名誉匿名
猫の名前は伏せる。彼(ただしくは彼女なのだが)は、むやみやたらに他者と交わらない。この猫と心を通わせるのに俺がどれだけ苦心したか。彼猫のためにも、俺の苦心の日々のためにも、必要以上のことは明かさないでおく。
きつい四月十四日の日差しが、閉じている目に届いてくる。見なくても居場所なんて分からないはずのない猫を抱こうとして、俺はためらった。
「俺が猫を? 何になる?」
俺にはなしかけたのは生神だ。生神は、熱心に俺を勧誘する。時には手紙で。時には夜討ち朝駆けなんて目じゃないほどに、不意に俺を誘惑する。生神は俺を生きさせようとする。
「俺はね」
俺は言う。
「俺は、猫の気もちなんてこっれぽちも興味はないよ、でも。俺は人になりたい」
生神は、呆気にとられて黙りこくったあと、絶体絶命に笑った。
「おかしいね! 君は人間になりたいのか。あはは、お菓子のように甘い奴だ。君が? 人間に? 思い知ったか、おのれの罪を」
罪。
俺は、人間になりたい。たとえこの猫が、もし生神の仕組んだ何十にも張り巡らされた罠だとしても。
猫のためなら、俺は命はいらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます