五章 3

 *


 雅人を探したが、見つからないので、祖母の家に帰った。家のなかが静かだ。


「ただいま。おばあちゃん? いないの?」


 玄関で声をかけるが返事がない。見れば、祖母のつっかけがなかった。近所に出かけているようだ。あるいは、奥の離れか?


 急いで離れに行ってみるが、カギがかかっていた。


(おばあちゃん、出てるんだ。もしかして、今なら、このなかをたしかめられるんじゃないの?)


 ドキドキしながら、祖母の部屋に侵入し、押入れをあける。以前、見つけていた隠し場所から、怪しいカギをとりだした。そのまま、離れに走っていき、愛莉はカギをあけた。


 父は死んでいるのに。

 このなかにいるのは、じゃあ、誰なの?

 父と祖父を殺した人?

 でも、それは滝川刑事じゃないの?


 もう、わけがわからない。

 確実なのは、このなかを見ること。

 それ以上、明確な答えはない。


 カギ穴にカギをさしこんだ。

 カチャリと小さな音をたてて、カギはまわった。


 心臓の鼓動がうるさいほど速くなる。

 愛莉は思いきって、ドアをあけた。


「誰か、いるの?」


 返事はない。

 しかし、何者かが息を飲むような気配があった。


 愛莉は急いで、ドアよこの電球のスイッチを押した。黄色っぽい、くすんだ照明が乱雑な物置の内部をてらした。


 その人は、真正面に立っていた。

 身をかくす場所を探していたようだが、明かりがついた瞬間に、ため息をついた。


 愛莉は、めまいをおぼえた。

 そこにいるのが誰なのか、わかりさえすれば、何もかも合点がいくと思っていた。事件の真相が、ひとめでわかるだろうと。


 でも、これは、いったい、ナニ?


 真相が、さらに遠くなる。真相どころか、常識が、どこかつかみどころのない、あやふやな世界に溶けていく。


「なん……で? なんなの? コレ? なんで、ここに……」


 愛莉は泣きたいような笑いたいような、変な気持ちにおそわれながら、その人に問いかけた。


「なんで、おじいちゃんが、ここにいるの?」


 そんなバカなことがあるはずはない。だって、愛莉は祖父の葬式に出たし、ちゃんと棺おけのなかの遺体も見た。胸を刺されて死んでいたわりに、祖父はとても安らかな顔で亡くなっていた。


 それなのに、なぜ今、目の前に生きた祖父が立っているのか?


 しかも、そこにいるのは晩年の祖父じゃない。愛莉が、まだ幼かったころの祖父だ。年齢的に言えば、五十代の祖父。祖父であることだけは、まちがいない。でも、祖父はもう八十になっていたはず……。


「何コレ? わけわかんないよ。なんで、おじいちゃんが若くなってるの? 死んだんじゃなかったの? お父さんは? 死んだのは、お父さんだったの?」


 すると、玄関の方で音がした。


「愛莉、帰ってるの?」


 祖母の声が近づいてくる。

 しばらくして、祖母は離れにやってきた。


「愛莉。おまえ、見てしまったんだね」

「おばあちゃんが、ここに誰かをかくまってるのは知ってたよ。でも、わたしには言っといてくれても、よかったんじゃない? わたし、もう子どもじゃないよ」


 祖母がすまなさそうな顔で言った言葉を聞いて、愛莉はさらに混乱する。


「ごめんよ。でも、お父さんは警察に追われてるから、なるべく秘密にしておきたかったんだよ」

「えっ……?」


 祖母は何を言っているのだろうか?

 ここにいるのは祖父だ。父ではない。


 まさか、祖母は、祖父のことを父だと思って、人目から隠していたのか?


 だまりこんだ愛莉を見て、祖父がいたわるように声をかけてきた。


「すまなかったね。愛莉。もう、おまえにも、ほんとのことを話していい年だ。おまえなら、わかってくれるだろう」


 そう言って、祖父は語りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る