第2話 ×××

 日の出と共に起きて剣を振り、日没と共に気絶する様に眠る。

 その日々を繰り返した。どれだけ繰り返したのかわからない。

 初めは怒りと憎しみだけで剣を振っていた。食事も水も取らず、ただひたすらに強くなる為に剣を振った。不思議と身体は苦しくならない。

 剣捌きに変化が生まれているのか自分ではよくわからない。

 それでも、ただひたすら剣を振る。

 もはや俺に残されたものはそれだけだ。

 俺は己以外失うものは全て失った。

 白銀の髪、透き通るような白い肌。青玉のような美しい青い瞳。白いワンピース。

 白銀の少女は、自分は超越者 オリジンホルダーだと語った。


「あのね、私は世界を渡っているの。会いたい人がいるから。ごめんなさいね……先に謝っておくわ。だってあの人に会うためなら、私はあなた達の命を贄に捧げることを厭わないもの」


 白銀の少女は俺たちにそういった後、空に向かって何かを唄った。だが、俺の耳にその歌声は届かなかった。俺たちの頭が彼女の唄を理解できなかったのかもしれない。視界が歪む、頭が割れそうだ。彼女が唄った途端、晴れていた空は曇り闇に包まれた。空に大きな穴が現れ、師匠も兄弟弟子達もその穴に吸い込まれていった。風などではない。体感したことのない力によって俺たちは穴に引っ張られた。まるで、見えない波に飲まれる様だった。俺は持っていた剣を地面に突き刺し、辛うじて穴に吸い込まれることはなかった。しばらく穴は俺たちを吸い込もうとし、俺以外を飲み込んだあと、何事もないように穴はなくなり闇は晴れ青空に戻った。


「これだけの命があれば、私は次の世界へ飛べる。ありがとう。私は旅を続けられる。さようなら剣士さん」


「貴様は悪魔だったのか!」


 身体中に力が入らない。けれど、ここで倒れる訳にはいかない。剣がある。腕も足もある。俺は剣士だ。目の前にいる少女が悪魔だとしても、この所業……生きて帰らせる訳にはいかない。全身全霊をかけて斬る。


「悪魔?私が……。あんな下等な存在と一緒にしないで頂戴。私は……」


 悪魔の話など聞く耳持たん。俺は最後の力を振り絞り、少女に斬りかかった。

 そう、確かに斬りかかったのだ。


「嫌になるわ。人の話を聞かない人って私嫌いなの」


 振り上げた剣は、振り下ろすよりも速く砕け散った。


「な……」


「その程度の武器しか持たない世界だもの、別にいいじゃない」


 俺の剣が砕けた。この世界で最高の剣である聖剣の一振りだぞ。

 それをこの程度だと……。こんなことができるものを悪魔と呼ばず何という……。


「お前は一体何なんだ」


「私は超越者 オリジンホルダーよ」


超越者 オリジンホルダー?」


「その名すら知らないのね。なんて遅れた世界なのかしら」


 少女は呆れながら、俺の方へ歩み寄る。

 もう、俺は立っていることすらできなかった。

 その場に崩れ、首だけで少女を睨んだ。


「何よその目。嫌いだわ。う~ん……でも、いいわ。貴方は生かしておくね。何だか、その方が良い気がするの」


 こいつは何を言っている。

 少女は俺の間合いで立ち止まった。今もう一度斬りかかれれば、確実に首を落とせる。

 そのくらいの距離だった。だが……どうして、俺にはそれができないんだ。

 剣を握ることも、立つことすらできないなんて。


「私の感はよく当たるのよ。だからきっと、貴方が生きていることはどこかで私の役に立つのよ」


 そう言って少女はまた何かを唄った。

すると今度は彼女の周りが光だし、眩く光ったと思うと、姿も何もかも消えていた。

後には倒れた俺と、砕かれた聖剣だけが残っていた。

今日まで共に生きていた師匠も兄弟弟子も全員消えた。

超越者 オリジンホルダー。聞いたことのない名だった。

俺は天を仰ぎ絶望し絶叫した。

まるでその叫びも空に飲まれるようだった。

絶叫したまま、俺は意識を失った。

 目覚めると、俺には怒りと憎しみだけが残った。

屋敷に残っている聖剣三振り持って、山へ向かった。

そこから俺はただひたすらに剣を振っている。日の出ともに目覚め剣を振る。

永遠に変わることなく、ひたすらに剣を振っている。

剣を振ること以外俺にできることがわからなかった。

剣の腕を上げる。強くなる。強くなって奴を見つけ出し、この手で斬る。

それが俺の全てになった。

剣を握る手が裂け血が滴っても、剣を振る。

嵐が来ても、吹雪が来ても、日照りが続いても俺は剣を振った。

ただ偏に強くなる為に。

嵐を切り裂き、雷より早く刃を振り下ろす。

時に動きを止め、自然と一体となる。

 剣を振るのを完全にやめたのは、三本の聖剣の刃は全てなくなった時だった。刃は風の摩擦ですり減ってなくなっていた。ふと見渡すと道場は無くなっていた。正しく言えば、俺が立っている場所以外草木が生え、辺りは草原になっていた。一体俺はどのくらいの期間剣を振り続けていたのだろう。

近くに落ちていた丁度いい大きさの棒切れを振り下ろす。

すると、不思議なことに目の前の空間が歪む。

俺は何かを掴んだ。

その何かを言語化することは今の俺にはまだできない。

今度は息を整え、全力で棒切れを振る。当たり前のように棒切れは粉砕した。

新たな棒切れを見つけ、棒切れに意識を集中し、振り下ろす。

棒切れは粉砕していない。俺の意識が棒切れの先まで届いたのだと理解した。

目の前の空間が裂け、棒切れの先端が裂け目に入る。

裂け目は直ぐに閉じた。

棒切れの先端はなくなっていた。

俺はこの裂け目を抜ければ、白銀の悪魔の消えた先に行ける気がした。

全てを失った俺だ。

今更恐れるものはない。

新しい棒切れを手に取り、振り下ろす。今度は自分の身体が通れる大きさに裂け目を作った。

俺は無我夢中でその中に飛び込んだのだった。

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