第39話 デートしたい
「綾乃、その……今日の放課後、一緒にポートシティに行かない?」
昌弘の提案から翌日の昼休み。
啓基は綾乃と人が集まる屋上で昼食を取っていた。
付き合ってからと言うもの綾乃は積極的に昼食を誘い、わざわざ人が集まる屋上を選ぶ。それはまるで周囲の人間に自分達の関係を見せつけるかのように。お陰で瞬く間に啓基と綾乃の関係は広がり、今まで美奈一筋に告白してきた女子全てを振ってきた啓基は何故、綾乃なのかと聞かれることが多くなった。
勿論、美奈の代わりが欲しくて、たまたまその時に告白してきた綾乃を選びました、などと馬鹿正直な事は言えるわけもなく毎回何かとはぐらかしていたわけだが……。少しずつ昼下がりの春の暖かさが心地よさに繋がる中、啓基は今回も綾乃が用意したおかずを食べながら放課後にポートシティへの誘いをする。
「……それって、デート……ですか?」
付き合いだしてから最初こそぎこちなかった綾乃の笑顔も慣れてきたのか自然に見えるようになってきた。今までニコニコと笑みを絶やさずに啓基を目に焼き付けるように見ていた綾乃はピタリと表情が固まり、一転確認するようにオドオドとした様子で問いかける。
「……そう……なるかな……」
デートという認識が間違いないだろう。
啓基の答えを待ち続けるようにジッと啓基を見つめる綾乃に向き直りながら答える。
脳が啓基の言葉を認識した時、目を見開き身を震わせる綾乃。
途端にその目尻にじわりと涙が浮かんでいた。
「ど、どうしたの……!?」
「ご、ごめんなさい……っ……。その……嬉しくて……っ! 勿論、行きますっ!!」
そのまま涙が綾乃の白い肌から顎先まで伝っていく。
涙を流した綾乃に居合わせた他生徒達がなにがあったのかとざわついてるなか、狼狽えながら何があったのか慌てて尋ねる啓基。だが綾乃が流す涙は涙でも悲しみからくるものではない。幸福からくる嬉し涙だったようだ。
美奈の代わりだと言うのは綾乃自身が一番理解していること。
自分は啓基にとって都合のいい存在でしかないと言う事など誰に言われるまでもなく分かっている。それを表すように告白して交際を始めたとしても啓基から何かアクションを起こすことはなかった。常に綾乃から啓基に行動を起こし、啓基はそれに乗るだけであった。だがこうして啓基から初めて誘われたことが何よりも嬉しくてついつい涙を流してしまった。
弁当箱を近くに置いてブレザーの裾で涙を拭う綾乃。
頬を紅潮させ、本心からくる儚ささえ微笑みを浮かべながらコクリコクリと頷く。この笑顔こそ綾乃の作り物ではなく、心からの笑顔なのだろう。こうして初めて綾乃の笑顔を見た啓基は罪悪感に心を蝕まれる。こんな反応を見せてくれる彼女を自分はただ自分の為に利用しているのだと……。
・・・
「小山さんっ」
昼休みももう終わる頃だ。
美奈は美奈で沙耶との昼食を楽しみ、自身の教室に戻ろうとするのだがその最中に呼び止められる。
声を聞いただけでビクリと震える。どうやらそれ程までに自分は彼女に対して恐怖心を抱いてしまったようだ。ぎこちない動きで見やれば、そこには綾乃がいた。
「小山さん、私……啓基君にデートに誘ってもらえましたっ」
「へっ……? あ、あぁ……うん……」
タタタ……と小走りで駆け寄り、美奈の両手を取りながら心の底から嬉しそうに話す綾乃。
その様子は以前のおぞましさを感じた綾乃からは考えられない程、一人の少女の可憐さを感じる。思わず呆気に取られてしまう美奈に構わず、綾乃はその手を取る。外気に触れていたせいもあったが、あの時の薄ら寒さは感じず、ほんのりとした綾乃の体温を感じる。
「嬉しくて……誰かに聞いてもらいたくて……」
「そっか……。良かったねっ」
しみじみ幸せを感じるように微笑む綾乃に呆気に取られていた美奈もつられて笑顔を浮かべながら称える。今の綾乃ならば臆する事もなく接することが出来る。あくまで今の、ではあるが。
「啓基君ってどんな事すれば喜んでくれるんでしょう……。小山さんは普段、どうしてますか……?」
「いや特に何もしてないけど……。まぁでも変に取り繕うよりは文山さんらしくしてれば良いと思うよ」
啓基との初めてのデートに不安も感じているのだろう。
眉尻を下げて上手く啓基と過ごせるかどうか心配した綾乃は参考として美奈に助言を求める。とはいえあくまで啓基とデートするのは綾乃であって美奈ではない。ならば美奈に言える事は綾乃は綾乃らしくデートをすることであろう。別に自分はこれまで啓基と出かけた時、特になにかをしていたわけではないのだから。
「……そう、ですか……。ありがとうございます……私、頑張ってみます!」
自分らしくする事で啓基が喜んでくれるか心配なのだろう。
難しそうな表情を浮かべる綾乃は微笑みを浮かべ美奈に礼を言って意気込みを語ると、そのまま美奈を置いて去っていく。
(……そう言えば沙耶ちゃんとちゃんとしたデートしてなかったな……)
一方的に声をかけてきて、そのまま去っていった綾乃を見つめながら美奈はふと考える。
沙耶を受け入れてからと言うもの、沙耶とほぼほぼ一緒にいるわけなのだが、思えば以前のようにどこかに一緒に出掛けるなどと言ったデートをしていない筈だ。沙耶と過ごす時間が心地よ過ぎて、思わず忘れてしまっていたのかもしれない。
(デート、かぁ……。絶対素敵だろうなぁ……)
沙耶とのデートを考えるだけで高揚してしまう。
今までのように一緒に遊んでいたと言うものではない。関係性が変わり、きっとする事だって変わってくるはずだ。自然と頬が熱くなり、緩くなっていくのを感じる。沙耶と絶対デートをする、そんな事を思いながら美奈は教室に戻る。
「今日辺り、誘ってみようかなー……」
「なにを誘うのか知らないけど、今日の美奈は私と同じ時間にバイトでしょ」
教室に戻って自身の席に座ったとしても美奈の頭の中はお花畑と化してしまったようだ。
沙耶とデートする場面を妄想してにへらと締まりのない顔を浮かべていると美奈。そんな美奈を現実に戻すように緩んだ頬を玲奈が軽く引っ張る。「いたぁーい……」と引っ張られたまま涙目を浮かべる美奈に先程の様子を思い出して玲奈は呆れた様子だ。
「今日は私もバイトだから休憩時間に行くねっ」
「新商品が出てるからねぇ……。お金はいっぱい持ってきなよぉ~?」
手を後ろに組んだ未希がひょっこりと現れて話に参加する。
どうやら彼女も今日は映画館でバイトのようだ。笑顔を浮かべる未希にセールスする気満々なのだろう。両手をわなわなと動かしながらにやついた笑みを浮かべる玲奈に「ひ、ひぃっ……」と未希は身震いするのであった……。
・・・
「嬉しそうだね」
「はいっ! 本当に夢みたいで……」
放課後、ポートシティ新二郷にやって来た啓基と綾乃。
一度家に帰ってからでもと思ったが、それよりも前に綾乃が教室にやって来た為、二人とも制服姿だ。それ程までに綾乃はこのデートが嬉しくて、家に帰ってわざわざ準備をする一分一秒とも惜しかったのだろう。先程からずっと隣で微笑みを浮かべている綾乃に話しかける啓基に更に幸せそうな笑みを浮かべながら頷いて答える。
このデートは綾乃を知るためのデート。
だがここまで嬉しそうにしてくれているのだ。ならばこのデートは絶対に楽しいものにしなくては、と啓基も綾乃に微笑むのであった。
「……来たなぁ、綾乃ちゃん結構可愛いじゃねぇか……」
「変な人だったらどうしようと思ったけど、悪い人には見えないよね……」
老若男女で賑わうショッピングモールの中を散策している啓基と綾乃。
その二人が通り過ぎた備え付けのソファーで顔を隠すように広げていた新聞紙を下げながら二人の背中を見やる二人の人物。
それは昌弘と和葉であった。
名前だけしか知らなかった綾乃をこうして初めて己の目で見て、それぞれ感じた事を口にする。
「って言うか、ずっと思ってたけど何なのその恰好、ギャグなの?」
そのままじジトッとした目で隣の昌弘を見やる和葉。
和葉の格好自体はクリーム色のジャケットの下に白いニットと赤いチェックスカートを着用してとても可愛らしい。
「おいおい今の俺は恋の伝道師マーサだぞ。これが正装だ」
しかし問題は同伴している昌弘だ。
普段は下ろしている髪も整髪料でセットしたオールバックはテカテカと光り、社交ダンスの衣装でも違和感ないような服装で襟首に至っては立っていた。
「何なの、そのオールバック……」
「かっけーだろ」
「整髪料つけ過ぎてゴキブリみたい」
自分自身で特におかしいと思っていないのだろう。
キラリと無駄に白い歯を輝かせながらキリッと笑う昌弘。これで赤い薔薇でもあれば完璧だろう。しかし顔を向けられている和葉自身は心底、頭が痛そうに重い溜息を吐きながら昌弘の元々の黒髪と整髪料も相まって黒光りするオールバックを見やる。
「こっちが恥ずかしくなって来た!もぉ良いからまず違う服に着替えて! 後、その似合わないオールバックもさっさと直して!!」
「んなっ!? おい俺達の目的は啓基だろ!? 服を買いに来たわけじゃねぇ! 離せ! はーなーせー!!」
家からポートシティ新二郷まで昌弘のバイクでやって来た二人。
それまで特に気にしなかったが、流石に大型複合施設であるポートシティに来てしまえば、人は多く昌弘の服装は浮いて見える。時々刺さる視線に耐えかねた和葉は新聞紙を丸めてテカテカ黒光りするオールバックをスパンと小気味よく叩くと、そのまま昌弘の手を掴んで最寄りのメンズショップに向かう。
しかし今回、わざわざここまで来たのは啓基のデートの様子を見守るため。
啓基と綾乃はこちらに気づいていないようだが騒がしさから周囲の視線を浴びる中、昌弘の叫びがポートシティに響くのであった……。
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