君との思い出〜DOWN TOWN GIRL〜

なみかわ

君との思い出〜DOWN TOWN GIRL〜

 生まれつき目や髪の色が薄くて、先生にさえいじめられていたA子に、勇気を持って初めて話しかけたあの行動でさえ、今となっては「可哀想だから」のエゴを押し付けただけかもしれなかった。けれど謝ることはもうできない。


 18年前の2月20日、高校2年生だった私とA子の前に白い車が飛び込んで来たときから、私たちの人生は全く予想もしない方向に分岐した。


 人間の治癒力はすごい。いまだともう、ちょっとひっかいたらかさぶたができるまで時間がかかるけど、あの頃は日に日に体が動き、息ができるようになり、激しく走っても内臓の痛みがやわらかくなってゆくのをひしひしと感じた。ただしそれはある程度「回復する」状態が前提である。A子は死んだ。

 A子は「回復する」状態よりひどく傷ついて死んだ。私をかばうようにして車の前に立った、からだった。家族や医者は直接言わなかったけど、人の噂はよく耳に届く。


 法学を学ぼうと決めたのは、A子と私をはねた運転手に下された裁きがのか知りたかったからだ。しょせん学部でおさめる法学に明確な答えはなく、法科大学院に行ったところで「個人的感情」と「交通事故の判例」のさじ加減がわかるわけもなかった。

 当時はまだ刑法第208条の2が新設されたあたりで、懲役刑を経て運転手は、私の家族やA子の遺族との取り決め通り、事故から10年後に賠償を終えて一切連絡を取らない「他人」となった。

 私と(私の家族と)A子の家族の交流も、お互いの転勤などで疎遠になり、いまや1年に一度挨拶状を渡すほどにもなった。連絡先を知らないわけではないが、何らかの気遣いはあるように思えた。私自身はことあるごとに迷いを繰り返しているものの。


 そういった迷いがあると、あの場所に訪れていた。そう、高校時代、その日も二人で学校からの帰り道に寄った公園。自販機でジュースを買って飲んで、くずかごに投げて、また帰路につくのがあの頃の私達の日常だった。公園をでて数分もしないところで、はねられた。


 事故から数年後、浪人してから大学に入った時も。卒業してからそつない会社で事務をやりながら法科大学院に入る準備をした、事故から10年ほど後も。ひとつ前に来たのは、司法試験に失敗して、また普通の事務員になった5年ほど前(事故から13年後くらい)だ。これでよかったのだろうか、ねえA子どう思う? 私はこれでよかったの? そういう相談の答えを求めに。



 もう二度とスニーカーやスクールローファーで歩くことのない道を、パンプスで歩き続けた先、石だたみの柄が変わっていることに気がついた。前に来た時も、たしか最寄り駅は改装の骨組みをしていた。地域がまるごと、原型をとどめないほどに、再開発やら何やらで、生まれ変わっていた。

 公園は、商業ビルになっていた。−−とってつけたような、ま緑の葉を茂らせる木が並ぶ1Fは、ガラス張りのカフェスタンドに変わっていて、自販機もゴミ箱もなかった。--今のスーツ姿の自分には町の公園よりこちらのほうが違和感はないわけだが。


 事故のあとにも、大きな事故や災害はいくつかあって、いつまでもものものはその場にとどまり続けていないことは十分にわかっていた。けれども、A子との接点としてのよりどころが、消えてしまったかのようで、ぼうぜんと立ちつくした。--そばの女の子にぶつかってしまう。「あっ、ごめんね」


 光のかげんか、女の子の、小学校の帽子の下の髪は、薄茶色に見えた。--私が初めてA子に話しかけた日を思い出す。


「大丈夫?」

「はい、だいじょうぶです」

 A子はあの時、「ん、まあね」と言っていたと思う。


 ちらりと見えた女の子の名札の名字も、よくあるものだったけれど。A子との会話の中では、特別だったな、と思い出した。


  「お見合い??」

  「そ。あたし持病もあるし、こんなだから、さっさと決めちゃおうかなって」

 A子はサバサバと、親が探してきたという、を教えてくれた。



 たしかに16歳になったら女子は結婚できるけれど、早すぎだよ、と私は答えたような覚えがある。事故のあとは、ウエディングドレスとかも着たかったのだろうな、という思いや自分が幸せになるのはいかがなものかと、結婚を考えることもやめていた。

 結局A子はその女の子と同じ名字の医者と結婚したのかどうか、思い出そうとしているうちに、女の子は女の子の日常へ戻っていった。走る先にいた、父親らしき男性のもとへ。しっかり、手をつないでいた。


 私はあの時手を離したのは自分からだったかどうか、も、もうあやふやになってしまっていた。18年前の2月20日、だけはしっかりおぼえているのに。


「えっ」


 --あの女の子が飛び出してきた道、それは脇道のようなところで、人一人通れるくらいの石畳がしいてあった。その先に、見覚えのあるベンチがあって思わず走りだす。

「何、これ……」

 あの公園から、ベンチと、自販機と、ゴミ箱だけ切り取ったような小さな空間、ほとんど毎日A子と寄った場所が、移転というか、再現というか、がそこにあった。

「どうして……」



 ひとつだけ違っていたのは、中央に小さな碑があったことだ。

 そこにはビルのオーナーの名前……どこかできいた名字で……文字が刻まれていた。






「最愛の妻A子の大好きだった場所」





 その一文ですべてが体の中で砕け散った。

 私は全身から大きな声を出して叫び泣いた。



 私はまったく自分の18年を重ねていなかったことに今更気づいた。

 どこか負い目を感じていたり、何らかの決断のたびにA子だよりにしていた。

 A子は死んだけど、周りに愛され続けていた。

 私は生き延びたけど、




 はっとしてさっきの親子を追いかけようとしたがもういなかった。もしかしたらあの子は……?



「私には持病があるし、あの人と結婚したらこの先おもしろいかなって」




 カタカタとビル風で、いくつか空き缶の入ったゴミ箱がゆれた。

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