと数分で一時間目が始まってしまうのだ。「でも……」と躊躇する声が聞こえてくるが無視だ。余計なことを考えている時間はないんだ。
「……わかったわよ」
諦めたような声音とともに夕凪が自分の席へと戻るのが視界の隅に映る。……と思ったら戻ってきた。
「ほら」
「……ん?」
目の前に差し出されたプリントに思わず顔を向けると、そこにはさっきより機嫌の悪そうな夕凪がいた。
「貸してあげるから、さっさと写しなさいよ」
「え……?」
「ほら! 一時間目はじまっちゃうでしょ!」
躊躇していると押し付けるようにして青羽の席へと去っていく夕凪。ポカンと後ろ姿を見送るが、ハッと我に返ると急いでプリントを写し始めた。貸してくれたのはびっくりだが、とりあえず今は考えている暇はない。俺は無心になって手を動かし続けた。
「ぶはははは! よかったじゃん」
「……まぁ何にしろ助かった」
あれからほどなくしてチャイムが鳴り、担任の狛谷先生が教室へと入ってきた。教室の前の方の席である青羽の位置から自分の席へと帰るとき、傍を通った夕凪へとプリントを手渡した。一応見せてもらったのでお礼だけは言ったんだが、ひったくるようにして受け取ると「ふん……、陽菜子に感謝しなさいよね」と捨て台詞を残して自分の席へと帰っていった。
態度に不満はあるが助かったことには変わりない。全部写せたわけではなく、さらに運悪く先生に当てられたが写せた範囲内だったこともある。
「んー、夕凪ちゃんってああ見えて、そこまで白石のこと嫌ってないのかも?」
「――はぁ?」
何か考え込んでいたかと思ったら、空閑から意味の分からん言葉が聞こえてきた。
あの夕凪が? 俺のこと嫌いじゃない? いやいや、そんな馬鹿な事あるわけねぇし。あの態度見ればわかるだろ。顔合わせるたびに不機嫌そうにしやがるんだぞ。
「んなことあるわけ――」
どれだけ俺のことが嫌いかの理由を並び立ててやるが、空閑はニヤニヤするだけでまったく納得する様子がない。
「いやいや、だけど今日だってなんだかんだ言ってプリント見せてくれたじゃん?」
「あれは青羽が頼んでくれたからだろ?」
即座に否定するが、あのときだってしぶしぶといった様子だったんだ。いやまったく、青羽のおかげだ。本人にプリントが借りれたわけじゃないが、青羽には感謝しかないな。ことあるごとに敵視してくる女とは大違いだ。
「まぁそれもあるけど……」
「けど……、なんだよ」
含みのある言い方をする空閑をジト目で睨みつけるが、相変わらずその表情はニヤニヤしたまま変わらない。
「いやほら、実はあれですげーツンデレだったら面白いなーと思って」
「はぁっ!?」
どこがだよ!? まったくもってデレ要素がないんだが……。
「逆に裏がありそうで怖いなそれ」
「ぶはははは! 白石も徹底してるな! っていうかさ、お前からもちょっと歩み寄ってみたらどうよ?」
なんでだよ。
むしろ俺の方が歩み寄ってるほうじゃねぇか? まぁ故意じゃないにしろパンツを見てしまったんだ。悪いと思ってはないが一応謝ったんだぞ。それとも一応過ぎて心がこもってないとか言いたいのか?
「お前だって、夕凪ちゃんが近づいてきたら身構えて不機嫌そうになってるからな。もうちょっと態度を緩めてあげたら?」
「……」
そうなのか。……自分では気づいてなかったが、俺もだったのか? 確かに……、視界に入ったら「来やがったか」とか思ったりはしていた。できるだけ普段通りを心がけてたつもりなんだがな……。
急に真面目な表情をした空閑に、俺は何も言い返せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます