第62話 未来を壊すという罪
未希との通話を終えた美奈はリビングで両親と夕食をとっていた。
今日の夕食は冷やし中華であり、ローストハム、胡瓜、薄焼き卵を薄切りにし、合わせて薄めの半月切りにカットされたトマトが酢醤油ベースのたれに浸った中華麺の上に円を描くように並べられていた。
この夏の暑い時期はなにかと食欲も減退されがちではあるが、これならばと美奈も麺を啜っていく。食事前に母がお好みで、と用意した練りがらしを加えた為、口内にはからし独特の辛味が広がっていき、これが中々クセになる。
「へえ、海に」
食事の中に談笑を交えて、食卓に花を咲かせる。
両親との会話に楽しそうに食事を進めていた美奈は話題に未希に誘われた海についても話すと、父が関心を示した。
「うんっ、明日は沙耶ちゃんを誘って水着を買いに行くんだー。なに買いに行こっかなー?」
「海ねぇ……。懐かしいわね、昔はよくパパと一緒に行ったわよねー」
海そのものも楽しみではあるが、その為の準備も楽しみの一つだ。
新しく水着を用意する予定ではあるが、数ある水着の種類の中からどの水着を選ぶか想像している美奈を横目に話を聞いていた母は若かりし頃の思い出を思い出しながら、愛する夫に当時のことを振り返ろうと話かけると父はうんうんと頷く。
「ママはその頃になると、よく無茶なダイエットをしてたよ。そのせいで当日に体調を崩したなんてのもあったなぁ」
「そ、そういう事は言わなくていいのっ!!」
懐かしそうに父が当時のエピソードを笑い話に美奈に話すと母は流石に自分でも恥ずかしいと感じている話を明かされてしまうのは抵抗があるのか羞恥に顔を染めながら、その肩を強めに叩く。
「ママ、そういう事してたんだねー」
「う、うるさいわね……。そういう美奈だって油断してたら知らないわよ! 最近、アイスばっかり食べてるのは知ってるんだからっ」
いったー……と妻の抗議に苦笑している父を他所に美奈はニヤニヤとからかうように母に話しかけると、好きな人の為にダイエットをしたのだが、それが裏目に出てしまったことに気恥ずかしそうにしている。
だがいつまでも娘にいいように言われっぱなしなのは我慢ならないのだろう。
反撃とばかりにここ最近の美奈の間食について触れると、美奈も自覚はあるようでバーベキューの帰りに沙耶に言われたことを思い出しながら、うぐっ……と苦い顔でたじろいでいた。
「そう言えば葉山さんちの昌弘君が一人立ちしたんだって?」
「うん、ケーキ達も結構、顔出してるってさ」
狼狽えている美奈に反撃が成功してふふん、と得意げに笑っている母。そんな二人のやり取りを言い出しっぺながら笑って見ていた父は次の話題に近所の噂か何かで聞いたのであろう昌弘の一人立ちについて話すとここ最近、啓基から聞いた話を口にする。
「あの子も立派になったわねー。まだ小さい頃の記憶が抜けてないわ」
「このままだと結婚したり、子供が出来たりするのもあっという間かもね」
両親にとって、昌弘は美奈も知らない幼い頃から知っている為、そんな子供だった存在が今はもう一人立ちが出来るほどの大人になったと思うとそれまでの年月も考えて感慨深そうに話をしていた。
「美奈はどうなのかしら?」
「えっ?」
美奈はまだ高校生だが、今振り返るとここまで何だかあっという間に感じてしまう。その為、両親の言葉に共感して頷いていると、不意に放たれた母の言葉に動きを止めた。どうなのかしら、と言われても、どういう事なのかと母を見やる。
「美奈も将来は結婚して、子供を産んだりするかもしれないわけでしょ」
「そうなると、どんな子に育つんだろうな」
言葉の意味を探すような美奈の視線に気づいた母は先程の言葉の意味を説明すると、父も娘が子供が産んだらどんな存在になるのかと想像を膨らませる。
「私達にとっては孫になるのよねぇ」
「孫かぁ……。でもそれはそれで楽しみだね。おじいちゃんとか言われるのかぁ……」
「ランドセルやお洋服を買ってあげなきゃね」
高校生の娘がいるが、もう少し経てばもしかしたら子供を産むかもしれない。
そしてその子供は自分達にとっては孫なわけだ。孫の存在に両親は美奈をそっちのけで子供のように楽しそうに話を膨らませている。想像を働かせるそんな両親の会話に美奈は参加してはいなかった。
(……子供)
……出来なかったと言った方が正しいか。
子供という言葉に先程まで両親との会話を楽しんでいた美奈は視線を下げて、複雑そうな表情を浮かべていた。
確かに美奈は女性で、子供を産むことは出来る。
両親も美奈が愛する存在との間に子を宿す事を望んでいる。
……だが美奈にとっての愛する存在は沙耶なのだ。
沙耶との関係がある今、美奈が子供を産むことはないだろう。同性愛を選んだ以上、美奈も結婚して子供を産むなど今まで考えたこともなかった。それが今、世間一般の“当たり前”を強く目の前に叩きつけられているようだった。
長く続いてきた繋がりとも言える生命の育みを美奈は自らで断ち切った。沙耶を愛している以上、例え世間から否定されてもこの道を歩くことを迷わずに堂々と進み続けるつもりだ。
しかし両親は美奈と沙耶の関係については知らない。
ここで明かすべきか、だが目の前で産まれてこない孫の存在とこれからの将来のことについて楽しそうに話す両親にかける言葉が見つからなかった。
別に他人が話しているのであれば気にならなかっただろう。
たが何より両親が話しているからこそ気になってしまった。
両親は今なお未来のことを話している。
だが美奈には二人が今この場で思い描く未来を叶える事は出来ない。
……美奈にはこれまで続いてきた命の連鎖を更なる未来へ繋げる事は出来ないのだ。
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