第10話 片想いの待ち時間
「おはよー」
沙耶と白花学園に登校した美奈は何とか気持ちを落ち着かせて、極力いつも通り教室に入るとクラスメイトに声をかけながら席に向かう。
「美奈がこんな時間に来るなんて珍しいね」
「あぁ……うん……。ちょっとワケがあって」
席に到着し鞄から荷物を取り出し整理している美奈に玲菜が歩み寄りながら声をかけて来る。時計を見ればチャイムの10分前だ、いつもの美奈ならば時間に余裕をもって登校するのに今日のようなパターンは珍しい。不思議がっている玲奈に美奈は沙耶との出来事を話すわけにはいかず、誤魔化しながら苦笑している。
「美奈ちゃん、ゲームのランク下がってるけど、どーしたの?」
「うあぁっ……!? そう言えば最近、いじれてない……っ」
「ふーん……?」と首を傾げている玲奈の横を通り過ぎて、今度は未希が声をかけてきた。その手にはスマートフォンが握られており、彼女の視線は表示されているゲーム内フレンドの画面だ。イベントにおける美奈の順位が一気に下がっている為、話しかけてきたのだろう。ここ最近の衝撃的な出来事の連続でゲームを起動する事すら出来なかった為に気付いたのも束の間、美奈はそのまま机に突っ伏してしまう。
「あぁーっ……!! 今月のイベント報酬がぁぁぁ……っ!」
「かーきーんっ♪ かーきーんっ♪」
そのまま両手で頭を押さえて嘆き悶える美奈に未希は笑顔で振り子のように身体を左右に揺らしながら課金を促す。確かに課金をすれば今からでもいくらか巻き返す事は出来るだろう。しかしその為にかけなくてはいけない額は相当なものの筈だ。
笑顔で課金を促す未希はさながら堕落を促す小悪魔のようにも思え「うあああぁぁっ……!!」と課金するか否かの狭間で葛藤する美奈。現在の自分の貯金とイベント報酬を天秤にかけているのだろう。その様子が可笑しいのか玲奈はクスクス笑いながら「大変だねぇ」と美奈の頭を撫でる。
「頑張って、美奈ちゃんっ! イベント報酬は逃げないよっ! 逃げるのはいつも自分なんだからっ!」
「名言っぽく言うの止めて!」
ぐっと親指を立てながらむふっーと決め顔で言い放つ未希に涙目になりながらツッコむ。傍から見れば朝から騒がしい三人組のやり取りなわけだが、ただ一人神妙な表情で頭を抱えている美奈を見ている人物がいた。
啓基だ。
既に登校して席についていた彼はいつもならばあの輪に混ざって会話に参加するが、今日に限っては机に頬杖をついて動こうとしない。ただその目は美奈だけを見つめるのであった。
・・・
「──ねぇ美奈、お昼一緒に良いかな?」
昼休みとなり、母親お手製の弁当を取り出す美奈に声をかけたのは啓基であった。その手には弁当箱が入っているであろう弁当袋が握られている。
「美奈ちゃーん、おひっ……」
「ちょっと待って、未希! ドーナッツあげるから!」
何やら場所を変えようとする啓基と美奈。その事に気づいていない未希がルンルンと弁当箱を持って美奈のところに行こうとするが、その前に啓基達二人を見ながら玲奈からコンビニで売っているドーナッツを押し付けられる。
「どうなる、この恋の行方……っ!」
よく分からないが、ドーナッツをもらえた事に「やったーっ」と子供のように無邪気に喜んでいる未希。そんな未希を背後に玲菜は美奈と啓基が出て行った教室の出入り口を見ながら両手を握り合わせ期待に胸を膨らませながら瞳を輝かせるのだった。
・・・
(やっぱり告白のこと、かな……)
啓基に連れられ屋上の隅まで移動してきた美奈。啓基と並んで座りながら呼び出された理由を予想していたのか少量の米を箸で口に運びながらチラリと隣で弁当を何気なく食べている啓基を見やる。
「いきなり告白して俺、美奈のこと困らせたかな……?」
すると視線に気付いたのか、食べるのを止めた啓基が意を決したように美奈に話を振ってくる。告白、というのは予想はしていたがこれは予想外の言葉であった。困らせた、と言うのはどういう事なのだろうか? 言葉の意味が分からず美奈は困惑してしまう。
「……いや、俺の思い込みなら悪いんだけどさ……。いつもは美奈と一緒に登校してたのに告白したら、いつもより遅い時間に登校してきたから……。もしかしていきなり告白したせいで避けられたのかな……って」
当惑したまま説明を求めるように啓基を見ている美奈に気づき、頬を人差し指でかきながら先程の言葉の意味を話し出す。実際は沙耶に連れられて話をしていたわけで啓基が考えているようなことではない。とはいえ、そんな事は啓基も知る由もない事だが。
「そんなことないよっ! 今日はその……っ……公園で沙耶ちゃんと話してて……」
別に啓基を避けようと思ったわけではない。啓基の考えを訂正するように慌てて今朝の出来事を話す。とはいえ沙耶の告白やキス、そして今後についてなど話す事を躊躇ってしまったが。
「それにね? 私なりにケーキの告白について考えたよ」
沙耶と……? と怪訝そうな顔を浮かべている啓基にその事についてそれ以上の追及をされぬように自分から啓基の告白についての話を切り出す。流石に自分の告白についての話題ともなれば沙耶の話を引っ張る事はせず、そちらに意識を向けて次の言葉を待つ。
「ごめん、ケーキ……。やっぱり私……ケーキとはまだ付き合えない」
美奈から出てきた告白の返事。言葉通り、これが告白の結果だ。
自分は振られたのだ。
やはりショックは大きいのだろう。振られた事に「そ……っか……」と返事はするものの顔はどんどんと青ざめていく。
「その、ね……。ケーキと付き合う事、前向きに考えてたんだけど……告白してくれたのはケーキだけじゃなかったんだ」
俯いて言葉も出ない啓基だが振られた理由を話された事で顔をあげて美奈を見る。別に自意識過剰に必ず美奈が告白を受けてくれるなどと考えてはいない。だがやはり振られたとなれば、その理由が知りたかったのだ。
「そのせいで、心がグシャグシャになって……。こんな気持ちのままケーキと付き合う事なんて私には出来ない……。だから……ごめん……」
弁当箱を置き、しっかりと啓基の顔を、目を見て理由を話す。沙耶もこれからどうするか分からないが、彼女は自分を欲している。沙耶の告白とキスは自分の心を激しく乱したのだ。
「だからね……。私がちゃんと答えを見つけるまでは……誰とも付き合えない……」
少なくとも今の立場に置かれた状況で誰かと付き合うことなど出来なかった。心が乱されたまま啓基と付き合うのはなによりも彼に失礼だと思ったのだ。
「そっか……。うん、そういう答えなら……まだ安心かな」
美奈の話を聞き終えた啓基は一度、視線を戻し考えるように空を見上げると納得したように頷き、美奈に安堵の表情を浮かべる。
「……私、付き合えないって言ったんだよ……? なにが安心なの……?」
そんな表情を向けられる理由が分からなかった。自分は彼の告白を振ったと言うのに彼は安心したと言うのだ。言葉の意味が分からず、不可解そうに顔を顰めて尋ねる。
「答えが見つかったら……もしその答えが俺だったら……付き合えるんだよね……? だったら安心だよ……。俺が嫌いだから付き合えないって訳じゃないんだから」
まだ美奈と絶対に付き合えないと言う訳ではない。彼女はまだ迷っていただけだ。付き合える可能性が全くないわけではないのだ。それが安心したと口にした理由であった。
「俺、待つよ。美奈のことずっと好きだったんだ。だからまだ待つ。だから美奈も……答えが出たら俺に教えて欲しい」
弁当を食べ終え、立ち上がって美奈に優しい微笑みを向けながら話す啓基。その笑顔を見れば、まるでそよ風のように心が楽になって落ち着いていく。
今迄、意識していなかったとはいえ彼の女子人気が高い理由が良く分かる。自分を好いてくれているのが勿体ないくらいだ。
そんな彼に申し訳なく思いながら「ありがとう、ケーキ」と眩しいものを見るように眼を細めながら心から感謝する。啓基は再度、ニコリと笑うと「じゃあ、俺は先に戻るね」と屋上から去っていく。
(──……そう言えば、俺以外に美奈に告白したのって誰なんだろう……?)
階段を降りている最中にふと立ち止まって、屋上に続く扉を見上げる啓基。美奈の言葉通りならば自分以外にも彼女に想いを告げた人物はいる筈だ。気にはなるが、今更戻る事は出来ずそのまま教室に戻っていくのだった。
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