二章 2
幸いにして、霊たちは林の外までは追ってこなかった。
そこに境界線があるように、林の外れにならんで、何か物言いたげな目で、こっちを見つめている。
林に近い民家の塀のかげのところに、うずくまっていると、イヤに長い黒い車が目の前の通りを走っていった。よくドラマでお金持ちが乗っているような自動車だ。田舎の町なみに似あわなかった。
「大丈夫? 愛ちゃん。気分は?」
雅人に声をかけられて、我に返る。
「ごめんね。自分から言って、つれてきてもらったのに」
雅人は変に思わなかっただろうか?
ととのったおもてには、おだやかな笑みが浮かぶだけで、その表情からは内心が読みとれない。
「体調が悪いなら、しかたないよ。今日はもう帰って休んだほうがよくない?」
体調が悪いわけではないし、ここまで来て、なんの収穫もないのは悔しい。だからといって、あの霊の集団のなかを強行突破していくのも、勇気がいる。
考えていると、うしろから声をかけられた。
「すいません。大丈夫ですか? どうかされましたか?」
白い半袖シャツに黒いパンツの男が立っていた。三十さいくらいのなかなかのイケメンだ。でも、やけに目つきがするどい。一見サラリーマン風だが、たぶん違うだろう。
「大丈夫です。ありがとうございます。ちょっと貧血を起こしただけで……もう平気ですから」
「そうですか? このあたりは最近、物騒なので、むやみに近よらないほうがいいですよ」
「物騒? ええと……前に殺人事件がありましたよね?」
「ああ、まあね」
男は言葉をにごした。
なんだろう? 祖父が殺された事件以外にも、ここで何かがあったのだろうか?
しかし、聞くことはできなかった。
そのとき、少し離れた場所から、別の男の声がしたからた。
「おい、滝川。行くぞ」
「ああ、角さん。すいません」
滝川と呼ばれた男は、かるく手をあげてから立ち去った。
見送ったあとに、雅人が口をひらく。
「圭介さんだ。刑事になったんだよ。あの人」
「え? 雅人くん、知ってる人だったの?」
「うん。子どものころ、よく遊んでもらったんだ。祖父母の家の近所のお兄さん」
「ふうん」
ということは、刑事のうろつくようなことが、この近辺で起こっている。あの大量の霊は、それに関連しているのかもしれないと、愛莉は思った。
「知りあいなら、ここで何があったのか、聞きだしてもらえないかなぁ?」
愛莉はお願いしてみたが、雅人は困ったような顔で苦笑する。
「知りあいって言っても子どものときの話だからね。何か事件のことを調査してるんなら、一般人のおれに話してくれないよ」
「それもそうか。ごめんね」
せっかく、祖父の亡くなった場所もわかったのに、調べることができない。今日も成果なしかと思うと、愛莉は落胆を抑えられない。
「そういえば、雅人くんのおじいさんとおばあさんの家、この近くじゃなかった?」
ふと思いだした。
近所の人なら、祖父の殺人事件について、何か知っているかもしれないと考えた。あるいは、さっき刑事が話していたことについても。
でも、雅人は顔をしかめる。
「うん。まあね。でも、祖父は亡くなったし、祖母は介護施設に入ってる」
「そうなんだ。じゃあ、今、雅人くんが一人で、そこに住んでるの?」
「そう」
「そっか」
いくら幼なじみとはいえ、再会して二日めで、一人暮らしの家に押しかけるのは非常識に思えた。
まだ十時すぎだ。帰るには早い。
次にどうしようかと考えていると、雅人が言いだした。
「愛ちゃんが平気なら、ちょっと、つきあってくれないかな?」
「どこに?」
「じつは、おれも探してるものがあるんだ」
「何を?」
「うん。すごく大事なもの。なくした場所をハッキリおぼえてなくて」
「いいよ。いっしょに探そう」
どうせ、今日はもう、あの林のなかへは入れない。入るのなら、何か対策を練らないとダメだ。たとえば魔除けのお札とか、お守り……。
そこで、ふと、愛莉は思いだした。
小学生のとき、祖母にもらったお守りのことを。
「これはね。愛ちゃんを守ってくれるものだから、ずっと身につけているんだよ」
そう言って、赤い袋を渡してくれた。どう見ても手作りの袋で、なかを見たことはないが、わりあい厚みがあった。手に持った感触では、袋のなかに小さな箱——マッチ箱のようなものが入ってるようだった。
もしかしたら、あれを持ってきたら、少しは魔除けになるかもしれない。
(あれ、どこやったっけ? けっこうかさばるから、このごろは持ち歩かなくなったんだよね)
でも、すててはいない。
実家の勉強机の引き出しのなかじゃないだろうか。
あとで母に電話をかけて、郵送してもらうように言ってみよう。
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