一章 2


「どうしたの?」

「なんでもない。ちょっと、手を組みたいなぁ、とか思って」


 愛莉が言うと、雅人は笑った。

「積極的だなぁ。まあ、愛ちゃんなら、いいよ」


 これはこれで恥ずかしい言いわけをしてしまったが、なんとなく、いいふんいきになったので、よしとしよう。


 愛莉は電柱の男を無視して、コンビニへ入った。

 人が集まる場所には霊も集まってくる。店のなかにも二人、それっぽいのがいた。


(何、この町。やけに霊が多い……)


 そう。これが、愛莉の特技だ。

 特技というより、不必要な力だと、ずっと愛莉は思っていた。


 物心ついたときには、すでに霊が見えていた。たいていは死んだときの姿で見える。体が透けていたり、光っていたり、肌の色が青かったり、あきらかに生きている人とは違う姿で、そのへんをうろついている。


 でも、ひとめで霊だとわかるものは、まだいいのだ。そういうのは、見ためがグロテスクなだけで、さほど害はない。


 困るのは、生きている人と見わけのつかない霊だ。


 コンビニに入ると、数人の客がいた。それとは別に、何人かの霊がいる。

 本棚の上に立ってる男は、あきらかに霊だろう。人間なら立っていられる場所ではない。

 もう一人は防犯カメラをじっと見あげたまま動かない女だ。死人の肌の色をして、くいしばった歯のあいだから、ひとすじ血を流している。


「ええと、お醤油はどこかな?」


 愛莉はわざと明るい声を出して、雅人にたずねてみた。雅人は「こっちじゃない?」と、調味料のコーナーを指さす。


 そのとき、女の子とぶつかった。

 上のほうばかり見ていて、距離感をあやまってしまった。

 ごめんね——と言おうとして、愛莉は口をつぐんだ。


(この子、生きてない)


 うつむいていて、気づかなかった。だが、愛莉とぶつかり、少女は顔をあげた。大きな目の可愛い女の子。でも、次の瞬間、その両目が黒い穴になった。

 少女と衝突した脇腹には、まだ、そのときの接触の感触が残っている。それでも、この子どもは死人なのだ。


 グロテスクなのはガマンすればいい。困るのは、生きている人と区別のつかない霊。

 愛莉には、ふつうの人と見わけのつかないような霊が見える。ぶつかれば、感触がある。


 愛莉にとっては霊は生きた人間と同等の存在なのだ。


 一番、やっかいなのは、車の運転をしているときだ。見わけがつかないから、あきらかに異常行動をとっていても、それが人間なのか、霊なのかわからない。霊だと思って、ほんとの人間をひいてしまったら大変だ。だから、免許はとったものの、運転はしないことにしている。


 愛莉は女の子を無視して、醤油をつかむとレジに急いだ。

 だが、愛莉が見えていると勘づかれてしまったようだ。女の子がついてくる。


 愛莉はふりかえった。

「悪いけど、わたしは、あなたを救えない。ついてこないで」


 少女はうなだれた。


 霊は見える。意思の疎通もあるていどとれる。だからと言って、ほかに何かができるわけじゃない。ほかの霊媒師のように成仏させるなんて、どうやったらいいのか、さっぱりわからない。


 ただ“見える”だけなら、なんだって、こんな力があるのだろう?


 でも、今こそ、この力を役立てることができるかもしれないと、愛莉は考えていた。もしも、殺された祖父の霊と会うことができたなら……。


 だから、この町へやってきた。


「あっ、雅人くん?」


 少女の霊から逃れたくて、つい一人で店をとびだしてきてしまった。

 ガラス越しの店内を見まわすが、雅人の姿はなかった。おどろいて帰ってしまったのかもしれない。


 愛莉はため息をついた。

 これまでも、こうだった。


 自分で言うのもなんだが、愛莉の顔は悪くない。スタイルだっていいほうだ。だが、告白されてつきあってみても、長続きした試しがない。


 霊が見えることをナイショにしているからだ。愛莉には人間のように見える霊も、第三者には見えていない。虚空にむかって、ひんぱんにつぶやく、危ない女の子だと思われ、すぐに振られた。


(やっぱり、雅人くんにも、ひかれちゃったか……)


 いいふんいきだったのに、残念だ。

 でも、しかたない。

 この町には祖父の死の真相を調べにきたのだ。恋にうつつをぬかしている場合でないことはわかっていた。


(なつかしかったから、ちょっと浮かれちゃった。バカだなぁ、わたし)


 しょうがなく、来た道を帰っていった。涙がにじんできて、自分でもおどろいた。

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