四章

四章 1



 けっきょく、雅人が見つからなかったので、愛莉は家に帰った。

 帰宅したときには、すでにテレビで特番が組まれるほどの大事件に発展していた。


「愛莉! よかった。ぶじだったんだね。ダメだよ。危ないとこに近づいちゃ」


 心配した祖母が玄関口でヤキモキしながら待っていた。


「ごめん。神社の近くの林で、死体がいっぱい見つかって」

「特番でやってるよ」

「そうなんだ」

「十三体も死体が見つかったんだってね」

「え? そんなに?」


 きっと、愛莉が立ち去ったあとにも、さらに何体か見つかったのだ。


 愛莉も茶の間へかけこみ、テレビを見る。それによると、身元不明の死体が十三体、発見された。ほかにも、まだ掘りだされている途中のようだ。しかも、その死体はみんな異常な状態だったという。


「こちら、ごらんください。この林のなかで、現在も警察が捜査中です。遺体は今のところ、すべて身元不明です。七十代の男性。八十代の男性。九十代の男性の遺体もあったようです。女性の遺体は二体。どちらも七十代ということです」


 現場の手前で、リポーターが話している。

 それに対して、スタジオのアナウンサーがたずねた。


「遺体はどんな状態で発見されたんですか?」


「はい。さきほども言いましたが、林のなかに埋められていました。死後数年以上、経過した遺体もあるようです。ただし、それらはすべてミイラ化していたという話です」


 高齢者のミイラ化した死体ばかりが、たくさん……。

 でも、それは、現在ひんぱつしている行方不明とは関係がなさそうだ。行方不明者は愛莉と同年代らしいから。


「なんだか、大変なことが起こってるね。いったい、どうなるんだろう」


 愛莉が言っても、祖母はだまりこんでいた。自分の住む町で恐ろしい事件か起きたせいで、言葉を失ってしまったのだろうと、そのときは思った。


「じゃあ、おばあちゃん。お風呂入るね」

「ああ。そうだね」


 愛莉は一人で浴室へむかった。





 *


 二階から着替えを持っておりたあと、浴室に入る。


 時刻は八時くらいだろうか?

 古い家なので、浴室の照明は暗い。夜には必要以上に迫力があった。壁に貼りつけられた鏡のすみに、黒いサビがあり、前から、愛莉はそれが気になっていた。


 シャワーですましてしまおう——

 そう思い、なるべく鏡を見ないようにして、シャワーをあびる。


 シャワーも古く、水量が少ない。

 蛇口をいっぱいにまわしても、ほどよい水圧にならない。急いであがりたいときには、もどかしい。


 髪をぬらしていた愛莉は、シャンプーに手を伸ばそうとして、鏡の端のサビに目が行った。年輪みたいな丸いサビが、いつもより少し大きく見えた。


 なんだろう? 見まちがい?


 思わず見入っていると、黒い年輪がグルグルまわりだした。そして、中心のもっとも濃い黒の部分が、じわじわと広がってくる。


 ブーン、ブーンとモーターのような音が、遠くなったり近くなったりする。


 モーター? いや。何かの羽音?


 ジィージィージィージジジ……ジ……。


 黒い中心に、何かが見える。

 赤い色の何か……。


 それは、ゆっくりと、こっちに近づいてくる。気の遠くなるような遥かな深遠から。


 赤い……血のような赤い……。


 いつしか、愛莉は思考が止まっていた。ウットリと、それが近づいてくるのをながめていた。



 ——おまえは、わたし。わたしは、おまえになる……。



 ああ、そうね。わたしは、あなたなのね。あなたは、わたしになるのね?


 黒い穴がまわりながら大きく大きくなっていく。その中心から二つの手が伸びてきた。真っ黒で、陶器のようにヒビわれ、枯れ木のようにひからびた手が。



 ——うつせェ……うつせェ……。



 うつす? 何をうつすの?


 ジィージィー……ジジ……。


 黒い手が目の前に迫る。

 愛莉の頰に、あとほんの少しで、ふれそうなほど。


 そのとき、浴室の外から声がした。


「愛莉。ちょっと、あんた、お風呂長くないかい? 大丈夫なの? 倒れてないよね?」


 すうっと異世界の空気が退いた。

 それがやってきた深遠に、すべての異界の産物が、いっきに吸いこまれて消える。


 ハッと愛莉は我に返った。


 今まで、自分は何をしていたんだろう?

 寝てしまってたんだろうか?

 シャワーをあびて、立ったまま?


 ものすごい冷や汗が全身からふきだしてくる。なんだか、たった今まで、とても危険なめにあっていたような気がする。でも、その記憶もない。


「愛莉? 愛莉、大丈夫なの?」


 祖母の心配げな声を聞いて、とりあえず、ガラス戸をあけた。


「大丈夫。ちょっと、うたたねしてたみたい。ありがとう」

「そうかい? ぐあい悪くない?」

「眠いだけ。ぐあいは悪くないよ」

「そう。じゃあ、早くあがるんだよ?」

「うん」


 夜なのに、蝉の鳴き声が、ひときわ激しい。





 *


 翌朝。

 入浴後にすぐ寝てしまったので、愛莉は早朝に目がさめた。朝の六時。ふだんなら、熟睡中だ。


 ヒマだったので、スマホでネット検索してみた。

 行方不明者と大量の死体。

 何か関連がないかと思い、あらためて調べてみたのだ。


 町の名前を入れ、失踪事件、死体発見、神隠しなど、思いつくキーワードをいくつも入力してみる。


 死体については、昨日のニュースに関するものがほとんどだ。死体は新たに二体見つかり、合計十五体になっている。しかし、これといった新事実は見あたらない。むしろ、あからさまにデマとわかるようなウワサ話が拡散しだしている。


 行方不明者についても、興味をひかれるような発見はなかった。


 ただ、神隠しというワードで、少し気になる書きこみが出てきた。



『空蝉神社って知っていますか? あそこに祀られている神さまは、その昔、気に入った子どもをつれていったそうですよ。地元の祖父から聞いたんですが、神隠しが起こらないように、昭和の初めまでは、代用の人形を神さまにお供えする生贄神事という儀式があったそうです』



 そう記されていた。


 なんだか、とても気になった。

 行方不明になったのは子どもではないものの、みんな二十歳前後の若い男女だという。


 神隠し……?

 まさか、そんなことあるわけがない。


 考えこんでいると、玄関の戸がひらく音がした。引戸だから、開閉するとき、ガラガラと大きな音がする。

 続いて、自転車のカギをはずす音。カラカラとタイヤのまわる音。祖母が、どこかへ外出するようだ。


(そうだ! お守りの材料を探してくるって、昨日、言ってたっけ)


 そのあいだ、家のなかに愛莉が一人になるということだ。


(離れに行ってみよう)


 祖母が離れに隠している人物が誰なのか、今日こそ明らかにしてやろうと、愛莉は思った。

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