第11話 雨は降り注いで

「それで振ったって言うか、待ってくれてるんだ」


 放課後、美奈と玲菜、未希の三人は近くのファストフード店に立ち寄っていた。昼休みでの啓基とのやり取りを話したのだろう。ドリンクカップに入った飲物をストローで飲みながら玲奈は話の経緯を振り返って口を開く。


「うん、まさかこうなるとは思ってなかったから……ちょっと意外かな……」


 玲奈の言葉にポテトを一本、取り出してリスか何かのように少しずつ食べながら頷く。啓基のあの反応は本当に予想外だったのだろう。だからこそ今でも信じられずにいた。


「でもさー……。私からしてみれば美奈ちゃんが告白されてたって事にまず驚きなんだけど……」


 しかしそこに口を挟んだのは未希だった。明らかに不満顔でココアが入ったカップを両手に持ちながらジトッとした目つきで美奈と玲菜を見ている。寝耳に水と言うべきか、なにせ未希に関しては美奈が啓基に告白されたことなど今、この場で知った事なのだ。


「ずるいよ、玲菜ちゃんだけーっ! フコーヘーって奴だよっ!」


 二人に火山の噴火の如く不満を爆発させる。ビシッと二人の間を指差しながら、自分が除け者にされたと感じてプンプンと怒っているのだ。しかし、いかんせん彼女は舌足らずな喋り方と怒る度に跳ねるように揺れるツインテールのせいで幼い子供のように見えて迫力も何もなく二人は苦笑している。


「ほらほら私のアップルパイあげるから」

「物に釣られないもん!」


 何とか未希の怒りを収めようと玲奈は自分が購入したアップルパイを未希に差し出すと受け取りながらもそっぽを向く。しかし言葉とは裏腹にやはり受け取っている事には変わらず、美奈は「そこはちゃんと貰うんだ……」と苦笑している。


「その、ね? 未希ちゃんに話すタイミングがなかったんだ……。玲奈ちゃんもたまたまで……」

「そうそう、バイト先で美奈が悩んでてさ……。そこで知ったんだ」


 別に未希をのけ者にした覚えはない。せめて誤解だけでも解こうと未希に玲菜に話したきっかけを話し始めると、玲菜も便乗して未希に説明をする。あの場でたまたま様子がどこかおかしかった美奈に気づいて話しかけたから知ることが出来たのだ。これがもし玲奈ではなく、未希だったとしても彼女も悩みを聞こうと同じ事にはなっていたはずだ。


「……そーいう事ならいいけど……。でもやだかんね、置いてけぼりにされるの!」

「分かってるって」


 渋々納得したように頷く未希だが次はこういう事がないようにとちゃんと注意をする。二人をかけがえのない親友だと思っているからこそ悩みの類なら尚更、三人で共有したかったのだ。玲奈も漸く怒りが収まった事にふぅと一息つきながら更に落ち着かせるように未希の頭を撫でながら返事をする。


「もぉー子ども扱いしないでよー」

「そういう事を言う子は大概、子供なんだよー」


 玲奈に撫でられて気持ちよさそうに未希は目を細めながら口だけは文句を言う。しかし明らかに撫でられて嬉しそうな為、説得力はなく玲菜は子供をあやすようにそのまま笑いながら頭を撫で続ける。


「あっ……私、そろそろバイトだ。ごめん、私もう行くね!

「うん、頑張って」

「ふぁいとーっ!」


 未希の頭を撫でていた玲奈はふと壁時計に目をやれば、入れたシフトの40分前だ。こう言った何気ない会話と言う物は無意味でこそあるが、それが楽しくて時間を浪費してしまうだが、今から向かうのならば、余裕を持って間に合うだろう。席を立つ玲菜に美奈と未希が見送ると手早く身支度を整えた玲奈は自身のトレーを持って足早に店から出ていく。


「あれ、美奈ちゃんは今日は違うの?」

「うん、シフトは入れてたんだけど今日は人が多いみたいだから」


 店内の窓から外に出た玲奈と手を振り合い玲菜がシャルロットコーヒーに向かいだしたのを見て、美奈と玲菜が同じバイト先である事を知っている未希が全く動く気配のない美奈に不思議がって問いかけると、美奈は苦笑しながらバイトに行かなかった理由を答える。


「そっかそっか。じゃあ今から私が美奈ちゃんの相談に乗ってあげるよっ!」


 それじゃしょうがないね、と未希は笑って頷くと良い事を閃いたと言わんばかりに両手を胸の前でパチンと合わせ、突然美奈の悩み相談をしようと提案してきた。


「さぁ私に何でも言ってっ! 玲奈ちゃんに言ってない奴とか! 特に玲奈ちゃんが知らない奴とか!!」

(……まだ根に持ってる……)


 そのまま身を乗り出さんばかりに美奈から悩みを聞き出そうとしてくる。しかしその内容と言うのも玲菜が知らない話を要求してきている。どうやらまだ未希は自分だけ知らされなかった事を根に持っているようだ。そんな未希に苦笑をしながら決して除け者にしたつもりはないが未希には悪い事をしたなと感じる。


「特に、ない……かな……?」

「ふふっ……そっか……。そっかぁ……」


 啓基や沙耶に関しても、特に沙耶に関しては言う事を躊躇ってしまう。何と言えば良いのかが分からないのだ。相談しようと思えば出来るが、結局はそのせいで言い出せず言葉も途切れ途切れに首を傾げながら答えると、未希は露骨に乾いた笑みを見せ、落ち込んだまま嘆息する。


「あー……っと……その……っ……! もしも未希ちゃんが女の子に好きだって言われたらどうするかな……?」

「ふぇ……? そ、それってlike? love?」


 露骨に落ち込んで、どんよりとしたオーラまで見える程だ。そんな未希を見かねて、慌てて美奈はそれとなく沙耶の問題について尋ねると、突然の相談事にハッと顔をあげた未希はこの世の終わりのような表情から一転、期待感に満ちた表情を向けながら問い返す。


「love……かな……? 実はちょっと……そんな事があって……」

「うーん……好きって思ってくれるのは嬉しい事だよね。でも知ってる人?」


 沙耶は美奈に愛していると告白した。友情などは感じていないと。ならば紛れもなくloveだろう。すると腕を組んで考え始めた未希は首を傾げながら、知人かどうか尋ねる。


「知ってる人……かな……。昔からずっとそれこそ今も好きって……愛してるって……」

「現在進行形だ。be動詞+動詞のingの形だよ」


 どう話すべきか半ば手探りのように未希に話す。昔から今現在においても一途に想い続けるその相手に未希はコクコクと頷く。


「友達……だと思ってたから……そういう風に見れなくて……。でも……ちゃんと向き合わなきゃいけなくて……」


 未希の反応に苦笑しながらどんどんと視線が下がっていく。沙耶にちゃんと向き合うと言ったものの今だに彼女に対してどうすべきか分からないのだ。


「でも友達だと思ってたのならそれならそれで良いんじゃないかな?」


 しかし向き合うと言った責任もある。だがどうすべきか悩み続けている。まるで無限ループにでも陥ったかのようにこの問題の解決策が見つからない。だが未希はそんな美奈に不思議そうに首を傾げて答えた。


「もしも友達って思ってるなら、いくら相手が好き好き大好きって言ってもそれまでだと思うんだ」


 未希から言われた言葉は美奈に軽い衝撃を与える。彼女の言葉通り、結局どれだけの愛を告げられても友は友。本当にそう考えているのであれば、それ以上もそれ以下もない。


「でも心がグラグラしちゃってるなら……本当は自分も無意識では好きだけど、それはいけないって思ってるんじゃないかな」


 目を見開いて動揺しているのを隠すように俯く美奈。未希の他意も何もない彼女自身の考えから至った邪気のない言葉は美奈の心に突き刺さり、その身体を震わしていく。


「だからずっと友達だって思い込んで悩んでるんじゃ……」

「勝手なこと言わないで! そんなこと……っ!!」


 未希の言葉に耐えきれないように話を遮ってバッと音を立てて立ち上がり大声で否定しようとする。


 自分は沙耶が好き?

 親しい人物ではなく、一人の人間として?

 だが同性と言う枷が友達だと思い込ませている?

 だから答えが見つからない?


 そんなはずはない。

 そんなはずは……。


「あっ……えっと……そのっ……! ご、ごめんね美奈ちゃん……っ……! やっぱり私なんかじゃ……。こういうのは玲菜ちゃんの方が良いよね……」


 大声を張り上げた美奈に周囲がざわつき、視線が集中する。目の前の未希は突然の出来事に驚き肩を竦め、震えながら怯えた目で美奈を見ている。それが美奈の心に冷水を浴びせたように熱くなった頭を冷やす。我に返った時には未希は分不相応にも出過ぎたと思ったのだろう。自嘲した笑みを浮かべながら美奈に謝っていた。


「ち、違うの! ごめん! 私、どうかしてた……! ごめんね……未希ちゃん……。本当にごめんなさい……」

「……ううん、大丈夫だよ。でもこの事は……」


 未希は謝る必要はない。悪いのは自分なのだから。だがいくら言ったところでこの場の雰囲気が良くなることはない。そんな息苦しくなるような雰囲気の中、未希に詫び続ける美奈に首を横に振る未希は今回のこの話を玲奈や他人に話すか否かを問いかける。


「……誰にも……言わないでほしい……。勝手だけど……お願い……っ」

「うん……。大丈夫、絶対に言わないよ……。だから美奈ちゃんもそんな暗い顔しないで……。明るい美奈ちゃんが暗い顔してると私ももっと暗くなっちゃう」


 ここまで心がかき乱されたのだ。暫くは他者の意見を聞きたくはない。視線をふせ、膝の上に置いた両拳を握って申し訳なさそうに頭を下げて頼み込む。そんな姿を見ていられないと俯く美奈の頬にそっと手をかけ、軽く顔を上げさせると今の未希が出来る精一杯の笑顔で美奈を元気づけようとする。


「……雨……」


 美奈から手を離した未希がポツリと窓の外に気付いて呟く。言葉のまま外を見れば、確かに雨が降り出し地面を濡らし始めていた。その雨はまるで今の自分と未希の空気を表すように、更に助長させるように世界に冷たく降り注ぐのだった……。

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