第3話 ニルカ

 森の奥深く、普段は穏やかなはずのそこにニルカはいた。

 父と戻らない一族の若い衆を探しに来ていたのだった。


 父は私の目の前で怪物に殺された。

 私を庇って、怪物の腕に腹部を突き刺されて、そこから身体を引き裂かれた。

 私は怒りに身を任せて斧を振った。

 怪物の腕に振り下ろした斧は、一撃で折れた。それでも私は怪物の身体に飛びついて、ナイフを突き刺す。ナイフの刃は少しだけ、怪物の背中に刺さった。ナイフの刃には御神木の実とリキルクヘビの牙を使って作った猛毒が塗ってある。掠るだけで森の生物を死に至らしめる猛毒だ。

 私はナイフを手放し、怪物から飛び降りた。


「嘘。どうして立っている!」


 毒が身体に入ったはずの怪物は動き続ける。

 木に登り、麻痺毒の塗ってある矢を放つ。赤く光る眼の様な部分を狙った。

 矢は命中するも弾かれた。


「あいつの身体は御神木よりも固いとでもいうの……」


 次の矢を弓に番える。

 そのとき、怪物の眼はこっちを向いた。


「#$%&@#@$@&」


 怪物が不思議な音を発したと思うと、二本の腕が私の方へ伸びてくる。

 紙一重で腕を躱したが、足場にしていた木が壊された。


「くそっ!」


 受け身を取り、すかさず矢を放ち、怪物から距離をとった。

 私ではあの怪物を倒せない。父の仇を討てない。


「はぁ……はぁ……。私は絶対をお前を討つ」


 でも、今は……どんなことをしても逃げないと。

 残る矢は二本。他に使える物もない。


「左へ跳べ!」


 突然後ろから誰かに叫ばれる。

 私は後ろを確認せずに、左へ跳んだ。

 怪物の身体を飲み込むほど大きな光球が私の後ろから怪物目掛けて飛ぶ。

 着弾。光球は怪物に当たると、私の手のひらに収まりそうなほど小さく収束する。


「伏せろ!」


 また叫び声。

 私は指示に従いその場に伏せた。

 瞬間……爆発が起きる。私は伏せたおかげで、辛うじて吹き飛ばされずにすんだ。

 爆風が収まると私は怪物を見た。砂煙で何も見えない。


「……やったの」

「あの程度で倒せるなら、とっくの昔に奴らは滅んでいるさ」

「えっ……きゃ!」


 私の真後ろに赤黒い髪の青年が立っている。顔を確認する前に小脇に抱えられた。

 そして青年は砂煙が収まる前に、怪物から離れるように走りだす。

 両足で走っているはずなのに、私が今まで見てきたどんな生物よりも早く森を駆け抜けていく。


「ちょっと、貴方は一体何者よ」

「あ?まて、その辺は逃げ切れたら説明する。あれは上位じゃねーが量産型でもない」

「何言ってるの!」

「黙ってろ。捨ててくぞ!」


 そう青年は私に言ったが、抱きかかえる腕の力が少しだけ強くなったのを感じた。

 それは不思議にも、幼い頃迷子になった私を見つけた父に抱きしめられた時に似ていた。

 青年は更に走る速度を上げた。森で生きる私でも、景色を把握できない程の速さだった。見たことのない滝を超えたところで青年は立ち止まった。


「はぁー。逃げ切った」

「もういいなら、降ろしてちょうだい」

「おう」


 青年は私を地面に降ろす。

 私は少しだけ服を整え、青年の方を向く。


「ありがとう。助けてくれて」

「意外に冷静だな」

「そうね。父があの怪物に殺された。あのままだったら私も……」

「すまないな」


 青年はそう言うと少しだけ顔を背けた。そして、徐に両手を見ている。両手には紋様の入った白い手袋。赤黒い髪に灰色のコート。顔立ちは整っているが、どこか……父と面影が似ている。放つ雰囲気が歳の割に色々な経験をしていることを物語っていた。


「もう少し早く、駆け付けるべきだった」

「いいの。父もみんなも一族の為に戦ったのだから」

「そうか」

「貴方はあの怪物を知っているの」

「あぁ、俺はあれを追っている」

「追っている?」


 あの怪物は森の中心から現れた突然変異の獣ではなかったの?

 だって、森の誰も今まであんな存在を見たことも聞いたこともなかったのに。


「俺の名はズィーク。不滅なるモノマイティ・レヴォルトを追う超越者 オリジンホルダーだ」

「貴方があの、伝説に出てくる超越者 オリジンホルダーなの!?」


 子供の頃、長老に聞いた世界を救う救世主のお話。それに出てくる救世主を人びとは超越者 オリジンホルダーと呼んでいた。実在していたなんて。


「この世界で超越者 オリジンホルダーについてどう言われているかわからないが、俺は世界を渡って、さっきの怪物、不滅なるモノマイティ・レヴォルトを追っている」


「あの怪物は、森の中心から出てきたの」


 ズィークは口元に手を当て何かを考えたあと、私を見て訪ねてきた。


「ここ最近、誰か遠くから来た者を見なかったか?」


「誰も見ていないわ」


「そうか」


「どういうこと?」


「あの怪物は不滅なるモノマイティ・レヴォルトという、他の世界で生まれた全ての生物の敵だ。誰かがこの世界に不滅なるモノマイティ・レヴォルトを運んだんだ」


「そんな……どうして」


 他の世界がこの世界に干渉する利点何て何処にもないのに。

 だって、この世界には森以外何もない。鉱物資源もエネルギーになるような物もないはずよ。


「理由はわからないが、この世界で不滅なるモノマイティ・レヴォルトは、まだ誕生しない」


「まだってことは、いつか誕生するってこと」


「さっきの奴以外に、奴らの発生源である疑似透明な球体ハイブ・レプリカに進化できる奴がいたらの話だがな」


「他の怪物は見ていないわ」


「そうか。ならよかった。あの怪物はこの世界で倒す」


 ズィークは右手を握ると、その手に炎があふれ出る。

 父とも一族の誰とも違う、戦士の眼をしている。


「貴方なら不滅なるモノマイティ・レヴォルトを倒せるの?」


「わからねぇが、倒すしかない」


 ズィークなら、この人なら本当に不滅なるモノマイティ・レヴォルトを倒せる気がした。さっきの光球や、森を速く駆け抜けただけじゃない。ズィークの放つ雰囲気が達人の狩人と同じものに感じたからかもしれない。


「私にも協力させて!」


 考えるよりも先に言葉が出ていた。


「……いいけど、次もお前を守ってやれるかはわからねぇぞ」


「一族の、父の仇を討ちたいの」


「わかったよ」


 ズィークは少し悩んでいたけれど、私の気迫に押されたのか、しぶしぶ承諾してくれた。


「よろしくね。ズィーク。私はコテゥリカ族、族長の娘、ニルカよ」


「こちらこそよろしく。ニルカ」


 私は笑顔でズィークと握手を交わした。やってやる。私はズィークと奴を倒す。


 ハイエルフとして生きて60年。ニルカの人生は転換期を向けえる。

 ニルカが超越者 オリジンホルダーとなるのはもう少し先のこと。

 不滅なるモノマイティ・レヴォルトとニルカの因縁はこのとき始まったのだった。

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