名誉匿名

猫の名前は伏せる。彼(ただしくは彼女なのだが)は、むやみやたらに他者と交わらない。この猫と心を通わせるのに俺がどれだけ苦心したか。彼猫のためにも、俺の苦心の日々のためにも、必要以上のことは明かさないでおく。

 きつい四月十四日の日差しが、閉じている目に届いてくる。見なくても居場所なんて分からないはずのない猫を抱こうとして、俺はためらった。

「俺が猫を? 何になる?」

 俺にはなしかけたのは生神だ。生神は、熱心に俺を勧誘する。時には手紙で。時には夜討ち朝駆けなんて目じゃないほどに、不意に俺を誘惑する。生神は俺を生きさせようとする。

「俺はね」

 俺は言う。

「俺は、猫の気もちなんてこっれぽちも興味はないよ、でも。俺は人になりたい」

 生神は、呆気にとられて黙りこくったあと、絶体絶命に笑った。

「おかしいね! 君は人間になりたいのか。あはは、お菓子のように甘い奴だ。君が? 人間に? 思い知ったか、おのれの罪を」

 罪。

 俺は、人間になりたい。たとえこの猫が、もし生神の仕組んだ何十にも張り巡らされた罠だとしても。

 猫のためなら、俺は命はいらない。

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