第40話 俺を好きになった理由

「啓基君、その……私に似合いそうなものってありますか……?」


 人で賑わうポートシティ新二郷のショッピングモール。その中にあるアクセサリーショップで綾乃は色とりどりの様々なアクセサリーを眺めながら背後で控えるように立っている啓基に尋ねる。


「……んー……。そう、だな……じゃあこれなんかどうかな?」


 ただ何となしに漠然とアクセサリーの数々を眺めていた啓基は綾乃に尋ねられて身を乗り出しながらアクセサリーに集中する。あまりこのような事をした事がない啓基は綾乃とどのアクセサリーが相性が良さそうなのか考えていると、あるアクセサリーを見つける。


 それはシックな二連のブレスレットであった。

 綾乃の性格を考えても、あまり派手なものは似合わないだろう。ならばこういった落ち着いたものの方が綾乃には合うと考えたからだ。


「わぁっ、ありがとうございます!  じゃあ、折角だからペアのものを買ってきますね!」

「えっ? 買うの? っていうかペア?」


 啓基が選んだショーケース内のブレスレットを見つめながら心底嬉しそうに喜ぶ綾乃。どちらかと言えば、ブレスレットのデザインが気に入っていると言うよりも啓基が選んだと言う事に喜んでいる様子だ。


 壁のラミネート加工された張り紙を見て、このブレスレットがペアの商品もある事を知った綾乃は柔和な微笑みも啓基に向けながら購入する旨を伝える。ウィンドウショッピング程度に考えていた啓基は、まさか即決で決めるとは思わなかった為、近くの従業員に声をかけに向かった綾乃を慌てて追う。


「大丈夫です! 私が払いますからっ」

「いや、なら俺が払うから!」


 従業員に購入の旨を伝えてからと言うもの、会計までの流れは実にスムーズだ。

 唖然としている啓基に自身の鞄から晴れやかな黄色の長財布を取り出しながら安心させるように微笑む綾乃。だが別に金云々ではないと啓基も先程から慌てながら自身の財布を取り出す。


「そんな……!? なんで啓基君が払うんですか!?」

「いやいやいやいや! 変に頑固だね!?」


 しかし啓基に払わせるという選択肢は綾乃の中にはないのだろう。

 レジの前で頑固な様子で頑なに啓基の申し出を突っぱねようとするが、啓基も啓基で譲れないものがあるようで顔を顰めて問い詰めるような勢いの綾乃に苦笑交じりにツッコむ。


 だがこのままでは平行線のままだ。

 結局二人は割り勘という結果で渋々納得するのであった。


「くそぅ……無駄な出費になっちまった……」


 アクセサリーショップを出て談笑をしながらショッピングモールを散策している啓基と綾乃。その数m後ろには手に自前の私服を入れたアパレルショップのロゴが入ったビニール袋を追った昌弘と、その隣には和葉がいた。


 今の昌弘の服装は薄いデニムと黒のシャツの上にグレーのカーディガンを着ている。つまりは靴以外の全てを変えているのだ。お陰でかかった代金も一万を軽く超え、今日に限っては金をかける気はなかっただけにその落胆っぷりは凄まじく、髪型も折角セットしたオールバックは普段の下ろした髪に戻されたのも相まってかなり落ち込んだように見える。


「いいじゃん、そーいう格好の方が絶対に良いよっ」


 テンションが下がっている昌弘とは対照的にその隣にいる和葉は鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だ。

 今の昌弘のファッションのコーデをしたのは何を隠そう和葉だ。元々啓基の兄だけあってモデル顔負けの足の長い高身長と彫りの深い顔立ちは大抵の服を着てもある程度、様にはなる。


 不満顔はさておきとして、そんな兄が歩けば多少なり女性の目を引き始める。

 先程の冗談みたいな恰好への奇異の目ではなく兄への異性を魅了する羨望の眼差しが向けられるのを感じる。自分がコーディネートした服装のそんな兄が隣に歩いていると言うのもあるのだろう。鼻が高いのか和葉の表情は満足そうで所謂、どや顔を浮かべている。


「あっ、マーサ! この帽子可愛い!!」

「お前、本来の目的忘れてんだろ!?」


 やれやれとため息をつく昌弘。

 払ってしまったものは仕方がない。そう割り切ろうとした瞬間、ぐいっと和葉に腕を引っ張られ近くのショップに引き寄せられる。店頭に飾られているペレー帽を被りながらにんまり笑う和葉に昌弘はツッコみを入れる。


 あくまで今日、ポートシティに来たのは啓基達の様子を見る為。

 買い物に来たわけではないのだ。


「マーサにはこの眼鏡が似合うと思うよ」

「マジか」


 しかしこの妹にしてこの兄アリだ。

 和葉が近くの黒縁のファッションメガネを取りながら昌弘に向けると、まんざらでもない様子でメガネをかけてそのまま鏡を見てしまっている。本当に自分に似合っているのかと様々な角度で見るほどだ。


「ってマーサ、なにしてんの!? けぃ兄達遠くに行っちゃってるじゃん!!」

「お前のせいでもあるだろうがっ!」


 そのままペレー帽とメガネを会計に出している昌弘。

 そんな昌弘の背中を叩きながら眉尻を吊り上げて啓基達が向かってであろう方角を指さす和葉に理不尽だと言わんばかりにショップ店員から品物が入った袋を受け取りながら啓基達の後を追う。


 ・・・


「そう言えば小山さん……ここでバイトしてる言って話を聞いた事があるんですが……」

「……うん、そうだよ」


 おもむろにシャルロットコーヒーでバイトをしている美奈の話題を出す綾乃に、いまだ美奈とは確執のようなものがある啓基は複雑そうに頷く。


「行ってみませんか? 私、凄く気になってるんです」


 口元にシニカルな笑みを浮かべながら提案をする綾乃。

 その笑みはある意味で人を魅了するが、どこか背筋が寒くなるような感覚にすらなる。啓基は重々しく頷き、シャルロットコーヒーへ案内をし始める。


「あの二人、シャルロットに入ってくみたいだね。早くいこ」

「……マジか……。あそこ知り合いがいんだけどなぁ……」


 何とか啓基達の話が辛うじて聞こえる近すぎず遠すぎずの距離に辿り着いた昌弘と和葉。

 早速、、和葉ペレー帽を被りながら話を聞き自分達もシャルロットコーヒーへ向かおうとする。だが隣のファッションメガネをかけている昌弘の反応は思わしくはない。しかしそんな事は関係ないと言わんばかりに和葉に手を引かれながら二人もシャルロットコーヒーへと向かっていくのだった。


 ・・・


「いらっしゃいませ!! ……って、あっ……」

「こんばんわ、二名です。タバコは吸いません」


 シャルロットコーヒーにてドアベルに反応して来客を出迎える美奈。

 この時間帯はまだゆったりとした時間が流れていた。だが来店客である綾乃と啓基に驚く美奈に複雑そうな表情で視線を合わせようとしない啓基の前で綾乃は二本指を立てながらにっこりと微笑む。


「あ、空いてるお好きなどうぞっ……」


 しかしあくまで相手は客として来たのだ。

 どこかぎこちない様子ながらも席を選ばせる美奈に綾乃は笑みを絶やさずに啓基と空いている卓に向かう。水とおしぼりを用意しなくてはとデシャップ周りに戻ろうとする美奈だがドアベルが鳴り次の来客が入店してきた。


「いらっしゃいま……あれ……?」

「しーっ! 久しぶりだな、美奈ちゃん。あの二人には内緒で頼むよ」


 今度は昌弘と和葉であった。

 啓基達と昌弘達を交互に見やる美奈に人差し指を鼻の前に立ててウィンクをしながら啓基達の近くの空いている卓に和葉と早々に座る。


「まさかあの二人が来るなんてねー。どうする、私が持って行こうか?」

「いや良いよ」


 デシャップに戻って来た美奈に苦笑した様子の玲奈が声をかける。

 ここ最近の啓基と美奈の様子と綾乃と交際を始めた事を噂に聞いている為、美奈に気を利かせようとするが別にやましい事は美奈の中ではしていない。美奈はやんわりと断りながら人数分の水とおしぼりを用意しようとする。


「……小山、後から入って来た客。私が持ってく」


 いざ運ぼうとした瞬間、後ろから嘉穂に声をかけられる。

 振り返ればいつもの気だるげな目ではなく鋭い目で昌弘を見ている嘉穂が。有無を言わさぬその様子に美奈はただただ「はい……?」とよく分からぬまま頷くしかなく、嘉穂は軽く礼を言いながら二人分の水とおしぼりを持っていく。


「よぉ、いらっしゃい」

「うぉ……。ひ、久しぶりだな……。養ってくれる相手は見つかったか?」


 昌弘と和葉が向かい合って座る卓に来た嘉穂は昌弘を見下ろしながら声をかける。

 予想はしていたとはいえ、どこか引き攣った笑みを浮かべる昌弘は取り敢えずはと挨拶をする。そのまま嘉穂の近況を聞こうとする昌弘だが、その言葉に嘉穂はピクリと反応した。


「良いか、昔のことを私の知り合いに話してみろ……。お前に一生、養ってもらうからな……ッ!!」

「ど、どんな脅し……!?」


 そのままズイッと昌弘に顔を近づけ、表情を険しくさせながら憎々しげに忠告する嘉穂。

 その様子に昌弘はたじろぐしか出来ず、和葉は和葉で以前からここに昌弘の調理師学校時代の知り合いがいるとは聞いていたが、それが目の前の嘉穂なのだろうと言う事は理解しているものの二人の関係が良く理解できず顔を顰めて首を傾げている。


「いらっしゃい……。その……ゆっくりしていってね……?」

「はいっ!」


 一方、美奈は啓基達の卓へ水とおしぼりをそれぞれ用意していた。

 どうして良いかも分からず美奈に顔を向けない啓基に苦々しい表情を浮かべる美奈はまだ反応してくれる綾乃に声をかけると、彼女の反応に救われるように微笑みながらデシャップへ向かっていく。


「……ねぇ綾乃。気になることがあってさ……。聞いても良いかな?」

「答えられることがあれば何でも答えますよ」


 美奈が去った後、啓基は重い口を開く。

 今までは正直に言えば楽しかったのだが、やはり美奈の顔を見ると少し影が差すようだ。


 だがこの際だ。

 本題を切り出すように神妙な表情を浮かべる啓基に反して綾乃はニコニコと笑みを絶やさずに啓基の質問を待つ。


「綾乃は何で俺に告白してきてくれたんだ……? 俺を選んだ理由を……教えて欲しいんだ」


 美奈の代わりを求めて綾乃を受け入れた啓基。

 今までずっと綾乃自身を気になった事もなかったが、少しは心に余裕が出来た。代わりを求めた綾乃には悪い事をしたと思っているが啓基はその理由を笑みを浮かべ続ける綾乃に尋ねるのであった……。

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