六ノ章 天つ水 一

 神喰が襲来した日以来、栄華を誇っていた京の都の姿は一変した。夜から降り出した雨は七日七晩降り続き、田畑を流し、作物を腐らせ、川の水はせきを越えて溢れ出し、家をも押し流した。

 その様子を「雨やさめ」だと、嘆きながら誰かがたとえた。天が酷く涙を流して泣いているようだ、と。誰もその雨が、神喰との死闘の末命を落とした青年陰陽師のために、この地を治める豊穣神が流す涙だとは知らず。

 降り始めて八日後、雨はようやく止んだ。しかし都は一面水浸しとなり、ようやく水が引いたかと思えば、今度は疫病が流行り始めた。季節は水無月。日の国特有の気候が疫病の感染を一層拡大させた。更にこの状況に拍車をかけるように、七日間の大雨以来、今度は一滴も雨が降らなくなった。

 一ヶ月経っても雨の気配はなく、やがて都中の井戸の水は枯れ果てた。大雨の折、かろうじて残った作物も成長することもなく干からびた。二ヶ月経っても一向に降る気配はなく、京の都の人々の生活を支えていた川からも、ついに一滴の水もなくなった。

 青々とした葉が茂るはずの木々も次々に痩せ細り、冬になってもいないのに、葉は無残に落ち尽くした。最初は疫病による死人が後を絶たなかったが、やがて食べ物はおろか水すらもなくなったことで、人々は飢えと渇きに苦しめられた。

 大地を暖かく包み、生命を育むはずの太陽は、今や命を焼き尽くす灼熱の火の玉と化し、無慈悲に人々の命を奪い去っていく。

 活気のあった京の都は露ぞ消え、いたる所で飢えた人々が大地に蹲り、骨と皮だけになった死体が道端に転がっていった。皆に平等に迫りくる死への恐怖は、人々の心を荒ませ、各地で窃盗、殺しが多発するようになった。夏を迎えた都は、蝉時雨に混じり、罵声と悲鳴と呻きがあちこちで絶え間なく上がる、生き地獄と化した。

 それでも人々は、僅かな力を振り絞って神へと祈った。祈れば、きっと神は応えてくれる

 そう、絶望の中に儚い希望を抱いて、懸命に、一心に。

 しかし、その声なき祈りを、神が聞き取ることはなかった。

 人々の祈りを聞き、守り、慈しむ神自身が、絶望の淵にいたのだから。

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