第2話 ただの幼馴染みは嫌だから
余裕を持って学校に到着した美奈達三人は美奈と啓基は2学年、沙耶は1学年に向かう。ここは二郷市という地方都市にある私立白花高等学園。創立して3、4年とまだ日の浅い学園の教室に美奈と啓基は揃って教室内に足を踏み入れる。教室内にはちらほらと登校してきたクラスメイト達がまだ汚れの少ない教室内で思い思いの行動をしていた。
「いつも揃ってきてさ、見せつけてくれるよねー」
「美奈ちゃん、私ガチャでUR出たよ!」
そんな二人に声をかけたのは共通の友人である辻村玲菜と木村未希だ。
この二人とは幼い頃からと言う訳ではないが、中学時代からの付き合いがある。特に未希に関しては美奈と同じスマホゲームに嵌っている為、話題に事欠かない。
「んー……。家が近いってのが一番の理由かなぁ。学校も同じだしケーキとは良く会うんだよね」
鞄を机の上に置きながら、そう言えばいつも一緒に来てるねと笑いながら話す美奈に啓基は困ったように笑う。それはどこか美奈は何も気づいていないんだと言わんばかりに。
「そう言えば美奈ちゃんは葉山君のこと、ケーキって呼んでるけどあだ名……なんだよね?」
「そうだよ。デザートからとったんだー」
美奈の机の周りに集まりながら未希はその二の腕まで届くような特徴的なブラウンのツインテールを揺らしながら話しかける。
それは美奈が呼ぶ啓基への愛称に関する事だ。普通に聞く分には"けいき”と呼んでいると思うのだが、どうにも言葉のアクセントが違う。今迄、特に聞いた事もなかったがふと頭に浮かんだのでこの際、美奈に聞いてみるとにこやかに笑いながら頷く。
「でも葉山君って甘い物得意じゃなかったよね?」
「うん、由来と一緒に言われた時は子供ながらに微妙だったな」
今の美奈の話を聞いて、思い出したかのように玲菜はその紅色の瞳を啓基に向けて尋ねる。
実は啓基は美奈からデザートに因んだ愛称で呼ばれてはいるのだが別に甘い物が好きなわけでもなく、それどころか苦手でさえあった。その事もあってか啓基はこうやって美奈が使う彼の愛称に関する話をされる時はいつも苦笑してしまっている。
「でも今更、ケーキ以外の名前って浮かばないし……」
「いやいや、なんだったらそのまま名前で呼べばいいじゃない」
「うーん……。でもケーキってスポンジケーキみたいなんだもん。柔らかくてすっごく優しいしっ」
今更、幼少期から言い慣れた愛称を変えられないのかうーん、と唸っている美奈に自身のハーフアップにした黒髪を弄っていた玲菜はケーキと呼べるのならそのまま啓基と呼べるだろうと苦笑しながら答える。しかしそれでもしっくり来ないのか、まるで自分のことように啓基を褒めながら、その由来を話す。
「まぁでも美奈が呼びたいように呼ぶのが一番だよ」
今更、愛称を変えられるのは啓基としても違和感はあるのか相変わらず苦笑交じりながらフォローしてくれる。そうやってしたいようにすれば良いと譲ってしまう性分の為、「じゃあこのままケーキだね」と三人に同時に言われてしまうのだった。
・・・
「それでケーキは私に話があるんだよね?」
何の変哲もない一日が終わり、放課後を迎えた。周りの景色を赤っぽく染める夕日が教室の窓から暖かく差し込む中で美奈は啓基に声をかける。それは今日、登校途中で持ちかけられた話だ。彼がわざわざ大切な話とまで言うのだから、それなりの事だろう。
「……ちょっと来てくれるかな」
啓基も啓基で覚悟はしてもいざこの時になると緊張するとばかりにどこかそわそわして落ち着かない様子を見せ始める。だが彼も男として意を決したのか立ち上がると美奈を連れて教室を出て行く。
「なにかあったのかなぁ、あの二人?」
「もしかしてついに……!?」
啓基と美奈が出て行った方向を見やりながら可愛らしく首を傾げている未希とそれとは別にこの後、どんな事になるのかと想像がついたのか玲菜はどこか興奮した様子で鼻息荒く未希の肩をバシバシ叩く。
「いたいよーっ!」と顔を顰めて文句を口にする未希だが残念ながらその言葉は興奮している玲菜に届くことはなく、玲菜の視線は教室の入り口に向けられていた。そこには美奈と一緒に帰ろうとしていたのか、教室を覗いては美奈を探している沙耶の姿があったのだ。
「……貴女……美奈の知り合い……だよね?」
「美奈ちゃんなら啓基君とどこか行っちゃったよー?」
玲菜は彼女の元に歩み寄りながらあまり親しくない人物に声をかけるかのように控えめに話しかける。
沙耶に関しては接点こそ少ないものの美奈の友人である後輩と言うくらいには認識している。とはいえ何回か話したことはあるが彼女自身、そのつもりが全くないのか会話が長続きしたことがない。対して未希は気にした様子もなく玲菜の後ろからひょっこり顔を出しながらふわふわとした口調で美奈の不在を伝えた。
「そうですか……」
目の前の玲菜と未希に対して特に眼中にもない態度で素っ気なく答えながら、ただ美奈の不在を確かに確認するとチラリと考えるように眼を細め、特になにも言わず、この教室を足早に立ち去る。そんな沙耶の後ろ姿を玲奈と未希は何だったのだろう、と互いに顔を見合わせて首を傾げるのであった。
・・・
「ねぇケーキ、どこまで行くの?」
啓基に先導されながら美奈は
「……ここら辺で良いかな」
すると啓基は人がいないか、周囲を軽く見渡して小さく呟くと足を止めた。
「……ねぇ美奈……。俺達ってもう10年以上の付き合いだよね?」
「そりゃ近所だし所謂幼馴染みって奴だよね」
意を決したように一息ついた啓基はそのまま振り返って美奈の瞳をまっすぐ見て話し始めると、これまでの啓基との付き合いを思い出しながら美奈は答える。
「そう、美奈にとっては俺は幼馴染み……。でもさ、俺は美奈とのそんな関係を終わらせたいんだ」
茜色の夕日に照らされる啓基はどこか恥ずかしそうながらも、決意を秘めたその目は美奈の瞳だけをまっすぐに見据えている。美奈も美奈でこの場の雰囲気や啓基の様子からも何となしにこの後に言われる言葉に察したのだろう。ゴクリと喉を鳴らし、見る見るうちに頬を紅潮させてこの後に続くであろう言葉を待つ。
「美奈、俺と付き合ってほしい……。美奈が好きなんだ」
まっすぐに言われた告白の言葉。
まるでそれは時間が止まるかのように感じられた。
彼の態度から何となしに告白を予感していたとは言え、いざ真っすぐ告白されてしまうと鼓動が強く高鳴る。顔を熱くなるのを感じながら「あれ、えっと……その……」と目に見えて狼狽えてしまい、ついには啓基の顔もまともに見れなくなったのか俯いてしまう。
「で、でも……ケーキとはずっと一緒だったし……遊びにだって行ってる……よね…? 付き合うって言ってもなにが変わるの……? 友達からどう変わるの……?」
告白に驚いたものの少しずつ落ち着きを取り戻したのか、スゥッと息を吸って火照ったような身体を落ち着かせながらおずおずと問いかける。しかしいざ付き合うと言っても、どうにも啓基と恋人らしい行動をしている場面が想像できない。これまでも一緒に遊びに行って、色んな場所で思い出を作った。
今までにだってデートと言えばデートらしい事はしているのではないだろうか? 具体的にこれまでとこれから、それはどう変わるのだろうか?
「……それはそのっ……! で、でもっ……俺は美奈との関係をもっと進めていきたいんだ!」
具体的になにを、と言われて想像したのか一層、照れた様子を見せながらでも美奈への思いを強く話す。そんなどこまでも真っすぐな想いは少なくとも彼は今の幼馴染みという関係を決して望んでいないんだと美奈に分からせるには十分だった。
「返事は……今じゃなくてもいいよ……。だから……ちゃんと考えて欲しい」
美奈の反応からすぐには答えが出せないと察した啓基は返答は急かさず待つ事を決める。ちゃんと美奈には自分との関係を考えてから答えて欲しかったからだ。そんな啓基の心遣いが美奈の鼓動を早まらせ、戸惑いながらコクリと頷く。決死の告白に臨んだ啓基も想いを告げられ、晴れ晴れとした表情で美奈の頷きに微笑んだ。
「……」
ただ、その告白を物|陰から沙耶が聞いていたとは知らず───。
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