二章
二章 1
その新聞記事は、すぐに見つかった。
それによると、祖父の遺体が発見されたのは、同じ町の外れあたりだったらしい。山のふもと近くの雑木林のなかで見つかった。
死因は心臓を鋭利な刃物でひとつきされたことによる失血死。
「ここに、行ってみたい」
愛莉が言うと、雅人はうなずいた。
「案内するよ」
新聞記事のコピーをプリントアウトしてもらい、愛莉たちは外へ出ようとした。
だが、書架と書架のあいだを通りぬけようとしたとき、ふと、こっちを見ている男に気づいた。黒っぽい服を着た五十代くらいの男だ。
愛莉は、ドキリとした。
図書館は薄暗く、よくは見えなかった。でも、似ている。
(お父さん……?)
男は愛莉と目があうと、まるで逃げるように立ち去った。
「待って! お父さん?」
あとを追ったが、すでに姿は見あたらない。
「愛莉。今の、お父さん?」
雅人が不思議そうな顔をしている。
愛莉は思いきって、打ちあけた。
「さっきの記事、被害者の老人は、祖父なの。警察は父が祖父を殺したと考えてて……父は今、行方不明で」
「そうか。それは、つらかったね」
なにげない言葉なのに、胸にしみた。
雅人の言葉は、すごく自然に心のなかまで浸透してくる。
「うん」
「おれでよければ力を貸すよ」
「ありがとう」
それにしても、いったい、なぜ今ごろになって、父はこの町へもどってきたのだろうか?
仮にも殺人現場だ。しかも、重要参考人と目されているのは父自身なのに。警察に見つかれば、まちがいなく連行される。
(それとも、まさか、ずっと、この町にいたとか? そんなこと、あるわけないか……)
愛莉は自分の考えに笑いたくなる。
あるいは、父も事件の真相をさぐっているのかもしれない。だから、この町にもどってきたのだろう。
「じゃあ、この事件のあった現場に案内してくれる?」
図書館を出ると、愛莉の自転車を見て、雅人が困惑していた。
「ごめん。案内はするけど、自転車はこげない」
「えっ? そうなの?」
「医者から止められてて、運動制限がかかってるんだ」
ああ、なるほど。雅人は病気だったっけ。
「わかったよ。じゃあ、雅人くん、うしろに乗って」
「なんか、ごめんね」
「いいよ。平気」
二人乗りしているところを警官に見つかったら、怒られるだろうが、裏道を通っていけば、たぶん大丈夫だろう。大きな通りを一本、裏にまわると、畑や田んぼだから。
雅人の道案内で裏通りに入り、農道へ出る。
スッキリと夏らしい青空が美しい。
なんだか、こんなふうにキレイな景色のなかを、のんびり自転車で走っていると、自分の目的を忘れてしまいそうだ。
十分もすると、見おぼえのある風景になってきた。
山脈へ続く手前に、こんもりと小さな山。
その裾野に広がる林。
お椀をふせたような山の何か所かには、赤い鳥居が見えている。
「あの神社だね。子どものころに、いっしょに花火をした」
「そうだね。楽しかった」
「わたしも楽しかった」
だが、そんな明るい気分は林に入るまでだった。
杉、ぶな、くぬぎ、カエデ——
さまざまな木の林立する雑木林のなかへ一歩入ると、何かが、ズッシリと肩の上に乗りかかってくるように、空気が重くなった。
薄暗く、視界が悪い。
夏なのに冷んやりしている。
愛莉は、ゾッとした。
ものすごい数の霊がいる。
あっちの木の下、こっちの木、いろんなところに立っている。木の数より霊のほうが多い。
(何? ここ……)
愛莉は一瞬、気が遠くなった。
これだけの数になると、目があわないようにしたらいいとか、見えてないふりするとか、そういう次元の問題ではない。どこに視線を送っても、必ず二、三体の霊が視界に入る。
一歩、林に入っただけで、足がすくんだ。ぎゅっと雅人の手をつかむ。
霊たちも愛莉が見えていることに気づいたようだ。いっせいに、こっちに近づいてくる。
愛莉はあとずさった。林の外まで出ていきながら、そのとき、薄暗い奥のほうで、うごめく赤いものを見たような気がした。
あまりにも遠くて、ハッキリしなかった。林の奥というより、何か異次元の深奥であるかのように、遠く、暗かった。
「……ダメ。ここには、入れない」
おかしい。子どものころには、ふつうに入っていた場所だ。夏祭りのあった神社は林のなかにある。
以前は、こんなふうではなかった。
愛莉が霊を最初に見たのは、母方の祖父が死んだときだ。とても若く、享年は五十七だった。
夜中に電話がかかってきた次の日、母に手をひかれて、祖父母の家に行った。すると、そこに雛人形を飾るひな壇を大きくしたようなものと、おじいさんの写真があった。
おじいさんは布団のなかで眠っているようだった。
でも、次の日の昼間、みんなが白い箱を見送るときに、家の外におじいさんがいた。一人で遊んでいる愛莉の頭をなで、「愛莉の花嫁姿、見られなくて、すまないね」と言った。
「なんで見られないの? おじいちゃん」
愛莉はたずねたが、祖父は笑って去っていった。手をふりながら、雲のようなものに乗って、すうっと遠くへ、すべるように消えていった。
愛莉が四さいのときだ。
あれが祖父の霊だったのだと気づいたのは、小学にあがり、ひんぱんに霊を見るようになってからだ。
そう。小学生のときには、すでに霊が見えていた。
あの夏祭りのときには、神社のなかに霊はいなかった。林のなかまで歩きまわりはしなかったが、それにしても、こんな状態だったなら、あのとき何かを感じたはずだ。
いったい、この数年のあいだに、ここで何が起こったのだろう?
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