第56話 ささやかな休息を
荷物を纏めた昌弘達も帰路についていた。
昌弘達大人組は荷物を持っていく都合上、先に葉山宅に向かっていき、残った和葉達も帰り始める。
とはいえ啓基は綾乃の存在もある為、和葉と希空とは一緒に帰らず、家の方向の問題から彼女達と別れて綾乃を送り届けに行った。送り届けるのであれば和葉達も一緒に、と啓基に提案されたが家も別方向ではあるし何だかんだでバーベキューの疲れもある為、自分達は自分達で帰ると和葉と希空の二人は夕日も見え始めた空の下、帰路についていた。
「希空のせいで酷い目にあった……」
「いーじゃん、野菜も食べられたんだしさー」
バーベキューでは希空に拘束されて酷い目に遭った。
野菜もあれだけで終わらず、その後も綾乃から有無を言わさず野菜を食べさせられ続けた。恨めしそうに希空を横目で見やる和葉だが、当の希空はまるでそよ風を浴びているかのように涼しそうな表情を浮かべながら和葉の視線を軽く流している。
「今日は楽しかったよ、また誘ってねー」
そのまま別れ道となり、家の方向からここで別れる都合から希空は和葉に声をかけると飄々とする希空にこれ以上恨み節をぶつけても仕方ないかと嘆息すると同時に切り替えて彼女の言葉に頷くと、じゃあねと返す。
「あっ、そっだ。かーずは」
このまま家に帰ろうとする和葉であったが、その前に希空に呼び止められてしまう。
一体、何だろうと和葉は振り返って、希空を見やる。
「和葉はさー。白花に行くって言ってたよね?」
かつて昌弘に冗談でバーベキューを提案したあの日。
あの日に和葉が夕飯前に電話をしていたのは目の前の希空であった。確認を取るように和葉に彼女の進路先である白花学園の名前を出して問いかけると、その通りである為、和葉はそのまま頷く。
「んじゃアタシも白花にするよ」
「えっ、マジ?」
「大マジ。アタシも白花は考えてたし、和葉が行くんだったらそこにしようってね」
希空は夕陽に照らされながら目を細めると口元に微笑みを浮かべながら軽い口振りで己の進路先を明かす。とはいえ希空の進路先に関しては今初めて、それに何よりいきなりこの場聞いたために驚いてしまう。驚いている和葉の顔を見てクスリと笑った希空はその理由を明かす。
「何だかんだで和葉といると飽きないしねー」
何かすればコロコロと反応する和葉は見ていて飽きないのだろう。
それにこうしてバーベキューを誘われるほどには和葉と希空は気の合った友達同士なのだろう。すると希空は和葉の一歩手前まで歩み寄る。
「だぁから……もぉーっとアタシを楽しませてねっ?」
夕陽の光に照らされながら両手を後ろに組んで、微笑む希空の姿はどことなく中学生の少女とは思えないほどの妖艶さを醸し出していた。そんな希空の姿に思わず見惚れて言葉を失っていた和葉だが、希空はじゃーねーとお構いなしに軽く手を振って自身の帰路に就くと我に返った和葉も家に向かうのであった。
・・・
「ただいまー」
「おかえり、和葉」
和葉が帰宅すると、たまたま廊下に居合わせた啓基が出迎えてくれる。
どうやら綾乃を送り届けた啓基の方が早く帰ってきたようだ。
「マーサ達は?」
「あぁっ……今、そこで飲んでるよ? 悪酔いはしてないけど、一応お酒は入ってるから気を付けてね」
するとリビングから聞き覚えのある声達が盛り上がっているのが聞こえる。
一瞬、遠巻きにでも分かるそのテンションの高さに顔を顰めた和葉は昌弘たちについて目の前の啓基に尋ねるとリビングの方を指しながら答える。どうやら昌弘達は帰ってくると、酒を飲み始めてパーティーのように盛り上がっているようだ。
「……マーサってさ。いつまで家にいるの?」
「確か……来週とか言ってなかったっけ? 前々から結構準備は進めてたし」
リビングの扉を少し開けて、中の様子を伺う。
別に派手などんちゃん騒ぎをしている訳ではないが、多少の酔いが回っているせいか一つの話題で爆笑したりと大きなリアクションを見せている。
昌弘もそのうちの一人であり、頬を紅潮させ楽し気に話している兄の姿を見て、家族に見せる笑顔とはまた違う友人に見せる気兼ねない笑顔に近くにいる啓基に昌弘が後どれくらいこの家に居られるのか尋ねると啓基は昌弘から聞かされている日にちを思い出しながら答える。
「……寂しいの?」
「……っんなわけないじゃん」
ふーん、と答えるものの、その声は覇気はなくか細いものであった。
和葉はいつも昌弘と絡んでは賑やかに騒いでいた。そんな昌弘がいなくなるのは寂しいのだろう。その事を問いかける啓基だが、リビングの扉を静かに閉めた和葉は拗ねるようにぷいっと顔を背けて、そのまま足早に自身の部屋に向かい扉を開閉音が響く。
(素直には……いかないか)
和葉の反応を見て啓基は思わず苦笑してしまう。
正直に話してしまえば、啓基とて昌弘が家からいなくなってしまうのはとても寂しいことだ。その事について考えるだけ喪失感のようなものを感じてしまう。
それだけ自分にとって兄の存在は大き過ぎたのだろう。
だがいつかは別れの日は訪れてしまうものだ。それは仕方ない事だし、自分の都合で一人立ちしようとする兄を引き留めることは出来ない。だからせめて家にいるときの間は兄弟の時間を大切にしたい。
(……今日は良いかな)
扉の奥から賑やかに話している昌弘達の声が聞こえる。
兄には数々の相談に乗ってもらったりと力になってもらった。だが今日は折角、その友人も来ているのだ。兄と長くいられる時間は残り少ない為にその時間を少しでも兄と過ごしたいところだが、たまには家族の事も忘れて羽目を外すのも悪くはないだろう。
(今日くらいは……兄さんも息抜きしてね)
啓基も扉の奥の昌弘を想って一人微笑むと内心で言葉を投げかける。
そのまま昌弘達の話声を背に自身も自室へ向かっていくのであった。
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