七章

七章 1



 翌日。

 愛莉は滝川圭介に電話をかけた。


「会って、話したいことがあるんです。わたし、大変なことを知ってしまったかもしれません」

「わかりました。では、九時半に駅前の喫茶店でいいですか?」


 店の名前を告げられた。


 電話を切ったあと、愛莉は雅人にも電話をかけてみた。昨日から、またずっと連絡がとれていない。

 はたして通じるだろうか?


(お願い。出て)


 雅人の電話番号、聞いたものの、一度もつながったことがない。これじゃ携帯の意味がないと思いながら、何度かコール音が続くのを聞いた。すると——


「……黒川です」

 雅人の声だ。


「よかった! 雅人くん。昨日も途中でいなくなるから!」

「愛莉……」

「ねえ、今日、会える?」

「うん。会いたいね」

「あっ、でも、わたし、今から滝川さんに会うんだった」

「ああ」

「雅人、滝川さんに連絡した?」

「いや」


 やっぱり、雅人は圭介をさけているのか。


「今、どこにいるの?」

「蛍のキレイな場所」


 水蓮の咲いていた、あの池。

 雅人はあそこにいるのか。


「圭介さんにも、伝えておいて」

「え? うん」


 電話は一方的に切れた。

 なんとなく、雅人のようすが変だった。


 でも、いちおう電話がつながることはわかった。あとでまた、かけよう。

 そう考え、愛莉は駅前の喫茶店へむかった。


 捜査で忙しいのだろう。

 愛莉が店に到着したときには、まだ圭介は来ていなかった。約束から十分ほど遅れてやってくる。


「すみません。今朝も明け方まで捜査していたので」

「起こしてしまったんですね。こちらこそ、すいません」

「いえ。どうせ、もう起きる時間でした」


 圭介はコーヒーをたのんだあと、すぐに本題を切りだした。


「それで、お話とはなんですか?」


 愛莉も単刀直入に話す。

「滝川さんは以前、蝉じいさんと呼ばれていたそうですね。昨日、祖父から移し身について、すべて聞きました」


 圭介はチラリとまわりのテーブルを見たが、平日の中途半端な時間だ。抑えた声が聞こえる範囲に、ほかの客はいない。

 圭介はそれでも必要最小限まで声をひそめる。


「そうですか。じゃあ、あなたのおじいさんを殺害したのは、やはり……」

「……ということですね。滝川さんは、わかっていたんですね? 移し身だということに」

「ええ。ですが、殺人事件は県警の管轄になってしまうので、私ではどうすることもできなくて」

「その移し身なんですが、じつは……」


 愛莉は昨夜の杏の件を説明した。


「——というわけで、杏ちゃんは誰かに体をとられてしまったみたいです。それで考えたんですが、移し身って、悪用することができるんじゃないですか?」


 しばらく、だまりこんだのち、圭介は口をひらいた。

「じゃあ、あなたも、そう思うわけですね?」


「はい。父は自分の余命を知り、寿命を祖父にゆずった。でも、それは父も祖父も空蝉姫の伝説のことを知っていたから、できたわけですよね。もしも、この町で生まれたけど、伝説のことを知らないという人が、人を殺してしまったとします。殺人事件を隠ぺいするために、あの神社のある林のなかに、その死体を埋めたら……あるいは、その人とは別の人が死体を埋めたら、移し身が起こってしまうんじゃないですか?」


 圭介は感慨深そうな顔つきでうなずいた。


「私の以前の名前は、櫻井治さくらいおさむです。私を殺した滝川圭介は、この町の住人だったが、伝説のことは知らなかったんだろう。ある夜、強盗に入ってきて、私を殺し、あの林に死体を埋めた。そして、私が埋められるところを目撃した雅人が、伝説のことは知らなかったが、蝉のぬけがらをその場所に埋めてくれたんだ。だから、私は滝川圭介として、よみがえった。まったくのぐうぜんだった。ぐうぜんのかさなりあいでも、条件さえ満たせば、移し身は起こる」


「やっぱり、そうなんですね」


「そして、もしも、伝説を知っている者が、その条件を満たすことによって、移し身を悪用したとすれば……あの大量の死体と、この町でひんぱつしている行方不明の説明がつくんです」


 愛莉は、ゾッとした。

 昨日から、もしや、そうではないかと考えてはいたが、じっさいにその可能性が高くなると、冒涜的な行為に薄ら寒くなった。


「でも、なんのために、そんなことを……」


 たとえば犯罪者が別人になれれば、新しい姓名と戸籍を手に入れられる。しかし、それだけでは、あの死体の数は納得できるものではない。


 すると、圭介は言った。


「若返り——でしょうね」

「若返り……」


「私は自分がそうだから、よくわかる。殺されたとき、私は八十に手が届く老人だった。それが、たまたま殺されて、移し身が起こったおかげで、もう一度、二十代から人生をやりなおすことができた。ほんとの私が生まれたのは、戦中戦後の苦しい時代だった。もちろん大学なんて行けないし、いい職業につくことは、誰にでもできるわけじゃなかった。私にとっては、まさしく奇跡だ。境遇を変えられたことに対してもだが、一度、老いた体を経験しているのでね。若いって、こんなに素晴らしいのかと思いましたよ」

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