四章 2


 離れに入るためにはカギが必要だ。祖母の部屋を探せば、どこかにあるかもしれない。


 祖母の部屋は一階にある。

 テレビのある茶の間から、細いろうかをはさんで、むかいの六畳間。


 そっと、ふすまをあけて、なかをのぞいた。きれいに片づいた和室だ。古い和ダンス。三面鏡のついたドレッサー。日本人形がタンスの上に飾られている。

 子どものころに見たまま、変わっていない。押入れもあるから、探すところは、たくさんある。


 祖母はたったいま出ていったばかりだ。とうぶん、帰ってこないだろう。


 愛莉はドキドキしながら祖母の部屋に入っていった。


 まずは、祖母がいつも通帳などの大切なものを入れていた、和ダンスの一番上の引き出しをひらく。たしかに、通帳はあった。が、カギはない。

 和ダンスを上から調べていく。けっこう時間がかかったが、それらしいものは見つからなかった。


 では、次は鏡台だ。小さな引き出しが二つほどある。右の引き出し。左の引き出し。口紅やコンパクトが乱雑に入っていただけだ。


 じゃあ、押入れか。

 ふすまをあけたとたん、愛莉は悲鳴をあげた。

「キャアアアーッ!」


 目の前にあのコンビニで見た女の子の霊がすわっていた。押入れの上段に正座している。なんとなく悲しげな顔をして、すっと消えた。


 霊は見なれているが、とつぜんだったので、心がまえがなかった。まだ心臓が激しく脈打っている。


 なぜ、こんなところにあの子が?

 何か伝えたいことでもあったんだろうか?


 そういえば、今日は両眼が穴になっていなかった。何か訴えるような目で、よこのほうを見ていた。


 少女が見ていたほうには、衣類をいれてある透明なカラーボックスが三つほど、つみかさなっている。

 そのとなりに百均で買ったらしいプラスチックの小物入れがあった。引き出しをあけると、一番上の段にカギがある。


(これだ!)


 しかし、そのとき、玄関の外で自転車を停める音がした。スタンドを立て、玄関のカギをカチャカチャさせる音が続く。


 祖母が帰ってきたのだ。

 迷ったが、愛莉はそのまま、押入れのふすまをしめて、トイレのほうへ行った。二階にまであがる時間はないと思ったからだ。


 カギを持っていってもよかったのだが、そうすると、万一、祖母が離れに行こうと思ったときに、カギがなくなっていることに気づいてしまう。


 ガラガラと玄関の戸があいた。


 愛莉はトイレから出て、玄関にまわった。


「おかえり。おばあちゃん。朝早くから、どうしたの?」

「あれ? 起きてたの? 愛ちゃん。お守りの材料、とってきたよ。ちょうどいいのがあったから、作っておくね」

「あっ、そうか。ありがとう」

「朝ご飯は?」

「もう一回、寝るからいいよ」

「そう」


 愛莉は平静をよそおって、二階へあがった。あとちょっとだったのだが、しかたない。祖母に怪しまれるよりは、またの機会をうかがったほうがいい。


 二階にあがると七時になっていた。


 雅人はもう起きただろうか?

 昨日も、はぐれてしまった。


 気になって電話をかけたが、つながらなかった。まだ寝ているのかもしれないと思い、すぐに切った。


 それで思いだしたが、雅人の知りあいの刑事から、名刺を受けとっていたのだった。あとで電話をくださいと言われていた。


 昨日、あの林にいたというのとは、夜通し捜査を続けていたかもしれない。電話をかけると迷惑かなと愛莉は考えた。が、いちおう、かけてみることにする。


 名刺に書かれた番号は警察署のものだ。しかし、裏返すと、スマートフォンの番号が走り書きしてあった。

 その番号に電話する。

 数秒とかからずに通話がつながる。


「はい。滝川です」

 声に疲労が感じられる。徹夜明けなのだろう。


「平野愛莉です。雅人くんの友人の」

「ああ。君か。待ってたよ。ゆっくり話が聞きたくて。今、かまわないか?」

「ええ。いいですよ」

「もうわかってると思うんだが、聞きたいのは、雅人のことなんだ。雅人がいなくなる前、君に何か言ってなかったかな? どこへ行くとか、誰に会うとか」


 愛莉は聞かれている意味がわからなくて、とまどった。


「いなくなる? いつのことですか?」

「いつって、二年前だよ。もちろん」


 もちろん? なにが“もちろん”なんだろうか?

 二年前に雅人に何かがあったのだろうか?

 しばらく、行方をくらましていたとか?


(二年前……たしか、二年前から病気のために、この町に引っ越してきたんだって言ってた)


 きっと、その前に一時期、姿をかくしていたのだろう。自分が重い病気だと知って、ショックが大きかったのだ。知りあいの誰にも行くさきを知らせず、旅にでも出ていたのだと、愛莉は推測した。


 そのあいだに何かが起こったということだろうか?


「すいません。じつは、わたしたち、最近、再会したばっかりで、以前のことは、よく知らないんです。二年前に、雅人くんが何か事件を起こしたんですか?」


 しばらく沈黙があった。


「……君は、雅人の友達なんだろ? まさか、知らないのか?」

「えっ? 何をですか?」

「雅人は行方不明なんだ」


 やっぱり、そうだ。二年前、雅人は行方をくらましていたことがあるらしい。もしかしたら、今回の行方不明事件に関連があると、圭介は考えているのかもしれない。


「すみません。わたし、ほんとに知らなくて。今度、会ったら、聞いてみましょうか?」

「えッ?」


 ビックリするような大声を出されて、愛莉はスマホを耳から離した。


「今度、会う? いつ?」

「約束はしてませんけど、今日も会いたいなとは思っていますけど」

「今日? ほんとに?」


 なんだって、こんなに念を押すのだろうか。


「ウソなんてつきませんよ。会ったら何を聞けばいいんですか?」

「いや、おれはただ、あいつが心配だっただけだから、元気にしてるんならいいんだ。じゃあ、あとで、おれに電話をかけるように伝えてほしい」

「わかりました」


 なんだか変な刑事だ。刑事というより、友人として雅人を探していたわけか。それなら、昨日、なぜ雅人ではなく、愛莉を呼びとめたのか、ますます、わからない。


 電話を切ると、愛莉はワンピースに着替えた。

 むしょうに、雅人に会いたくて、しかたない。


 一階におりると、祖母に声をかけた。

「おばあちゃん。わたし、出かけてくる。朝ご飯も外で食べるよ」

「ああ、ちょっと待って」


 祖母は自分の部屋のふすまをガラリとあけて出てくると、愛莉に赤いちりめんの小袋を渡してきた。


「ほら。できたよ。お守り。ちゃんと持っておくんだよ」

「早いね。ありがとう」


 愛莉は祖母のくれたお守りをポケットに入れた。

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