第63話 二人でいれば

 

『美奈も将来は結婚して、子供を産んだりするかもしれないわけでしょ』

『そうなると、どんな子に育つんだろうな』


 美奈の未来、延いては彼女が将来、産むかも知れない子供の存在を想像していた両親。あれから時間も経ち、日付も変わったと言うのにいまだ美奈の頭の中には両親の会話がずっと脳裏に過っていた。


 同性愛は非生産的……よく言われる言葉だし、自分でもよく分かっているつもりだ。別にその事を指摘されてもだからなんだと堂々と胸を張って向き合うつもりでもいた。何を言われても自分達の想いは間違ってはいないと誇示していくんだと……。


「──……っ」


 だが何も知らない両親からの言葉が胸に刺さったのだ。

 かつての啓基のように強い拒絶を見せた時も胸が痛んだが、何も知らないからこそのあの態度にも胸が締め付けられる。


「──……ん」


 だからと言ってそれで沙耶との関係を見直そうだなんて思わない。

 これからもずっと沙耶との関係を続けていくし、この関係を終わらせることはありえない。だが愛する両親を何だか騙しているようで、自分の人生とはいえ両親が思い描いていた幸せな未来を壊しているようで罪悪感のようなものが生まれたのもまた事実であった。


「──……ゃん」


 いずれは両親にも沙耶との関係を打ち明けるつもりではいた。何故ならばいつまでも隠しきれるとも思っていなかったからだ。だからこそ自分から二人に明かすべきだと考えていた。しかしそれがいつ明かすかまでは考えていなかったのだ。もはや両親に隠さずに沙耶との関係を近いうちに明かすべきなのか、悩んでいた時だった。


「美奈ちゃんっ!」

「えっ!?」


 不意に腕をがっちりと掴まれ、名前を強く呼ばれる。

 ずっと思考に没頭していた美奈はここで漸く我に返った。


 視界には行き交う人々の様子がどんどん広がっていき、皆思い思いにショッピングを楽しんでいる。ここは美奈達の住む二郷から電車で数十分の場所にある百貨店であった。隣には自分の手首を掴んで顔を僅かに顰めて怪訝そうな顔でこちらを見ている沙耶がいる。今日、この百貨店に訪れたのは昨夜、両親にも話した通り、沙耶を誘って新しい水着を買いに来たのだ。


「今日はずっとボーっと間抜け面を晒してますが、どうしたんですか?」

「な、なんでもないよっ! ちょっと寝不足かなっ? あは、あははっ……」


 我に返ったばかりの美奈は注意力が散漫となっており、行き交う人々とぶつかりそうになりそうなところを沙耶がそのまま掴んでいる手を引いて引き寄せる事で事なきを得る。


 今日は美奈に誘われて、この百貨店に訪れたわけだが、どういう訳か美奈はずっとぼんやりしている。彼女に何があったのかを知らない沙耶は気になって、尋ねるものの美奈はどこか慌てた様子で取り繕うようにしてぎこちない笑みを浮かべて、おどける。


「……誤魔化すのが下手ですね」


 そんな美奈の取り繕った笑みを見た沙耶はボソッと消え入りそうな声で呟く。


 美奈の笑顔を何よりも愛する彼女だ。

 だからこそ何かあってにも関わらず、そのあまりにも下手な誤魔化し方に軽い嘆息をしてしまう。もっとも独り言のように呟いたので、美奈はちゃんと聞き取れておらず、「えっ?」と何を言ったのかもう一度聞こうとするが、何でもありませんといつもの澄まし顔ではぐらかせてしまう。


「それよりも水着を買いに来たとのことですが……」

「うんっ! 折角の海だしね。可愛い水着を買って目いっぱい楽しまないとっ」


 今日の目的は誘われた時点で聞いてはいたのだろう。

 水着の話題を出した沙耶に美奈も先程の取り繕った笑みではなく、活発な笑みを浮かべながら答える。


「……学校の水着がありますが」

「それはないと思うよ沙耶ちゃん」


 水着を買いに来る……と言っても学校指定の水着がある。

 ある程度、好きな水着から選べると言っても、そこはやはり学校指定のもの。今の若者が海に遊びに行って着るような可愛いものとは言い難い。


 友達らしい友達がいない沙耶は美奈以外に海に行く事もプールに行く事もないので水着を買う事もない為にわざわざ新しい水着を買う事が解せないようだが美奈は首を横に振り、すっぱりと否定する。


「折角だし、今日は沙耶ちゃんに似合う水着を選ぼうねっ」

「……好きにしてください」


 そのままひょこっと沙耶の後ろに回り込んで、その両肩を掴むと横から愛らしい笑顔を沙耶に向ける。こうなってはもう仕方ないだろう、観念したようにため息をついて軽く目を閉じた沙耶に美奈はやったー、とその背中を押して水着売り場へ向かっていくのであった。


 ・・・


「沙耶ちゃんにはどんな水着が似合うかなー?」


 早速水着売り場に到着した美奈は傍らで自分に水着選びを任せた沙耶の水着を吟味する。

 一応、今年のトレンドは頭に入っているつもりだし、どうせならばとびきり沙耶に似合う水着を選びたい。数ある水着と沙耶を交互に見ながら、沙耶にもっとも似合う水着を探す。


(……意外と種類がありますね)


 ブツブツと呟きながら沙耶に似合う水着を真剣に選んでいるを他所に沙耶は周囲の水着を見渡す。流行りには疎いがやはり流行るだけあってどれもこれもとても魅力的な水着であり、その一つ一つを見るだけでも楽しい。


「だぁーっ! やっぱり着てもらうのが一番だねっ!!」

「……着せ替え人形は御免ですよ」


 その魅力的な水着の数々に美奈も中々、決まらずにいた。

 どの水着を選んでも沙耶に似合うだろうし、何よりここにある様々な水着を着ている沙耶を想像するのではなく直に見てみたい。


 両手に水着を持った美奈は沙耶に振り返って彼女に試着を求めると、その姿に苦笑交じりにため息をつきつつも美奈が候補に選んだ水着を手に取るのであった。


 ・・・


「やっぱりどれも似合うなぁ……」


 カーテンの閉じた試着室の前で美奈が悩ましげに一人呟いている。

 目の前の試着室には沙耶が入っており、今は着替えている最中だ。


 もうこれまでに自分が選んだ数々の水着を試着しており、かぎ針編みのクロッシェやチューブトップ型のバンドゥ、オフショルダータイプなど沙耶に着てもらったが、どれも素敵で中々これと決め難かった。


「……どうでしょうか?」


 水着を着終えた沙耶はカーテンを開いて、次をうずうずと待ち焦がれていた美奈に水着姿を見せる。


 今度の水着はホワイトとブラックを基調にしたクロスワイヤーデザインの水着であった。胸下の交差する飾りヒモはセクシーさを醸し出し、何よりこの水着がすっきりとした沙耶の元々の美しいスタイルを更に引き立たせているのだ。


「いいっ! すごくいいよっ!」


 今までどの水着にしようか悩んでいた美奈だが、目の前の沙耶を見て目を輝かせる。

 今の沙耶を見た瞬間、直感でこれが一番良いと思えたのだ。


「……では、これにします」


 高いテンションで水着姿を絶賛してくる美奈に沙耶もどこか気恥ずかしそうだ。

 照れ隠しをするようにそっぽを向いた沙耶はカーテンを閉じると、水着をこのクロスワイヤーデザインのモノに決めて私服に着替える。


「いやぁ良かった良かった……。眼福ってこのことだねー」


 両頬に手を添えて恍惚としたしまりのない表情を浮かべている美奈。

 水着は決まったが、今までの水着を着た沙耶の姿を思い浮かべれは何だかだらしのない顔をしている。


「それなら今度は私の番ですね」


 沙耶は先程の美奈の呟きが聞こえていたのだろう。

 着替え終えると美奈の言葉に答えるようにして試着室から出てくる。その沙耶の言葉が分からず、美奈が不思議そうな顔を沙耶に向けていると……。


「次は美奈ちゃんの水着ですよね。私も一緒に選びます」


 そう、今は沙耶の水着は決まったがまだ美奈の水着は決まってはいないのだ。

 何処か悪戯をするように目を細めて妖しく笑う沙耶に美奈はお手柔らかにー……と冷や汗を浮かべる。美奈が沙耶の水着を選んでいる間に沙耶も美奈がどの水着が似合うか考えていたのだろう。早速、候補となる水着達を取りに向かった沙耶に美奈もその後を追う。


 水着の数々を物色する美奈と沙耶。二人は当然、笑顔を浮かべている。例え何かがあったとしてもこうして二人でいるとすぐに忘れて幸せそうに笑う事が出来るのだ。

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