二ノ章 あい言葉 三
雨降る森で出会った、狐耳を生やした少女。出会って会話をしたのはほんの短い時間だったけれど、不思議と心が安らいだ。「何故」と問われたらうまく返す言葉は見つからないが、彼女に惹かれる自分がいたのは確かだった。
他人と会話をすること自体が久しぶりで、ひどく嬉しいと思えたからだろうか。
神様だという彼女から、新しくて珍しい話を聞くことができるかもしれないという好奇心からだろうか。
はにかむような笑顔や、こちらを見つめる澄んだ瞳を、もっと見ていたいと思ったからだろうか。
そのどれもが当てはまる気がした。
けれどそのどれでもない気もした。
答えが何なのかは、結局のところよくわからなかったけれど。
ただ一つ言えるのは、「また会いたい」とあの時確かに強く願っていたということだけだ。
たとえそれが一族の掟に背く行為であったとしても。
それでもいいと思えるほど、純粋に、ひたすらに。
*
翌日。夜が明けて間もなく、殴り込みにでも来たような勢いで青葉の部屋へと上がり込んできた姉、朱葉が彼の姿を確認するなり開口一番に言い放ったのは、やはり任務の話だった。
「今日は隣国の山に、最近頻繁に出現する鬼の討伐に行ってもらう。今すぐ発って今日中に帰って来い」
それだけ言われ放って寄越されたのは、目的の山までの簡単な地図。指定された山までは左程遠くはなく、歩いて行ってもそこまで体力を使う所ではない。
「あの、僕の他に誰か…」
「お前一人で十分だろう?質問がそれだけならさっさと支度をして行け」
「…はい」
返事が返って来るや否や、用件は済んだとばかりに踵を返し部屋を出ていった朱葉の背中を見届け、青葉は小さく溜め息をついた。体の調子を気遣う様子など微塵も感じられない冷たい瞳に、有無も言わせない威圧的な口調。そもそも気遣う気もなければ、心配すらしていないのだろう。そんなこと、今に始まったわけではない。朱葉と交わされる会話はいつもこんな調子だ。
「相変わらず朱葉は冷たいよなー。少しぐらい気を遣った言葉をかけるぐらいできないのかよ?こっちは病み上がりのか弱い弟なんだぜ?」
青葉の気持ちを察したのか、ただ自分の思うところを正直に述べただけなのか、浅葱はぶつくさと見えなくなった姉の背中に暴言を吐く。
「もういいよ、浅葱。姉上のあの態度は今に始まったことじゃないし。それよりも早く準備して発とう」
そして、と続ける青葉の表情は少し明るさを取り戻している。
「任務が終わったら、あの方に会いに行こう」
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