五ノ章 雨障み 十
雨が、降り始めていた。完全に命を絶たれ、動かなくなった神喰のすぐ下に、青葉と浅葱の姿はあった。天から降り落ちる冷たい雫は、浅葱の頬を打ち流れ、地面へと吸い込まれていく。
「青葉、ごめん…」
仰向けのまま、浅く小さく僅かに息をする青葉の身体を、背中から抱きかかえ。浅葱は掠れた声で呟いた。青葉の顔に片手を添えて、顔に飛び散った血を指で擦り取る。
固く閉ざされた瞳は、恐らく二度と光を映すことはない。神喰に最後に抵抗された時。奴の前歯の一本が、彼の腹部を貫いた。風穴を開けられた腹部からは止めどなく血が溢れ、残る力で止血を試みるも、その力はほとんど及ぶことがなかった。
青葉の倒れた辺り一面は血の海で、彼は身体中の血を流しきってしまったように、血の気をとうに失っていた。
「苦しかったよな…辛かったよな…」
生まれた時から、自由に外に出ることさえ許されず、布団に身を伏せ日ごとに異なる病に苦しめられていた主。
神力を持つ身故に、一族からは過度な期待と羨望を受け、病弱な身体を押して不本意な仕事すら請け負って、心すら苦しめてきたというのに。
狐の君と出会い、ようやく心の拠り所を見つけられた一方で、己が負ってきてしまった穢れのために、彼女に近付くたびに傷つき、その痛みに黙って一人耐えていたというのに。
そんな彼に神が与えた罰は、あまりにも冷酷だった。
青葉が何をしたという。
掟を破ったとて、命を以て償うほどのものだったのか。
どうして彼だけこんな目に合わなければならなかった。
神をも勝る力と、儚い器で生まれたばかりに、不自由で窮屈な世界を生きていた彼にとって、彼女が唯一の安らぎであったのに。
彼の苦しみをすぐ傍で見てきた自分達だからこそ。
彼の痛みを誰よりも知っていた自分達だからこそ。
彼には彼女と、幸せになってほしかった。幸せにしてやりたかった。
それが、式神として生み出された自分達の、果たすべき唯一無二の役割であったというのに。
「守ってやれなくて、ほんとに、ごめん…」
陰陽師の血と霊力によって生み出された式神は、主が死ぬまで死ぬことはない。
ゆえに主の血と霊力が失われたその時、式神は否応なく消滅する。
それを悲しいと思う。悔しいと思う。思えば思うほど、涙が溢れて止まらない。
齢十九の青年の人生は、あまりにも幸薄く、儚い。
「…」
青葉の凄絶な終わりに、浅葱は祈る。そして願わくば、生まれ変わってももう一度、君の式神になれたらと。
その時は、今度こそ、きっと――。
青葉を腕に包んだまま、浅葱は目を伏せる。
二度と目覚めぬ深い眠りに誘われ、常闇の世界に身を横たえると、浅葱の身体は雨水に溶け、消えた。
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