第1話 いつもの光景に……

 時は現代、住宅地の一角にある一軒家の一室でアラームが鳴り響く。

 窓から差し込む眩しい朝日と共にきっかけとなったのか、ベッドの上で掛け布団にくるまっていた少女がもぞもぞと動き出して上体を起き上がらせる。


 彼女の名前は小山美奈、17歳の私立高校に通う少女だ。

 少しくせのあるセミロングの髪を掻き、眠たげに眉間に皺を寄せながらスマートフォンに表示されている停止の画面をタップして先程までけたましく鳴り響いていたアラームを停止させる。


 時間を確認し、まだ時間に余裕がある事を確認すると眠たげにうめき声のような声をあげながら再びシーツに身を委ねて寝転がる。アラームで起きられたとしてもすぐには行動できないのは朝に弱い彼女にとってはいつものこと。遅くても5分経ってからようやく動き出すのだ。


「うっわー……イベントの順位下がってるよ……」


 寝転び、布団の中でもぞもぞとスマートフォンを操作し、基本無料でプレイできるソーシャルゲーム【ブレイブストライカー】を始める。画面の中にはゲームに登場する美少女が出迎えてくれた。


 このゲームはRPG形式のゲームなのだが登場するキャラクターをパーティーに設定すると、ゲーム中に登場する衣装やアクセサリーなどゲーム中の可愛いキャラクターに着せ替え出来る事が美奈に受けて、こうしてプレイしている。


 今現在はゲーム内で定期的に行われるイベントの最中で上位ランクであればゲーム内で強力な効果を発揮できる武器や防具が目玉報酬だ。この報酬として配布されている防具のデザインがドレスのような可憐さや煌びやかさがあり、美奈は上位ランクを目指してはいるのだが、中々上手くはランクは上がらず四苦八苦している。


「やばいやばい…。早くしないと…っ!」


 ランクを上げるために少しの間、プレイしてはいたがこのままでは学校に遅れてしまう。美奈は慌てて起き上がると部屋を出て、二階にある自分の部屋から一階のリビングに駆け下りていくのであった。


 ・・・


「行ってきま-すっ」


 ブレザーの制服に着替え、リボンで纏めたポニーテールの髪を揺らしながら美奈は家族に声をかけ、いってらっしゃい、と見送られながら慌ただしく家から出て行く。スマートフォンで時間を確認すれば、少しは余裕を持って登校が出来そうだ。


「おはようございまーすっ!」


 学校へと向かいながら犬の散歩やゴミ出しなど道行く近所の人々に朝日に負けない晴れやかで愛らしい笑顔を浮かべながら挨拶をしていく。


 挨拶だけは決して欠かした事はない。

 何故ならば“挨拶が出来ない人間は最低だ”という親の教えがあるからだ。


 その甲斐あってか生まれてから17年、近所の人々からしっかりしてるね、などど褒められて育った。褒められるのは嬉しい事でもあるし、そのように育ててくれた両親にも感謝している。少なくとも今、小山美奈は充実した日常を過ごしていた。


「──おはようございます」


 そんな充実した毎日を表す一つは交友関係だ。

 学校へ向かっている最中に近所に住む美奈にとって姉妹のような友人に声をかけられる。


 その人物の名前は寺内沙耶。

 腰まで届くミルクティーのような香色の髪と赤みがかった切れ長の瞳が印象的な少女だ。物静かな雰囲気を醸し出し、良くも悪くも人形のようでその美しさと共に表情が揺れ動くことがない。彼女は美奈にとって1学年年下の後輩でもあるが、幼い頃から知っているまさに妹のような存在だ。


「おはよう、沙耶ちゃんっ!」


 そんな沙耶に会ったと同時に満面の笑みを浮かべて、その両肩に嬉しそうに抱き着く。人懐っこい犬のようにじゃれついているだけなのだが、沙耶からしてみればいつもの事なのかどこか呆れた様子だ。


「……離れてください、小山さん。鬱陶しいです」

「沙耶ちゃん、冷たいなー」


 呆れながらため息を漏らす沙耶は物を掃う様に手で美奈を退けると彼女のそんなつれない態度に不満を露に抗議するかのようにぶうぶうと唇を突き出しながら呟く。


「……毎日、こうされてるんです。人の気持ちも考えてください」


 だがそんな可愛らしい美奈の抗議も沙耶はどこか冷たく一蹴する。

 沙耶は美奈とは対照的に社交性が高いわけではない。と言うのも彼女自身、あまり人と関わろうとしないのだ。そのせいか、言葉遣いなど人によっては冷たく感じられ、その切れ長の瞳は睨まれているなどと誤解されることもしばしば。


「むぅ…」


 沙耶のつんとした態度に美奈は複雑そうな面持ちを見せる。


『美奈ちゃんっ!』


 と言うのも昔は大人しいながらもまだ明るく自分を姉のようにとても慕っていてくれた。時間が許すのならば常に自分の近くで嬉しそうな笑顔を浮かべているそんな娘であった。


 だが中学に入学し、ある日を境に沙耶の言葉遣いは敬語に変わってしまい、それどころかその態度も冷たくなってしまったのだ。当人に理由を聞いても「先輩後輩としてちゃんと区切った方が良い」と言われてしまったが、すんなりと納得はできなかった。ずっとそんな沙耶が気にはなっているのだが沙耶は一向に気にする様子もなく、ずっと氷壁のような態度を崩さないままだ。


「───今日もやってるの?」


 そんな美奈と沙耶のやり取りを見ていたのか、ふと後ろから声をかけられる。

 

 今度は若々しい青年の声だ。

 振り返ればそこには自分達と同じ学園の制服を身に纏った180cm弱と高身長の流行りのドラマにでも出てきそうな彫りの深い顔だちの青年がいたのだ。


「おはよー、ケーキ」

「うん、おはよう。沙耶もおはよう」

「……おはようございます」


 振り返って青年の愛称を口にしながら笑顔で挨拶する美奈。


 彼の名前は葉山啓基。

 昔から美奈にはデザートに因んでケーキと呼ばれている。

 彼の人柄を表すのならばスポンジケーキのように柔らかに思える優しい存在だからだ。


 美奈の挨拶に朝には持ってこいな爽やかな笑顔を浮かべて返すと、その隣にいた沙耶にも挨拶をする。沙耶からも挨拶は帰ってくるのだが、美奈の時よりもその声のトーンはどこか冷たく感じる。しかしそれはいつもの事ではあるのか、啓基は特に気にした様子もない。


「そう言えば美奈、見たがっていた映画なんだけど今度の休みにどうかな?」

「あの映画、今週の土曜日からだっけ」


 美奈の隣に並んで歩きながら啓基は彼女が以前より楽しみにしていた映画を誘おうとする。楽しみにしていた映画だけあって今までも度々話していたのだろう。映画の事を思い出し、子供のようにワクワクと楽しみを待っているような微笑ましい美奈の姿に啓基はクスリと笑う。


「うん、だから一緒に見れたらって──」

「小山さん。今度の土曜日は私と出かける予定でしたよね」


 美奈を微笑ましそうに見ながらこのまま約束を取り付けようとするがその前に半ば割り込むように沙耶が口を挟む。それは今までの涼やかな態度とは違い、どこか不機嫌そうにも感じられた。


「あぁそうだった、ごめんごめん……。ケーキも今度でも良いかな? ケーキが良かったらの話だけど……」

「俺は映画がやってる期間だったらいつでも良いよ。それに初日じゃ混んでるだろうしね」


 楽しみに浮かれていた美奈も我に返って沙耶に謝りながら、啓基に断りを入れて次の機会に出来ないか交渉する。啓基も約束が取り付けられなかった事に苦笑を浮かべながら、それならば仕方ないと頷き、また別の機会に彼女を誘おうと決めるとチラリと沙耶を一瞥する。


 奇妙なことにこうして三人で登校する事は今まででも数え切れないほどあったのだが、啓基は沙耶と話した事はあまりない。言ってしまえば友達の友達……啓基と沙耶の関係はそんなところだ。何となくではあるが、啓基自身も彼女とは反りが合わないような気がしているのだ。


 だがこうして一緒にいるのは美奈という存在を挟んでいるからだろう。美奈と沙耶とは幼い時からの付き合いではあるのだが、沙耶はいつも美奈の傍にいる、そんな印象があるのだ。


「……ねぇ美奈。今日の放課後、空いてるかな……? 大事な話があるんだけど……」


 美奈にとって自分も沙耶も所詮、友達もしくは兄弟のようでしかないだろう。


 でもそんな自分と美奈の関係はもう終わりにしたい。


 沙耶に気づかれないようにそっと美奈に耳打ちをする。啓基がわざわざ耳打ちで、しかも小声で話す事だ。それなりの事なのだろうと、美奈はまだ内容が分からない為、きょとんとした様子ながらも頷くのであった。

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