四章 3
*
外に出たところで、愛莉は雅人に電話をかけてみた。つながらなかったが、留守電に切りかわった。さっきは留守電になる前に切ってしまっていたわけだ。
「雅人くん。わたし、愛莉。今から、雅人くんの家に行くね。近くまでついたら、また連絡する」
それだけ言って、電話を切る。
祖母の自転車を借りて、神社の方角へむかった。雅人の祖父母の家が、そのあたりだったのは、たしかだ。
神社の近くの林は、立ち入り禁止の黄色いテープが張られていた。まだ捜査中なのか、警察官の姿も見える。周囲には放送局の中継らしい人たちが何組もうろついている。
まあ、そうだろう。
こんな片田舎の町で、十五体も死体が見つかるなんて異常だ。マスコミがとびつかないわけがない。
このあたりかなと思いながら、住宅街をうろうろしていると、うしろから、ぽんと肩をたたかれた。てっきり、雅人が迎えに出てきてくれたんだと思った。
「雅人!」
勢いこんでふりかえると、そこに立っていたのは、雅人ではなかった。杏だ。
「……あっ、ごめん。まちがえた」
「いいよぉ。彼氏と待ちあわせだったんだ」
「うん。まあ」
「わたしも今からデートなんだ。昨日の、すうくんと」
すうくん——その呼びかたに、なぜか記憶が刺激された。どこかで聞いたことがある。
「すうくんって、昨日の茶髪の人だよね? 高級車に乗ってた」
「リムジンね! スゴイでしょ? すうくん、二年前に起業して、大当たりしたの」
杏の目はキラキラ輝いている。お金持ちのイケメンをつかまえて、自慢そうだ。愛莉は話をあわせて、褒めておいた。
「そうなんだ。スゴイね」
あの男。顔も見たことがあるような気がした。もしかしたら、子どものころに会ったことがあるのかもしれない。
「杏ちゃんも待ちあわせなの?」
「すうくんの家、この近くなんだ」
「ああ。それで」
話しているところへ、通りの前方から、滝川圭介が歩いてくる。もう一人のスーツの男も、先日、圭介を呼んでいた男だ。仕事仲間なのだろう。
「やあ、おはよう。今から、雅人に会うの?」
「おはようございます。そうです。滝川さんはお仕事ですか?」
「そうだよ。近隣の聞きこみ中。じゃあ、よろしく伝えてください」
「はい」
言うだけ言って、圭介は去っていった。大事件が起こって、刑事の圭介は大変そうだ。
愛莉たちの会話をだまって聞いていた杏が首をかしげている。
「さっきの人、雅人くんじゃなかったの?」
「えっ? あれは雅人の知りあいの滝川さんだよ?」
「なんだ。勘違いしてた。わたしが言ってたの、あの人のことだよ」
「そうだったの?」
なんで、雅人と圭介をまちがって紹介してしまったのだろう?
そのときの状況を思いかえしてみる。あのときは、たしか、野次馬にまじって雅人と話していて、そこへやってきた圭介に呼びかけられた。しばらく会話したあと、杏と再会したのだ。
なるほど。自分のなかでウェイトの高い雅人のことが、つい頭に浮かんできてしまったから、「さっきのイケメン誰?」という杏の問いに、雅人と答えた。勘違いしたのは、愛莉のほうだ。
「そう言われてみれば、滝川さんも、ちょっとイケメンだね」
苦笑まじりに愛莉は言った。
「ええ? 何ィ? ノロケ? 彼氏のほうが、もっとイケてるの? 見たいィ」
「でも、杏ちゃん。すうくんと会うんでしょ?」
「そうだけど」
グッドタイミングで、杏のスマホに着信音が入った。杏は電話に出ると、相手と話しながら愛莉に手をふる。愛莉も手をふって、杏が歩いていくのを見送った。
一人になった愛莉は自転車をころがしながら、近辺の家の表札を見て歩いた。表札が出ていなかったら、どうしようと思ったが、少し歩いたさきに、黒川という表札の家を見つけた。
よくある二階建ての和風建築。瓦の重そうな古い造りだ。
(よかった。きっと、ここだ)
愛莉はなんの疑いもなく、呼び鈴をならした。
しばらくして、なかから七十くらいの女が出てくる。雅人は一人暮らしをしていたような気がしたが、これも勘違いだろうか?
「どなたですか?」と、たずねてくるので、愛莉は正直に告げた。
「雅人くんの友人です。雅人くんはいますか?」
「ああ、そうなの。雅人ね。ちょっと待ってね」
古い家だから、インターフォンがとりつけてないのだろう。わざわざ、前庭を往復して、なかへ呼びにいく。
そっか。あれが雅人くんのおばあちゃんか。しまった! もっと、しっかり挨拶しとくんだった。印象悪くなってない?
愛莉がそんなことを考えてあせっていると、ふたたび玄関ドアがひらいて、今度は男が出てくる。
愛莉と同年代の若い男。でも、それは……。
愛莉は、がくぜんとした。
自分の目がどうかしたのか?
たしかに、けっこうイケメンだ。
たいていの女の子はキャアキャア言うかもしれない。背が高く、健康的に日焼けして、スポーツマンタイプ。
でも、それは、雅人じゃない。
雅人とは似ても似つかない。
男が近づいてくるのを見て、愛莉は思わず逃げだしていた。
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